邪神に纏わるエトセトラ その二

 一九一八年 一一月 宮森の自室





 好奇心に火が付いた宮森は矢継ぎ早に質問を繰り出す。


『じゃあ次の質問。

 綾に邪霊が宿ろうとした際、綾は神懸かみがかりに陥った。

 あれは、邪霊定着と〈ショゴス〉との融合の際に起こる拒絶反応と見て良いのかい?』


『ああ。

 しかし綾の拒絶反応は、〈ショゴス〉との融合も計算に入れると考えられない程軽微だった。

 特定邪神との契約の為に前もって選別、調整されていたに違いない』


『今日一郎が話してくれた霊質に関係しているみたいだな。

 霊質が合致する人物を探し出し、更なる調整を施したと?』


『そうだね。

 綾がこの世に生を受けた時点、或いはそれ以前から、あの邪神の依坐として目を付けられていたと云う事も有り得る。

 綾だけじゃない。

 僕達や宮森さんすらも計画の一部と云う可能性がある』


『生まれる前から邪神の依坐に決定しているなんて事が……』


『普通にあるよ。

 魔術師の家系では当然の事さ。

 それに邪神達は殊更予定を組みたがる。

 そして、その予定に沿って魔術師達が行動するんだ。

 その積み重ねが今の醜い世界であり、僕達の存在でもある』


『昨日の儀式までは邪神のてのひらの上か。

 まさかとは思うが、今日の会話も想定されていたり……しないよな?』


『するかもね』

『するカモだ』


『久しぶりだな明日二郎センセー。

 あ、そうだ。

 明日二郎についても訊きたい事が山程ある。

 質問宜しいですか?』


『何なりと尋ねるが良い。

 このオイラでよければ答えて進ぜよう』


『では遠慮なく。

 明日二郎センセーや殿が物質界に影響を及ぼす時、必ず悪臭が湧き起こりますが何故ですか?』


『邪念を媒体とした霊的作用……魔力、呪力、妖力とも云い表すが、コレは霊感の発達していない者には視えない。

 そして人間の視覚では通常捉え切れない、若しくは捉えない方が良いであろう霊的作用を、脳がムリヤリ嗅覚や触覚等に割り振っているのだ。

 ミヤモリ君も、オイラを始めとする異界の存在を視認出来る様になった後は悪臭が軽くなったろ?』


『明日二郎センセー自体の臭いじゃなかったんですね、安心しました』


『また差別発言してねーか?

 それにオイラは本体を幻夢界に置いてるんで、どういう風にオイラが臭うのか迄は判らんがな。

 ミヤモリ君の脳内を探って記憶を読む事も出来るけど……今は遠慮しとくぜ。

 なんかバッチィ感じもするしよ。

 あと基本的に、異界の存在が凶大であればある程悪臭は強くなる筈だぞ。

 まあ、異界の存在にも色々あるからな。

 単に悪臭と云っても個性が出る』


『ん? それじゃあセンセー。

 悪臭だとは感じず、花の様な芳香を放つ事もあるのでしょうか?』


『花の様な芳香だって?

 今話題にしてる悪臭ってのはな、邪念を媒体とした霊的作用を感知した人間の脳がそれを五感に割り振った結果だ。

 瑠璃家宮を始めとする邪神が定着した者達ではいざ知らず、霊性がまともな人間には悪臭としてしか感知されない筈だぞ。

 なんかあるのかミヤモリ君?』


『いや……昨日の儀式で、今日一郎が綾に邪霊を注ぎ込む場面があったよな?

 綾の胎内に途轍とてつもない悪意が雪崩なだれ込んで行くのを感じたんだが、それまで認識していた悪臭が不思議と和らいで……清浄な想念の様なモノ? が、綾の胎内に入って行った気がするんだよ』


『オニイチャン……コレ』


『これは……興味深いね』


 珍しく懸念を示した明日二郎に、今日一郎も深く思案している様子。

 兄弟だけで思念のやり取りをしている為なのか、宮森には感知出来ない。

 自身の脳内で記憶を探っている明日二郎の姿を朧気乍ら感じ取れはしたが、それだけである。


 宮森は長々と押し黙り続ける兄弟に痺れを切らし、思い切って自分から切り出してみた。


『今日一郎、綾に邪霊が定着する前の……元々の人格と言う可能性はないだろうか?』


『僕達だけで話し合って済まない、でもそれはない。

 貴方もあの場で感じたと思うけど、綾の元々の人格、魂魄こんぱくこんの方は邪霊に圧倒され活動を停止した。

 死んだも同然の状態で、その様な現象を起こせるとは考えにくい』


『でよ。

 オニイチャンに言われてミヤモリのアタマん中覗かせて貰ったら、ミヤモリ自身はヤッパリなんか感じてる。

 こりゃ勘違いとかじゃねーぜ』


『矢張り綾の魂は封印されたか……。

 二人にも解らないんじゃお手上げだな』


『宮森さん、これは僕の推論なんだけど、貴方が感じた清浄な想念とは、聖霊の可能性がある』


『聖霊か……。

 聖霊とは、魂魄の魂の部分だよな。

 綾の魂は活動を停止したのだろう?

 自分もそれは感じたし、今日一郎もそれはない筈だと……』


『僕が思う所はね、宮森さん。

 その聖霊は元々の綾の魂ではなく、なのではないか、と云う事だよ』


『そうか! 子の方の魂が宿る場面だったと。

 でもなんで今日一郎と明日二郎も認識し得ないのに、自分がその様子を感じ取れたんだ?』


『それは宮森さんの霊性の高さを示しているのかも知れない。

 僕達では、邪神である父親の影響が強過ぎて聖霊を感知出来ないのだろう。

 貴方がこれから訓練を積んで霊力の使い道を覚えれば、聖霊との交信さえ可能になるかも知れない。

 僅かでも聖霊との交信が可能ならば、魔術結社との戦いにおいては切り札となり得る』


『な、なんか、自分が切り札とか責任重大な話になって来てないか?

 何気なにげに修業確定の雰囲気にもなって来てるし……』


『ビシバシしごいてやるからなミヤモリ。

 これよりはシショーと弟子の間柄あいだがらとなる……。

 覚悟するよーに!』


『明日二郎まで……。

 もう勘弁して下さいよシショー』


『まだなんもやっとらんうちからビビり過ぎだろ……』


 宮森は存外高い素質を秘めている様で、比星兄弟ブラザーズからも期待と激励の思念が飛び交った。

 講義は和やかさを取り戻し終盤へと向かう。





            邪神に纏わるエトセトラ その二 了

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