突然の来訪者 その二

 一九一八年 一一月 帝居地下 神殿区画 外郭部 観覧室





 突如として現れた怪人が得意満面な思念を振り撒き解説する。


『その施設だが、表向きは電波送信所として建設されている。

 しかし実際は電磁波を発生させ照射する装置だ。

 この電磁波と云うのは様々な分野に応用が可能でね。

 小規模のものだと人間の脳や神経に作用し思考や行動を操れたり、出力次第では精神異常を引き起こしたりも出来る。

 開発が進めば、生物の死体すら動かせる時が来るかも知れない。

 他にも、照射した対象を一瞬で無害化したり焼殺する事さえ可能となるだろう。

 小規模のものでこれなのだから、先程視せた大規模照射施設が完成したあかつきには……言わずもがなだ』


 今日一郎が気が気でない様子で尋ねる。


『大規模な施設だと何処までの事が出来る?』


 今日一郎への返答の積もりなのであろうか。

 鳴戸寺は不吉ないんを踏んで唱い出した。


 不祥なうたに乗せて、因果なうたを――。



 ――地震かみなり何とやら、


 ――火事に津波に大変じゃ。


 ――大風おおかぜ大雪おおゆき吹きすさび、


 ――ひでり長雨ながあめ大変じゃ。


 ――御山おやまも火を御空おそらは真っ黒、


 ――いけは血の色地獄色ぢごくいろ


 ――海にはでっかい御殿ごてんが浮かび、


 ――餓鬼がき豊漁ほうりょう蛙色かわずいろ


 ――此方こっち畜生ちくしょう彼方あっちも畜生、


 ――みんなで仲良くかえりゃんせ。


 ――生きるも修羅道しゅらどう死ぬるも修羅道、


 ――海の御殿にかえりゃんせ。


 ――どうせたれる人間ひとみち


 ――御先祖様にかえりゃんせ。


 ――ついぞ断たれるてんみち


 ――ホントの姿にかえりゃんせ。


 ――御殿の針山はりやまぴかりと光る、


 ――出て来た親方おやかた海坊主うみぼうず


 ――うつ平らはまがいじゃと、


 ――駄法螺だぼらすみ吐く海坊主。


 ――現し世まりじゃと空嘯そらうそぶいて、


 ――民草たみくさたらす海坊主。


 ――神も仏も残らずらう、


 ――ここのあたまの海坊主。


 ――もひとつ頭を見付けたら、


 ――この世を飲み込む海坊主。



 ――――。



『クフッ、クフフッ、クフフフハハハハッ!

 ……ふう、楽しみだ』


 歌詞内容の余りに邪悪さに、宮森と比星兄弟ブラザーズの胸中には虫唾むしずはしり回る。


 何とか冷静さを保っている宮森が会話を繋いだ。


『その装置は気象を操れると云う事ですね。

 そして、全世界に天変地異を巻き起こし多くの人民を虐殺、邪神復活の為の贄とする積もりだ』


『その通り。

 流石はあの瑠璃家宮が見込んだ男だ。

 頭の方も切れるらしい。

 将来が楽しみだね。

 そしてその施設が完成し稼働を始めたら、ここ帝都も標的になる』


 鳴戸寺のこの宣告には、宮森と比星兄弟ブラザーズ総毛立そうけだたずにはいられなかった。


 鳴戸寺が大言壮語たいげんそうごしていると踏んだのか、明日二郎が再び食って掛かる。


『ケッ、大法螺おおぼら吹っ掛けやがって、そんなコト出来んならオイラもオメーも失業だなぁ。

 なあ、ナルトデラさんよ!』


『心配には及ばん。

 私にも君達にも失業はない、その点は安心したまえ。

 だが君達も知っての通り、魔術の効果が年々減衰しているだろう。

 このままでは効率的に邪念を供給出来なくなるのでね。

 そこで、瑠璃家宮が手を回して作らせているのがその施設だ。

 ムー・アトランティス文明時代の科学力を復活させる為に苦心しているのだろう。

 電磁波技術は様々な応用が可能だが……行き着く所は大量破壊兵器による人類の大量虐殺だ』


 鳴戸寺が暴露した瑠璃家宮達の非道な奸計かんけいに、宮森達は驚きを通り越して諦めの境地に身を置いた風にすら感じる。


 宮森が鳴戸寺に意見した。


『魔術から科学へ天秤が傾いていると?

 しかも実行段階にまで来ている。

 そして貴方は帝都の厄災を、阻止する気はない……』


『頭の切れる宮森さんらしい良い考察だ。

 そこで私からの見返りについてだが、今建設されているその施設の情報と瑠璃家宮達が帝都で引き起こそうとしている大災害についての情報、その全てを渡す。

 そして、もし君達が帝都から脱出する選択をした際には……その脱出にも力を貸そうじゃないか。

 母上様と一緒では、大層逃げ辛かろう?』


 鳴戸寺は、比星兄弟ブラザーズの母親の特異な容姿を明らかに愚弄ぐろうしていた。


 明日二郎が瞬間湯沸かし器さながらに激昂げきこうする。


『コッチが下手に出てるのをいいコトに好き放題ぬかしやがって、もう我慢ならねえ!

 オニイチャン、こんな奴の要求なんか絶対飲むな。

 どうせ裏切るに決まってる。

 オイラ達の計画はご破算になるが、今コイツを潰しとかなきゃ後々必ず後悔するぞ‼』


 明日二郎の怒りはもっともだが、大勢の民間人と鳴戸寺一人を天秤に掛ける訳にはいかず、今日一郎は明日二郎を必死でなだめる。


こらえろ明日二郎!

