放精の儀式 その二

 一九一八年 一一月 帝居地下 神殿内部 奥座敷





 脱衣した会員達が向かった先は、先程の食堂兼脱衣所よりも更にだだっ広い座敷であった。

 照明が幾つか落とされており、座敷全体としては薄暗い。


 漂う青紫色の煙と敷かれた布団。

 その二つが一体となって座敷中を厚くこごらせていた。

 その光景は、僅かな光しか届かない深海の水底みなそこを思わせる。


 ただ下座の方だけは布団が敷かれておらず、場違いな照明が爛々らんらんとしていた。

 まるで、暗い深海を照らす潜水艦の探照灯サーチライトである。


 青紫色の煙の正体は香で、宮森の入会儀式にも使用された催淫効果のある種類だ。

 九頭竜会だけに限った事ではないが、魔術結社は重要な儀式の際に大抵は乱交を行う。


 座敷の上座には天井から御簾みすが下がっていた。

 御簾内みすうちの影は朧気おぼろげだが、誰であるかは判る。

 瑠璃家宮とあの娘だ。


 座敷に会員以外の者達が入って来る。


 先ず案内係が四、五人。

 その後ろからは紅白の巫女装束みこしょうぞくを身に纏った巫女達が三十人近く。

 巫女達は下座にずらりと並び、会員達の邪な注目を集めていた。


 巫女達は漢数字で書かれた番号札を首からぶら下げており、宮森は即座にその意味を気取けどる。

 そして、巫女達の容姿に違和感を覚えた。


⦅化粧こそしている様だが、女性にしては背が高く肩幅が広い。

 これは矢張り男巫女おとこみこ、所謂稚児ちごと云うやつか……⦆


 ここで突然に御簾内から瑠璃家宮の声が鳴り渡って来た。


『音声を増幅させる機器でも用いているのだろうか?』と宮森は首をかしげていたが、ここで瑠璃家宮が使用した機器は携帯型電子拡声器ポータブルメガホンである。

 一九五四年に携帯型が発明される迄は大掛かりな装置が必要であったが、九頭竜会は既に小型化に成功、携帯型を生産していた。


「今日の儀式に至る迄の皆の協力、痛み入る。

 皆の御蔭で儀式は成功と相成った。

 これで我ら九頭竜会は更なる飛躍を迎えようぞ。

 余りらすのも良くなかろう。

 謝辞はこの辺で終わりにする。

 では皆、心行くまで楽しんでくれたまえ……」


 瑠璃家宮の謝辞を合図に、会員達は稚児の品評を始めた。


「どれっ、顔をよく見せろ」


「あぁ~、可愛いね~ぇ」


「おじさんと一緒に……ぐふふ。

 遊んでほちいよ~」


 そして有ろう事か、稚児達のりが始まった。

 巫女達の前に入室した案内係達は、この退廃的な競売オークションを仕切る為の人員だったのである。


 会員達は大枚たいまいをはたいては、自分好みの稚児を競り落す事に熱中していた。


 この競売オークションでの売り上げは九頭竜会の活動資金にてられる。

 詰まり、どれだけ九頭竜会に寄進出来るかどうかの試験テストも兼ねているのだ。


 国を動かす権力者達が素っ裸になり熱狂する気違いじみた競売オークション

 それらに代表される寄進合戦で、会員達同士のランクが決定される。


 このランクを上げない限りは組織内での栄達はない。

 この国の重要な地位ポストを占める事も出来ない。


 ゆえに躍起になる。

 最初のうちは嫌悪感と罪悪感に苛まれる。


 しかし、自らが非道にせば堕すほどカネと権力が転がり込んでくる。

 面白くてめられなくなる。


 そのうち、嫌悪感も罪悪感も感じなくなる。


 ある時、自分と同格の競争相手ライバルが存在していると気付かされる。


 競争相手ライバルに追い落とされはしまいかと焦燥が募る。

 競争相手ライバルに差を付けようと益々悪徳の沼に嵌まり込む。


 気付いた時にはもう、抜け出せなくなる――。


 組織の敵対者を潰し弱者をいたぶるだけでなく、会員達同士ですら争わせる事によって九頭竜会はその勢力を拡大して来たのだ。


