突然の来訪者 その三

 一九一八年 一一月 帝居地下





 儀式終了後、多野教授はこれ迄になく不機嫌であった。

 その理由は御決まりとなっている乱交儀式の際、宮森が殆どだったからである。


「これより一週間後に迎えを寄越す迄は待機だ。

 それにしても宮森君、今日のていたらくはなんだね?

 弟子を教育し直すと言った手前、私は来賓らいひんの方々に顔向けが出来ん。

 君は私の顔に泥を塗ったも同然、反省しているのか!」


「多野教授……申し訳……うぷっ! ありません……」


 多野のやっかみ混じりの説教は延々と続いたが、宮森の方は足元も覚束おぼつかず、心ここにあらずと云った風だ。

 多野の苦言も暖簾のれんに腕押しでしかない。


「へべれけに成りおってからに……。

 血酒ちざけの飲み過ぎじゃ!」


 そう吐き捨て多野が去ると、次は明日二郎が話し掛けて来る。


『ミヤモリ君、本日はご苦労さんでした……と言いたい所だけんど、最後に重要な任務が残っとる。

 その為にも、理解してくれよ。

 じゃ、酔い醒まし手伝ってやるからありがたく思え……』


『頼むよ。

 気持ち悪くてたまらん……』


 明日二郎の言にある『ああするしかなかった』とは、霊力操作で宮森の身体機能を調整した事だ。

 宮森はこの後に控える最重要任務の為、乱交儀式で絶頂を迎える訳にはいかなかったのである。

 そこで、明日二郎が宮森の性感をいちじるしく鈍化させたのだ。


 乱交儀式前に参加者があおる血酒、これには精力増強の効能があるが、飲み過ぎれば当然それどころではなくなる。

 その特性で以て、宮森の性感鈍化を偽装カムフラージュしたのだ。


 明日二郎が宮森の身体機能を調節し、体内の悪酔い物質を急速に分解して行く。


『なあ明日二郎。

 儀式の後、あやとは話せなかったが大丈夫だろうか?』


『う~ん、〈異魚〉からの敵対的な思念も感じなかったし大丈夫だと思うぞ。

 ナルトデラなんて奴も現れやがったし、全部こちらの思惑おもわく通りには進まんさ。

 それよりどだ? 気分は良くなったかミヤモリ。

 部屋に着いたらハッスルタイムだぞ!』


『そのハッスルって言葉な、売春するとか売春婦が客引きをすると云う意味もあるから、使用には注意を払えよ……』


『ノオオォ。

 冗談を言えるぐらいには元気になったの。

 じゃ、帰るでの』


 宮森と明日二郎は下宿への帰途に就いた。





 下宿に戻り自室へ向かおうとした宮森は、丁度ちょうど炊事場から上がって来た女将とぶつかってしまう。

 小柄だが大質量を誇る女将の体勢はさして崩れず、洋袴ズボン物入れポケットに手を入れていた宮森だけが前につんのめってしまった。

 宮森が物入れポケットから手を出したその拍子に、五センチメートル四方の小袋がまろび出る。


 女将はその小袋を目ざとく見付け、宮森本人には目もくれず拾い上げた。


 小袋には、【突撃一番槍とつげきいちばんやり!】との商品名ロゴが入っている。

 突撃一番槍! は、先程の乱交儀式会場から持って帰った物だ。


 女将が急に顔を赤らめ宮森に話し掛けて来る。


「あらいやだ宮森さん。

 おめかしして何処に行ったのかと思ったけど、だったのね~。

 で、どうなったの? 想いは遂げられたの? ねえ?」


「いや、その、今回は駄目でした……」


 大事な御勤めの前に思わぬ出来事ハプニングが降り掛かり、宮森と明日二郎はほとほと困り果てる。

 ついその場しのぎの文句が口をついて出てしまった宮森だったが……。


『だあ~どんくさい、どんくさいぞミヤモリ。

 ここに来てめんどくせー相手に捕まっちまった。

 早いとこ切り抜けろ』


『しょうがないだろ、いきなり女将さんが出て来たんだから!

 明日二郎が教えてくれりゃ良かったのに……』


『オイラの所為かよ!

 ん? オイ、女将の鏡餅かがみもちみたいなカラダがなんかクネクネし始めたぞ。

 と~っても嫌な予感がする……』


 しなを作り婀娜あだっぽい視線で宮森を捉えた女将は、訥々とつとつと語り始めた。


「あたしもさ、旦那がんでもう七年。

 なんだか寂しいんだよ~。

 いやなに、若い人に色目使うとかそんなんじゃないよ。

 ただ宮森さんさ、言っちゃ悪いけど野暮やぼったい見た目じゃない?

 悪口で言ってんじゃないんだよ。

 誠実そうなんだけど、いまいち垢抜あかぬけないっていうか……」


 女将の独り言が止まらない。


 危険を感じた明日二郎が宮森を急かす。


『おい、女将のヤツずっとくっちゃべってるぞ。

 早くこの状況を打開しないとこの後のお勤めに差し支える。

 分かってんのかミヤモリ!』


『分かってる、解ってるけど、どうしたらいいのか判らないんだよ……。

 そうだ明日二郎、お前幻夢界げんむかいで数々の浮名うきなを流して来たんだろ。

 こんな時こそ助言の一つや二つ出ないのか?

