第28話 ※百貨店からの脱出

 ところで、先ほど五香が予測した『警察が包囲を完成させるまでの時間』である五分はとっくに過ぎていた。


 何らかの奇跡が起こって包囲が遅れるなんて都合のいい展開はまったく無く、デパートの出入り口はすべて警察に封鎖されている。


 ネズミの子一匹通る隙間すらないという状況が現実にあるとは思わなかった。万が一その状況を見ることになったとしても、まさか内側で実感することになるとは。


「五香。これはマズイわよ。一体どうやって逃げるっていうの?」

「逃げられやしませんよ。あなたたちは私に逮捕されるんです」


 メルトアとドクターはぎょっとして振り返る。

 先ほど五香が止めを刺したはずの四麻が平然と立っていた。


 ドクターは間髪入れず爪を発現させ、四麻に今度こそ止めを刺そうと襲い掛かる。

 しかし、直前でジョアンナが腕を抑えて止めた。


「ピストルちゃん?」

「おバカ! よく見なさい! 五香よ五香!」

「び……びびび……ビビったァ……輪切りにされるかと……」


 眼鏡もしていない。服装もスーツ。(わずかに長くなった気はするが)髪もほどいている。


 だが、ドクターの爪と殺気にビクビクするその姿は確かに五香だった。

 言われて見れば若返っているような気もしないでもない。


「……え!? この短時間で着替えてメイクまで変えたの!?」

「元から顔は似てっからうり二つだろォ?」

「背はあなたの方がちっちゃいわよ」

「これから伸びるからいいんだってェ」


 ドクターは唖然とした。

 まさかとは思うが、この格好で『デパートで暴れ回っていた容疑者三人を逮捕した』という体で外に出るのだろうか。


「ま、保険は掛けておくに越したことねーしなァ。この格好は所詮おまじない程度の効力しかないし、別にやんなくてもよかったんだけどよォ」


 違うようだ。

 流石にそこまで無謀な計画は立てていないらしい。

 ドクターは胸を撫で下ろした。


「で。具体的にどうやって外に出るのかしら」


 ジョアンナが具体策を訊くと、淡々と五香は作戦を述べる。


「メル公に担いでもらって四人で屋上から別の適当なビルの屋上に飛び移る。ナイスアイディアだろォ?」

「バカだろキミ」


 もっと無謀な作戦を考えていた。

 思わずドクターの率直な心の声が未加工で漏れてしまう。


「確かにメルトアには可能な芸当だけど、ウチらが着地の衝撃でグッシャグシャになるってば! ていうか別の適当なビルってどこ!?」

「できるだけ歌舞伎町に近いヤツ」

「どこだよッ!」


 先ほどまで切れに切れた心理戦を提案していた人間と同一人物だとは思えない。五香は急にバカになっていた。


 心なしか顔色が悪い。本調子ではなくなったのだろうか。


「……まあやっぱ無理だよなァ」

「五香ちゃん? どうかしたの?」

「万事休すです。日本の警察は有能なので」

「ええーーーっ!?」


 端的に切り抜ける策が無かったので現実逃避気味な作戦しか出せていないだけだった。ドクターは顎が外れるほど驚く。

 だが無理からぬことだろう。

 そもそも『誰も内側から逃げられないように囲む』ことを包囲と言うのだから。


「どうすっかなァ、マジで……どうしようもねーなァ……」

「……五香。別にそんなことはないでしょう?」

「え?」


 ジョアンナはおもむろに拳銃を取り出すと、それをドクターに向ける。

 急なことにドクターは対応できず、目を白黒させた。


「へ?」

「勢いで突破よ」


 銃声が何発も轟く。


◆◆◆


「うわぁー。どこもかしこも警察に抑えられてるなー……」


 監視カメラの映像だけでなく、半自動操縦の小型ドローンから送られる映像を見ながら八重は舌を巻いていた。

 普段は批判されることの多い警察も、いざとなれば手が早い。


 既に何人もの警察が百貨店を包囲し、そのバリケードは更に充実していく。


「……でもこれ多分抑えに来たんだよな……? 四麻さんが暴走させていたことすらひょっとして知らないんじゃ……」


 間違っても五香が連れ回していたという王女を迎えに来たという風ではない。一般人からの通報を受けて急行したという感じだ。


 手際は見事だが、見る限り応急処置感も拭えない。


「……さて。いーちゃんはどうやって逃げるのかな……って」


 外と出入り口の映像を見ていると、動きがあった。

 四麻とジョアンナとメルトアが、慌てた様子で出てくる。


 ジョアンナは何かを背負っており、周囲に何かを叫んでいた。

 マイクの感度を上げ、方向性を調整して音声を拾う。


『どいて! どきなさい! 早く! 友達が撃たれたのよ!』

「ん!?」


 よくよく見るとジョアンナが背負っているのは血塗れでグッタリしているだった。


 包帯代わりに、服を破いて作った布をグルグル巻きにして止血している。

 だが、体中に穴が開いているようで、それでは間に合ってないように思える。


 もしもドクターが邪鬼種イビルでなければ、今ごろ八重は卒倒していたかもしれない。それほどの大怪我だった。


「……あれ!?」


 更によく見ると、ジョアンナたちと一緒にいるのは四麻に変装した五香だ。

 警察手帳を周囲に見せびらかしながら包囲をどかして素通りさせるよう要求している。


 パトカーでも何でもいいから車両を一つ貸せと無茶に近い要求もしていた。

 平時ならそんなおねだりが通用するはずがないが。


「……おおう!?」


 怪我をしたドクター。ジョアンナと五香の名演。それとメルトアの平和的ながら有無を言わさない押し退けで、人込みをどんどん突破していく。


 そうして鍵を差しっぱなしの、警官が乗っているパトカーまで辿り着けたらもう彼女たちの独壇場だ。

 ここまで来れば多少強引でも構わないとばかりに口八丁で警官を運転席から引きずり出し、五香を運転席に乗せてあっと言う間に四人は逃走してしまった。


「……あっ。無免許運転……」


 言ってしばらく『いいのかなー』と不安に駆られる。

 だが、もうそれどころではない余罪だらけなので、やがて八重は考えるのをやめた。


「やっぱりあなたが応援してたんですね。八重ちゃん」

「!」


 後ろから声をかけられた。

 振り向くと、そこにいたのは下着姿の四麻。服は五香に強奪されたようだ。


「……今度はあなたが私に協力する番です。抵抗しませんよね?」

「金か情報さえ払えばね。どんな情報が欲しい?」

「あの子たちの行く先」


 ニヘラ、と八重は不器用な笑みを浮かべる。

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