第62話 ※戦後処理ウーマン

「あの空飛ぶ絨毯……副町長の言うことには五十万円くらいだったネ?」

「相手王女様だし、ちょっとくらい吹っかけてもいいでしょ」


 ククク、と笑うクレアの声はかなり近くで聞こえた。

 雨桐ユートンが彼女を背負っているのだから当たり前だが。


「ていうか、お前邪鬼種イビルにしては回復遅すぎネ。まだ治らないのかヨ」

「無理ー。あと三時間くらいは」


 クレアの負った傷は右足の骨折だ。故に雨桐が背負わなければまともな移動は叶わない。

 それはそうなのだが、クレアは邪鬼種イビルにしては回復が遅い。三時間というスピードも賢人種サピエンスからすると驚異的ではあるのだが、この妙な欠陥のせいで雨桐が割を食うのは釈然としなかった。


「……まったく。負傷を隠して無理やり立つから悪化するネ。そんなことする必要あったのかヨ?」

「いやだって、絨毯をぶっ壊しただけで気の毒なくらい謝ってきたんだよ? その上怪我してましたとか言ったら泣いちゃうよ、あの子」

「何を今更善人のようなことを……」

「テロリストに良心があってもいいでしょ」


 はあ、と雨桐は嘆息する。当然距離が近くて聞こえただろうが、クレアは誤魔化すように笑うだけだ。


 沈黙が流れた、とクレアが自覚した直後に携帯の着信音が鳴る。

 クレアが手を軽く振ると、袖から携帯が現れ出でた。画面をタップし、耳に当てる。


「副町長? マリーシャはどう? ……うん。無事ね。良かった。じゃ、この町は放棄するから」

「は!?」


 冗談だろう、と通話中にも関わらず雨桐は口を挟みそうになった。

 電話の向こうの副町長も不服を全力で表明しているようだ。


「ま、いいでしょ。この町の役目はとっくに終わってるよ。いいお金稼ぎになったし、シーズンカーディナルなしで協定を維持するのはちょっと無理がある」


 電話なので声はよく聞こえないが、副町長は否定している。

 と。


「流石にアレ使ってもアイツら全滅させるのは無理だから。いやそもそも、アレの制御自体シーズンカーディナルが全部残っていること前提だったでしょ」


 流石にこれは堪えたようで、副町長の声が怯む。


「大丈夫。別に私はあなたのことを責めたりしないよ。ていうか誰のせいでもないし。ね、副町長……いやもう町は無くなるんだっけ。じゃあリカちゃん」

『その名前で呼ばないでください的なッ!』


 こればかりは言っておかなければならなかったためか、雨桐にハッキリ聞こえるような大声だった。


 これ以上話すと一々(元)副町長の神経を逆撫でしそうだ。そう判断した雨桐は口を挟んだ。


「クレア。私の耳に携帯付けて」

「ん? こう?」


 前から腕を回し、クレアは携帯を雨桐の耳にくっつけた。


「はいこれでよし。コクリカ。私の家族に連絡。私が力を貸すって言ってたって伝言すればそれで通るからマリ婆をキチンと治療してネ」

『……あまりあなたに頼りたくない的な』

「こんなときまでジメっとしたこと言うなヨ」


 こういうところが嫌いなのだ。第一、治療を受けるのはマリーシャであって、副町長――コクリカはその間を取り持つだけでいい。


「治療に関しては私の家族に専門家が何人かいるから。そっちのが絶対いいヨ」

『……了解。パノラと一緒に最低限の荷物を持ってアメキリの家族と合流。最終的にこの町は放棄。手筈はこれで全部的な』

「あ。そだ。最後に一つ報告。あの絨毯壊しちゃった。弁償代は払えるから新しく作ってヨ」

『そういうとこ本当嫌い的なッ!』

「壊したのは私じゃないヨ!」


 失礼なガキめ、と心の中で毒づき通話を切る。


「たっく! これだからあのガキは嫌いネ! 発明品が壊れたらすぐ私のせいにしたがる!」

「実際雨桐が使うとすぐ壊れるじゃん」

「私のせいではない完全な過失だヨ! 私自身が壊したことは一度たりともない!」

「それを言ったところで信じて貰えないだろうなぁ」


 雨桐もそう思う。思いはするだけで割り切れないが。

 ひょっとして自分はそういう星の下に産まれてきてしまったのかと運命を呪いたくなる。


「……あ。そうだ。クレア。話を変えるけど……」

「誤魔化した?」

「茶化すな。言いたくなくなるネ」


 雨桐はそこで息を吸った。下手に恥ずかしがっては、一回で言えないかもしれない。それは恥を返って長引かせるだけだ。一回で済ませなくてはならない。


「……ありがとネ」

「ん? 何が?」

「足の骨折れたの。私を庇ったからだよネ」

「うっ!?」


 クレアは身を固まらせる。気付いていないつもりだったらしい。


「いやぁー。それはー、どうかなー……」

「少なくとも私の見立てではそうヨ。お前がもうちょっと自分の身体を守ることに意識を割いていれば、骨折なんて間抜けな怪我しなくて済んだネ」

「あー……」


 ガクリ、とクレアは観念したように雨桐へぐったりと身体を預ける。

 脱力した彼女は、やがて声を僅かに絞り出した。


「……かっこ悪いからむしろ笑って欲しかったのに」

「獄死蝶の中心幹部に厳密な上下関係はないけど……みんなお前のことを頼りにしてるネ。今更格好悪いとか思ったところで嫌ったりしないヨ」


 はあ、とクレアは脱力した身体に力を取り戻し、雨桐にしがみ付く力を強くする。


「……仕切り直し。最後に切り札のアレを使って、アイツら全員足止めしちゃおう」

「その後は?」

「うーん……そうだなぁ」


 しばらく考えてから、クレアは言った。

 あっさりと。今日の夕餉を決めるように。


宿宿。渋谷区とか?」

「了解」


 白い悪魔の命令を、獄死蝶のメンバーは遂行する。

 何物にも代え難く尊い絆であるが故に。彼女たちは止まらない。

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