第30話 ※歌舞伎町オーバードライブ

「おお! ここが歌舞伎町か……何と言うか……うん……」


 メルトアは必死に言葉を探しているようだったが、歌舞伎町に来た人間が抱く感想は皆一様だろう。

 別に悪感情ではない。この町は全体的に『雑多』だ。


 新宿区新宿自体が既にそういう雰囲気の場所だが、ここの場合は歓楽街なので殊更そう思うのだろう。

 独特な特別感があり、総括すると用事が無ければ近寄りたくない町だ。


「まあどうせ、ここに直では用はないからよォ。さっさと入ろうぜェ」

「入って、どこでどうやって三丁目に入るのかしら」

「確か交換屋の言うことには――」


 前を歩く五香が何の前触れもなく消えた。

 歌舞伎町を象徴するアーチを潜った直後のことだった。


「は?」


 ジョアンナは目をこすって前方を確認する。

 先ほどまで五香がいたと思われる場所に、五香はいない。周囲を見回しても、どこかに高速移動したということはなさそうだった。


 五香が跡形もなく消えてしまった。

 わずかな正体の不明な違和感だけを残して。


「五香……!?」

「え? ちょっと? 詳細聞く前に消えたらダメじゃん!?」


 ドクターはいつも通りのパーカーを羽織り、ひとまず二本足で立っている。血色は全体的に悪いが、声には張りが戻ってきていた。


「……そういうことか……!」


 ジョアンナとドクターが狼狽していると、メルトアが何かに気付いたように声を上げた。

 心底真面目にアーチを見上げている。


「メルトア様。何か気付いたの?」

「この門……只者ではなさそうだと思ったが今確信したぞ。ジョアンナ、ドクター、心して聞け……この門はワームホールなのだ!」


 ジョアンナは深刻シリアスそうな表情の裏で思う。

 聞いて損した。


 だが、メルトアはジョアンナの気遣いによって何も気付かず、自説の披露を続けていた。


「このワームホールは……デバイスを持った人間だけを識別し、件の歌舞伎町三丁目へと飛ばす役目を持ってここに設置されたのだ! まず間違いない! 五香お姉は先に三丁目に到着しているはずだ!」

「……なるほど」


 と頷くジョアンナは思う。

 そんなバカな。


「こうしてはいられない。五香お姉だけでは心配だ! 余たちも後を追うぞ!」


 メルトアは勇んでアーチを潜る。

 そして消えた。五香とまったく同じように。


「……えっ!?」


 今度こそジョアンナは場の決定的な違和感の正体に気付く。

 五香とメルトアが消えたことに関しては、元からこうするつもりだったのだからもういい。


 周囲の人間が一切それを認識せずに通り過ぎている。

 五香の場合はたまたま気付かなかっただけかと思ったが、メルトアのときにまでその偶然が続くことはありえない。


「……何が起こってるの?」

「ピストルちゃん。早めにウチらもこのアーチ潜った方がいいかもしれない。多分、メルトアの言ったことがほぼ正解なんだ。ほら」


 ドクターは数歩だけ後退りしてみせた。

 その意図にジョアンナは最初気付けなかったものの、目の当たりにして驚愕する。


 ドクターの姿が透けて見えた。

 服飾品もろとも透過し、背景や人物がよく見える。


「これは……!?」

「この門の周辺にいるとウチらの存在感が薄くなるみたい。ウチらはたまたま距離が近過ぎたから気付いていなかっただけで、多分離れた場所にいる通行人ABCにはウチらのことがまったく認識できてない。デバイスを全員付けているっていう共通点も何かしら関係あるのかも」

「一体何のためにこんな仕掛けが……しかも五香はいきなり消えたのよ。これとは仕組みが違うでしょう?」

「だから、メルトアの言う通りここが入口なんでしょ」


 ありえない、とジョアンナには言えなかった。

 もうそろそろ日本在住であればあって当たり前の常識は、後腐れなく捨て去るべきなのかもしれない。


 そうでなければ、その内とんでもない失敗ミスに陥る予感がある。


「はあ。捨て去りたくなかったわね。常識」

「今更でしょ。銃をバカスカ撃ってるくせにさ」

「これはリバースからの配布よ! 日本に来てからは自分で銃を買ったこともないわ! 当たり前だけど!」

「とにかく潜ってみよう。近付かれたら通行人にもバレるかもだし」


 一抹の不安を覚えないはずがない。

 だが、五香とメルトアのことが心配だ。ひょっとしたら出会い頭にピンチに遭遇している危険性すらある。


 ドクターに続き、ジョアンナもアーチを潜った。


 四人はこの世界から姿を消す。


◆◆◆


 夜に足を踏み入れた。


 ジョアンナの第一印象は、そんなところだった。

 先ほどまで間違いなく昼だったにも関わらず、数歩歩いただけで昼夜は逆転。


 空から太陽は消え、真っ黒の空には星が見えず、だが周囲を建物の光が照らすので眩いばかりだ。


 がそこにはあった。

 ただし、どこか様子がおかしい。


 通常の歌舞伎町より、電飾や街灯が明るすぎる。

 まるで外の太陽を恋しがっているかのように、色も太陽のそれに近付けているかのようだ。


 そしてもう一つ。


「これは……!」


 ジョアンナとドクターは揃って言葉を詰まらせた。

 感想はそう、一言で表すなら『コメントに困る』といったところ。


 入口周辺には風俗店や怪しいビデオ店、パーティグッズが店先に並べ立てられた某激安の殿堂。


 そして。巧妙に普通のホテルを装ったが何故か数店あった。


 というか、明らかにこの周辺に密集している印象を受ける。

 何故か知らないが通常よりもとても多い。


 来て早々だが二人は胃もたれしてきた。

 あまりにも目まぐるし過ぎる。


「……あ、そうよ! あの二人は?」

「おーい! ジョー!」


 五香の声が近くから聞こえる。

 どこだ、と首を巡らせると。


「みんなで休もうぜェー!」


 件のホテルの内一つ。その入口から笑顔で手を振る五香がいた。


「撃つわよ?」

「いや本当に文字通り休むだけだってェ!」


 拠点その二を手に入れた。

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