 センセーたる者、教え子の窮地きゅうちを救うべきではないのですか!』


『アドバイスか。

 こんな時ばかりセンセー呼ばわりしよってからに……。

 分かった。

 今からチョットの間お前さんのカラダ借りるぞ。

 トリャ~!』


 女将は相変わらず、自身の身の上や宮森の地味過ぎる容姿についてまくし立てている。


 そこで宮森の身体の統制権を掌握した明日二郎が、行く手を阻む障害を打ち砕くべく賭けに出た。


「……でさ、怒らないでおくれよ?

 もしよ、もし経験がないんなら、ここらで男になっとくってのも良いんじゃないかねぇ?

 もし良かったらだけどぉ、あたしで練習ぅ……しぃ、とぉ、くぅ?」


「女将さん! 実は僕……」


「み、宮森さん?」


「僕は…………〖越前槍えちぜんやり〗なんです!

 それでは失礼します!」


 ぽかんとする女将を残したまま、宮森(と明日二郎)はそそくさと自室のある二階へと向かった……。


[註*突撃一番槍とつげきいちばんやり!=コンドームの銘柄めいがら(作中での設定)]


[註*越前槍えちぜんやり=解らないヒトは、お父さんやおじいさん等の身近な男性にたずねてみよう!]





 立ちはだかる困難を乗り越え、約束の地(自室)へと戻って来た宮森と明日二郎。

 そして、宮森の最重要任務ミッションが今……もう一寸ちょっと掛かりそうである。


『明日二郎よ、さっきのアレは何だ?』


『ミヤモリよ、先程の場合はアレが最善だったのだ。

 無事生還出来た事をヨシとするべきだぞ』


『明日から気まずいだろ。

 それに、自分には女将さんが「宮森さんはらしいわよ~」と、ご近所にらかす未来が見えるんだが?』


『ケッ、大の男がそんなコト気にするない。

 酔っ払って変なコト口走ったとか思うだけだろ。

 それよりお勤めだ。

 トリアエズ、服を寝巻ねまきに着替えてから布団を敷け』


『分かったよ。

 一寸待ってろ』


 宮森は明日二郎に言われた通り、寝巻に着替えて布団を敷く。

 その間中、ぶつくさ文句をつぶやき乍らではあったが。


『布団敷き終わったぞ。

 明日二郎、他にやることはあるか?』


『うむ。

 ちり紙とゴミ箱を枕元に設置せよ。

 設置が完了したならば、布団へと入り突撃一番槍! を装着するのだ』


『絶対装着しなきゃならんのかコレ?

 いまいちよく解らん……』


『不思議界へ転送するとき照準を付け易いんだよ。

 後、困るのはお前さんだしな。

 出来たか?』


『装着完了だ、上官殿』


『ヨシ。

 ミヤモリ、お前さん今日は良いコトなしだったろうから、オマケでエロい夢見しちゃる』


 エロい夢と聞いて宮森は身構えた。

 昨夜もこんなやり取りがあったからである。


『そんなの見せなくていいって。

 明日二郎の事だ、どうせ「お相手は女将でいいか?」とか言うんだろう……』


『言わねーって。

 お前さん好みのヤツが自動で出て来る様にしとくからさ。

 あと、オイラはミヤモリの夢ん中みだりに覗くなってオニイチャンに釘刺されてるから。

 個人の秘密プライバシーには緊急時を除いて立ち入らないから』


『今日一郎が釘刺さなかったら妄りに覗くのかよ!

 緊急時には個人の秘密プライバシーに立ち入るのかよ!』


『じゃ、そろそろ始めんぞー。

 楽な姿勢で横になれ。

 は心配すんな。

 お前さんのカラダだけ動かしてキレイにしといてやっからよ。

 そんでもって、お勤めの後は朝までグッスリ寝かしとく。

 色々あって疲れたろ。

 不思議界での作業の様子は、明日オニイチャンと一緒に説明する』


『分かった。

 発射後の処理、そこんトコは頼むぞ明日二郎。

 布団や寝巻を汚して女将さんにあれこれ言われたくない。

 じゃ、お休み。

 今日一郎にも宜しく……』


『オウ、おやすみー……。

 そんじゃぱじめますか。

 ……アナタは段々ネムクナール……アナタは益々ネムクナール……。

 ……アナタはちょっぴりエロクナール……アナタはとことんエロクナール……。

 ありゃ? エロい夢見しちゃるつもりが、なんか変なのが宮森の幻夢界に入って行った様な?

 一応調べてみるか。

 あー、オニイチャン聞こえてるかー、相談したいコトあんだけどー……』


 こうして、宮森と比星兄弟ブラザーズにとっていざこざトラブル続きの一日は幕を閉じる。


 ただその背後には、彼らを飲み込もうとする、大いなる混沌が這い寄っていた……。





                 突然の来訪者 その三 了

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