 そして今この場所でも、哀れな犠牲が組織に捧げられ続けている。


「さあ~、はやくこっちに来こんかっ!」


「く~うっ、もう一息だったものを~」


「グハハッ。

 儂好みの奴は残らず競り落としてやるわい!」


 目当ての稚児を競り落とすや否や手近な布団に潜り込み行為にふける者もいれば、好みの稚児を競り落とせず本気で悔しがる者もいた。

 一部の会員に至ってはカネにかせて二人三人と競り落とし、他の会員達に自分の金満ぶりを見せ付ける始末である。


「ん~ん、おいちーい。

 べろべろベろーんぐぅ」


「こらっ、もっと気合を入れて締め付けんかっ!」


「つッッアアああああ!

 っくはあアアァぁ……もッと強く叩いてッッん……」


 相棒パートナーが定まった会員達は思い思いのやり方で稚児達をむさぼり続ける。

 稚児の中には今回が初めてで力なく泣き伏してしまう者もいれば、会員をもてあそぶ様に相手する玄人くろうともいた。


⦅……踊る。

 権力と欲望に取り付かれた蛆虫共うじむしどもが踊っている。

 恥辱という肥溜こえだめで踊り狂っている……⦆


 その様子を見ていた宮森は全身に怖気おぞけはしり、友達の輪に加わらずに済むよう、なんとか部屋の隅に逃げ込んだ。


 宮森は必死に自分を納得させ様とする。


⦅九頭竜会に寄進する金など自分は持っていない。

 この場所にいる事自体が間違っているんだ……⦆


 宮森が気付いた時、彼は自然と上座の方まで来てしまっていた。


 上座の辺りでは今、毛色の違う嬌声が奏でられている。

 御簾内からだが、瑠璃家宮と娘が事に及んでいるのであろう。

 流石に会員達も遠慮しているのか、ここには照明も届いておらずうたげの熱気も届き切っていない。


 宮森はほとぼりが冷める迄ここに身をひそめる事にした。


 …………。


 宮森にその積もりはないのだが、どうしても娘の嬌声が耳に付いてしまう。


⦅御簾内からの反響だろうか。

 それとも、瑠璃家宮が謝辞を述べる時に使用したとおぼしき機械が音を拾っているのか?⦆


 二重三重に聞こえて来る嬌声の中、娘の身体に現れた鰓の情景イメージが突如として宮森の脳裏に浮かぶ。


 生来の学者肌が刺激されてしまい、嬌声に対して思わず意識を集中してしまった。

 性的興奮と云うよりも、嬌声が多重に聞こえる謎と娘の身体変容に関心が向かうのであろう。


 宮森は中を見る見ないで暫く逡巡しゅんじゅんしたが、皇太子のしとねを覗くなどあってはならないと思い返し、宴が終わるまで忍んでいようと決心する。


 その矢先……


「宮森君まさかきみ、殿下の寝所を覗こうとしていたのではあるまいな?

 粗相がない様にと言っておいた筈だぞ」


「はは。

 だとすればこの上ない度胸の持ち主ですな」


「中々良い趣味をお持ちですねぇ~、宮森さぁぁぁん」


 宮森の背中に最悪の二文字が刻まれる。


 娘の嬌声に気を取られて多野教授、草野少佐、蔵主社長の三人が迫っていた事に気付けなかったのだ。


 三人の魔手が問答無用で宮森を捕らえ、容赦なく布団に組み伏せる。

 抵抗したが無駄だった。


「ふふ……。

 では念願の弟子灌頂でしかんじょうと行こうかの。

 これで君も、な」


「はは。

 そうビビらんでもいい。

 御互いに楽しもうじゃないか。

 さぁっ、腰を挙げてーっ!」


「宮森さあああぁん。

 いーっぱい可愛がってぇ、アぁ・ゲぇ・ルぅ~❤」


 宮森は自身が儀式に参加させられた理由を今、身をもって理解させられた――。



[註*弟子灌頂でしかんじょう=弟子として認められる為の儀式]





                  放精の儀式 その二 了

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