第12話 ※直々にブチのめす

「確かに!」


 突き付けた銃を下げ、五香はモニターを見上げる。

 声を張り上げ、景気よく、小気味よく、気持ちよく啖呵を切る。


「確かに今の私たちにお前をどうこうする手段はなさそうだなァ。私たちはお前の操り人形に堕したと言っていい。でもなァ。一つだけ覚えとけェ。。ゴミだからいつかは処理される」

『……ククク……』


 直線で飛ぶ罵倒を、いっそ愛おし気に見つめるリバース。

 その眼を見つめる五香は、にこりとも笑っていなかった。


「遠くない内に仮面を分別してから豚箱にブチ込んでやる。洗顔して待ってやがれェ」

『まだ話したかったのだが……この分では聞く耳を持ってくれそうにないな。最後に一つだけヒントを上げよう』


 また画面へのノイズが酷くなってきた。

 通信をここで打ち切るつもりなのだろう。リバースの姿が掻き消えていく。


『歌舞伎町三丁目に行け。そこに手がかりがある』

「え……ちょっと?」


 思わず質問を飛ばそうとしたジョアンナを意に介さず、リバースはノイズの向こうに消えた。

 電子音が響き、エレベーターのロックが解除される。


 弾痕と亀裂の入ったモニターに『unlocked開きました』と表示され、エレベーターは使用可能となった。


 待ちわびた外への出口。

 だが、喜び勇んでそこに飛び込む者は一人もいなかった。


「歌舞伎町三丁目ですって……? 聞き間違いかしら?」

「ジョー。今はそんなことはどうだっていい。調べる時間はいくらでもあるんだからよォ」


 ジョアンナはまだしばらく考えていたが、五香の言う通りだったので溜息を吐いて踵を返す。


「そうね……これからやることはたった一つよ」

「ああ。うん。そうだね。その通りだ……」

「ム? 何のことだ?」


 勘づいてないのはメルトアだけだったが、彼女の手はドクターが取る。


「裏っち。よろしくなァ」

「任せて! しっかり役目は果たすから!」

「ん? ん?」

「じゃあ各自、まだ探索していない場所をチェック。その後、速やかに入るわよ」


 ――風呂に!


◆◆◆


 たかが三日間。されど三日間。

 特に五香はずっと巨大な犬のコバヤシと一緒にいたので、誤魔化しようがないほど獣臭かった。


 風呂に入らなければ、そろそろ健康にも害が出る。

 仮に健康に害が出ない邪鬼種イビルであったとしても、風呂に入らないなど論外もいいところだった。


 ここで、三人はリバースの言葉を思い出していた。


 共用スペースに資料を置いておいた。

 共用ではないスペースがないと、この発言は出てこない。


 つまるところ――


「最初に転送された部屋、丸々全部私のスペースかよォ」


 風呂の順番を考える必要は、幸いにもいらなかったのである。

 五香は自分の部屋で存分にシャワーを浴びた。

 湯舟の方は時間がかかるので後回しだが、そこそこ大きなバスタブだったのでいつかは絶対に使いたい。


 髪の毛を存分にブロウし、これまた部屋に備え付けてあったラフなTシャツとスウェットに着替え眼鏡をかけて、寝ているコバヤシを横切り部屋の外に出た。

 三つ編みは今はいらない。あれは外行き用の髪型だ。


 いつの間にかとっぷり日は暮れて、もう今日中にまともな活動はできないだろう。四人が合流した後の相談次第だが、ここで夜を明かすのは決定事項に思えた。


「……廊下、どうすっかなァ。土足で踏み荒らすのはアレだし……スリッパでもありゃいいんだけどなァ」


 廊下をエレベーターとは逆方向へと歩いていき、ドアも何もない廊下から直接繋がっている広いスペースへと出た。


「おっほぅ!」

「あら。五香、ジャストタイミングね」


 思わず声が出てしまった五香を不審に思う素振りも見せず、先に来ていたジョアンナは振り返る。


 その姿は五香よりも更にラフだった。薄手で丈が長めの水色のシャツとパンツのみで、足は惜しげもなく晒している。

 さっきまでのドクターの短パンよりも遥かに際どかった。


「じょ、ジョー……下に何か履いたりしないんだなァ……」

「邪魔っけよ。家ではいつでもこんなものだし。このシャツのボタンも押せばパチンと閉まるスナップボタンだし、とにかく落ち着ける場所でくらい下手なオシャレしたくないのよね」