 お前が取り乱した所でどうにもならない。

 この場で鳴戸寺の存在を瑠璃家宮達にバラそうと、鳴戸寺は痛くもかゆくもないんだぞ。

 仕事人プロフェッショナルなら冷静クールになれ』


『くっ……オニイチャン、オイラこんなに悔しい思いしたのは初めてだぜ……。

 でもオイラはプロフェッショナルだからな……。

 こんな時こそ、クールに、だぜ……』


 ほこを収めた猛獣に、鳴戸寺が謝意の思念を寄越す。


『おや済まなかった。

 少し配慮を欠いた発言だったかな。

 無礼を働いた詫びと云ってはなんだが、今日の儀式が終わった後で母上様との面会申請をしてみると良い。

 直ぐに許可が降りる筈だ』


 所詮しょせん形ばかりのものだろうと判ってはいたが、それには今日一郎が応じた。


『そんな事まで出来るとはね。

 九頭竜会につてでもあるらしい。

 では儀式後に面会を申請してみるとしよう。

 それをもって鳴戸寺さん、貴方との約定やくじょうとなす。

 もし反故ほごにされた時は必ず貴方を見つけ出し、僕達の力が及ぶ全ての世界から、消す……』


 感情のこもらない声で怒りがめられた今日一郎の言葉は、鳴戸寺の鼻っ柱を折る事はせず致死性のとげで突き刺したままにした。

 寸毫すんごうではあるが鳴戸寺のひるんだ様子は感じられ、明日二郎と宮森も溜飲りゅういんを下げる。


『……宜しい、では取引成立だな。

 この後の作業では、〈異魚〉が瑠璃家宮のY精子で受精してしまわないよう手を貸そう。

 これで私からの通信は以上だが、君達の行動は引き続き監視している。

 一週間後の儀式迄には此方こちらから連絡を入れ、例の施設に関する追加情報を提供しよう。

 では、混沌の這い寄るままに…………』


 鳴戸寺の気配が消え、交渉は終わりを迎える。


 鳴戸寺と交わした約定が螺子ねじを巻き、遂に因果の歯車が回り出した……。





 宮森達が儀式へと戻る中、鳴戸寺は秘匿通信を使い何者かと連絡を取っている。


『聞こえているな※※※・※※※。

 準備が出来た。

 ほんの少しで良い、瑠璃家宮の精子の動きを鈍らせてくれ……』


『……分かりました。

 ここ迄の段取り感謝します』


『私もこれで御暇おいとまする。

 では、混沌の這い寄るままに…………』


 鳴戸寺の思念が消失した後、緑色の手袋を嵌めたその者は両手を奇妙な形に組み始めた……。





 今日一郎達は鳴戸寺との密約を結ばざるを得なかった。

 何時いつ破約されるとも知れない綱渡りには違いないが、比星兄弟ブラザーズと宮森に叛意はんいがある以上、九頭竜会に告発するなどと言われればぐうの音も出ない。


 宮森達が思考と感覚の高速化クロックアップを終了すると、その反動が宮森を襲う。


『うぅ……汽車に長時間乗った様な気分だ。

 異界の臭いと同時はきつい……。

 今日一郎、作業は上手くやれそうか?』


『問題ないよ。

 Y精子の動きも鈍い、鳴戸寺が細工したようだ。

 明日二郎の方はどうだ?』


『ノープロブレムだぜオニイチャン、後催眠暗示の方は任せてくれ。

 ミヤモリはこの後大事なお勤めがある、少し休んでろ』


『あぁーそうだった~。

 気乗りしないが仕方ない。

 覚悟を決めとくよ……』


 宮森と比星兄弟ブラザーズは互いに励まし合い、残りの作業と仕掛けへと臨む。


 今日一郎が受精作業に入ると、観覧席では瑠璃家宮、多野教授、草野少佐、蔵主社長共々、くちを釣り上げて薄笑いを浮かべていた。


 瑠璃家宮達の興奮を煽るかの様に、明日二郎が演奏する楽筝は拍子テンポを上げ始める。


異魚〉胎内で精子の動きが活発化して来た。


 殆どの会員や施設職員達の眼に異形の明日二郎は映らない。

 彼らには楽筝の音色そのものが、いのちあるものに感じられるのだろう。


 異界の気配が広がると、会員や施設職員達の殆どがしたたかに嘔吐し始めた。



 遂に〈異魚〉の卵子を瑠璃家宮の精子が取り囲む。


 瑠璃家宮の柔和な顔容かんばせからは、想像も付かない程の邪気が垣間かいま観える。


 鼉太鼓一対が一際強く鼓面を打つ。


 精子が一斉にはしりだす。


異魚〉の邪気が発揚はつようし、瑠璃家宮の邪気とがっする。


 精子が卵子の一つに侵入を果たす。


 卵子を包む透明帯と呼ばれる膜状組織が硬化、他の精子の侵入を防ぐ。


 受精卵と成る――。



 神官達は出来たばかりの受精卵を物的、霊的に保護する術式に取り掛かった。


 その一方で今日一郎は、神官達が霊力を集中するのを見届ける。

 そして細心の注意を払い、排卵された他の卵子と瑠璃家宮のY精子を胎外へと流す振りをして、不思議界の次元牢へと転送した。


 これを以て、排卵と受精の儀式は終了となる――。





                 突然の来訪者 その二 了

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