「そ、そうか。フフ……そうかァ……」

「……目がエロいわよ」

「ごめんなさい……」


 ここはリバース曰く拠点だ。楽でなければ意味がない。

 ジョアンナが楽だという格好を好きにできる環境は必須であり、それを邪魔することは決して許されないだろう。


 五香は鋼の意思で、ジョアンナの足から視線を逸らした。


 ちょっとは見たので記憶にはちゃんと残っている。

 よく手入れが行き届いた白い肌。触れば吸いついてきそうな質感。もはや美術品と言ってよく、モデル業でもしていないのが不思議なほどだ。


「ん。そういやァ、ジョーの職業って何なんだァ?」

「なんか目が凄まじく泳いでるんだけど……ダンサーよ。たまにインストラクターもやってるけど」

「ダンサー?」

「そ。歌手が歌ってる後ろの方とかでね。テレビに出たこともあるのよ。あ、また視線が下に来てる」

「ごめんなさい!」


 五香は納得した。

 あの大きな猿の前で見せた回避の秘訣は、プロのダンサー故の身体能力が基礎になっていたのだろう。


 そう言われればこの足もただ美しいだけではなく、内に野性的な力強さがあるような気も――


「……はあ、まったく。もういいわ。飽きるまで見たら? いっそそうした方が話が進みそうだし」

「本当にごめんなさい! 不快にさせるつもりじゃなかったんです! 私の意思は鋼どころか発泡スチロール製でした! 許さないでいっそ処刑してくださいぃぃぃ……!」

「別にそこまで気にしてないわよ! 好きに見ていいって言ってるじゃない!?」


 急に土下座までし始めた五香に面喰い、ジョアンナはあたふたする。

 言動に怒りは含まれていなかった。短期な面を散々見た五香としては、少しばかり意外に思うと同時に罪悪感の行き場所がなくなる。


「……私は……ジョーのことを綺麗だと思ってるけどよォ。だからって私の欲を優先して、傷付けたくもないんだよなァ……落とし前はキッチリ付けておきたくってよォ」

「あなた、性欲の割に凄く義理堅いわね……あ、それよりほら。あっちを見て。どうしようかと困っていたのよ」

「あっち?」


 ジョアンナの指差した方を抵抗なく見る。

 そこにあったのはソファと足の短い長方形のテーブル。


 その上に積まれた、山盛りの書類。

 テーブルの分も含めれば書類は五香の腰のあたりまで積みあがっており、書類がテーブルを占有するスペースは淵のギリギリまでで、今にも崩れてしまいそうだった。


「多分リバースの言っていたターゲットの情報……だとは思うんだけど、あれじゃあ顔を知るのだって一苦労よね」

「ん。おう。大丈夫だ。ああいうのは私の得意分野だからよォ」

「え」


 まるでスイッチがバチンと切りかわったかのように、真顔になった五香は土下座をやめて資料へと歩いていく。


 ソファではなく床に座り、手に着いた書類を片っ端から読み込み、床に積み上げなおして行く。

 何らかの基準があるのか、分別するように別々の場所へ。


「……ド素人の仕事だなァ。噂話レベルのものまでごっちゃにしてんじゃねーよ……ないよりはマシだけどよォ」

「……心底マジに切り替え早いわね」


 ジョアンナも、五香の隣に座る。作業の邪魔にならない程度の距離を保ち、その横顔がよく見える地点へ。

 もう五香の顔はジョアンナの足に向かない。抜群の集中力だ。


 資料の仕分けをする五香は、その横顔を見るジョアンナの顔が綻んだことにも気付かなかった。


「ねえ。五香。あなたの啖呵、格好良かったわよ。私でもビビる相手にやるじゃない」

「……あん? 悪ィ。何か言ったか?」

「あはは! もう二度と言ってあげない」

「ん? あ、おう?」


 何故ジョアンナが上機嫌なのか、五香が気付くことはない。

 気を取り直して、また書類に目を通す。今度は聞き逃さないよう、耳にも意識を傾けて。


◆◆◆


「あ、話は変わるけど五香。あなた、東京は地元よね?」

「おお。間違いねーぜェ」

「じゃあ歌舞伎町にも」

「何回か映画を見に寄ったことあんなァ」

「……じゃあ知ってるわよね? 半ば常識だし」

「……リバースのヒントのことかァ?」


 五香とジョアンナはしばらく沈黙し、先に口を開いたのはジョアンナだった。


わよねぇ?」

ァ」

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