第一節 排卵と受精の儀式

排卵と受精の儀式 その一

 一九一八年 一一月 帝居ていきょ地下 神殿区画 外郭部





 宮森みやもり多野たの教授と待ち合わせ、再び帝居地下へとおもむく。

 その際、地下空間行きの昇降機エレベーターに同乗した上級会員達の顔ぶれは一昨日と全く変わらなかった。


 宮森の脳中に居候いそうろうしている友人、比星ひぼし 明日二郎あすじろうが彼を励ます。


『おいミヤモリ、なるべくなら他の会員達と会話しろ。

 ダイジョーブ、お前さんなら出来る』


 宮森は昨日、今日一郎きょういちろうと明日二郎の比星兄弟ブラザーズから魔術、邪神崇拝などについての講義を受けた。

 そして、宮森が所属している九頭竜会くずりゅうかいなどの魔術結社が邪神復活を試みている事、その邪神の復活に必要な邪念をまかなため、紛争や疫病の蔓延が世界中で引き起こされている事実を知ったのである。


 比星兄弟は九頭竜会の野望を打ち砕く計画を立て、九頭竜会に入会したばかりの宮森に協力を仰いだ。

 宮森は比星兄弟の奇異な境遇と自らの運命を知り、彼らの申し出をこころよく承諾する。


 そして今日、九頭竜会が執り行う儀式で邪神復活阻止計画の口火を切る事となった。


 宮森の任務内容に、なるべく多くの上級会員や地下施設職員達と宮森が接触するとうものがあった。

 対象と会話する事で、明日二郎の後催眠暗示ごさいみんあんじさらはかどるらしい。


 幸運にも今は昇降機エレベーターの中だ。

 明日二郎にとっては入れ食いが狙える。


 非社交的な性格の宮森には酷な任務だが、明日二郎の為に少ない勇気を振り絞り、他の会員達との会話に挑戦していた。


「お、御初に御目に掛かりますっ。

 多野教授の下で働かせて頂いている、み、宮森、遼一りょういちと申しますっ」


「ん? ああ、多野教授の御弟子さんですか。

 私は高橋と申します。

 確か……一昨日も参加していらした様だが?」


「そ、そうでした、申し訳御座いません。

 こう云う事は初めてで、何分なにぶんにも一昨日は緊張してしまって、み、皆様とは……」


 この様な調子で、宮森はみっともない社交辞令を続ける。


 中には見知った顔もいた。

 一昨日の儀式で多野と共に宮森をしこたま犯した、帝国海軍少佐の草野くさの蔵主ぞうす産業社長の蔵主である。


 声を掛けない訳にもいかず、宮森は仕方なく挨拶した。


「こ、これは草野少佐、蔵主社長も……。

 今日も、よろしく、御願い、致します……」


「はは。

 今日は随分と積極的に挨拶されてますな。

 今日はこの草野も期待して宜しいのかな?」


「こんにちは宮森さぁん。

 お元気そうで何よりぃ~。

 あぁ! あっちの方もお元気だったりしてぇ~❤」


 草野と蔵主による下劣な挨拶に吐き気を覚える宮森であったが、作戦遂行を優先し愛想笑いを絶やさずに応対する。


 心の内を外面そとづらに反映させないすべは、一昨日の乱交儀式の後に自然と身に付いたものであった。

 覚醒した宮森の霊感がそうさせたのであろう。


 約三分の一程の会員達と挨拶を交わした頃、昇降機エレベーターが下降を停止した。

 一昨日よりも停止地点が浅い。


 明日二郎とは思考のみで会話が出来る。

 明日二郎が精神感応テレパシーを中継してくれる御蔭おかげで、会話の内容を今日一郎にも伝送する事が可能だ。


 宮森は脳中の明日二郎に首尾を問う。


『明日二郎、仕事の方はどうだ?』


『おう! お前さんにしちゃ頑張ってるじゃねーか。

 会員達は三、四割がた終了、ってトコ。

 順調な滑り出しだな』


『明日二郎、後は誰と誰が残ってる?

 指示をくれ』


『よーし……先ずは、お前さんから見て右前方の、小柄で恰幅の良いおっちゃんから行ってみよう』


 案内係の先導で通路を歩きがてら、宮森は会員達に挨拶回りを続けた。


 その仕事も終わりに近付いた頃、一行は頑丈な鉄扉に辿たどり着く。


 鉄扉の両側に控えるのは帝宮ていぐう警察官だ。

 案内係から書類を提示され、警官達は鉄扉の開放作業を進める。


 かなりの重量がある鉄扉を開放させているにもかかわらず、警官達の表情は全く動いていない。


 今日宮森が課せられた任務には、会員達だけではなく地下施設職員達とも接触する事が求められる。


 宮森は扉を開放した帝宮警察官達に声を掛けた。


「お、お疲れ様です……」


「…………」


 警官達に宮森の声が聞こえていないはずはないのだが、返事はない。


 警官達に無視され続ける宮森は思わず赤面してしまう。


 そんな宮森に、多野が苛立いらだたしき聞かせた。


「この者達はな、緊急の事態を除き我々上級会員と会話する事を許されておらん。

 宮森君、君がこの者達と言葉を交わした場合はこの者達が罰を受ける事になるのだ。

 以後気を付けたまえ」


「申し訳ありませんでした教授……」


 御叱おしかりを受けて小さくなっている宮森に追い打ちを掛ける多野。


「御集まりの皆さん、この不肖ふしょうの弟子が迷惑を御掛けし誠に申し訳ない。

 よって、ひらに御容赦を」


 この場にいる者で、多野の言葉を額面通りに受け取る者はいないだろう。


 言葉の真の意味をみ取った会員の一人が茶々を入れた。


「まだお若い新人さんの様だから、すこぶる教育のし甲斐がいがありそうですな教授?」


 宮森への侮蔑ぶべつが混じった笑みが会員達の中に広がって行く。

 又その笑みには、卑猥ひわいさも付け加えられていたのは言うまでもない。


 宮森にとって悲惨この上ない場面になってしまったのを申し訳なく思ったのか、明日二郎が慰めの言葉を掛ける。


『恥をかかせて済まなかった。

 でもミヤモリ、お前さんのヤル気は認めるぞ。

 気を取り直して次行ってみよう』


『……気にしてないさ。

 それに、儀式中は明日二郎に負担を掛けたくない。

 今しばらく指示を頼んだぞ』


 宮森と明日二郎が精神感応テレパシーで励まし合っている最中さなか、案内係が扉内部へと会員達をうながす。


 通された室内は、豪華でもなければ殺風景でもない大型の会議室であった。

 宮森の目を引く調度類は特にない。


 しかし、向かいの壁一面にしつらえられた硝子ガラス窓には彼も驚嘆した。

 一昨日、彼が足を踏み入れる事となった管制室兼観察室の物より遥かに長大である。


 宮森が見たところ幅は二倍以上。

 しかも、天井から床まで全て硝子ガラス張りだ。


 又、硝子ガラス窓自体が窓外に向けて緩やかに湾曲しており、巨大な円柱形の地下空間に沿ったものである事も判る。

 照明が点いていない為、窓外の様子は判別出来ない。


 部屋の両端には様々な梃子レバー開閉器スイッチ類が並べられた操作盤コンソールがあり、操作手オペレーターが着座待機していた。


 宮森はまだ物珍しいのか、操作盤コンソールに備え付けられたテレビジョン受像機に思わず目が行ってしまう。

 他にも照明や電話機などが認められた。


 硝子ガラス窓の手前には椅子が並べられており、その中には一際ひときわ豪華な椅子が見受けられる。

 皇太子瑠璃家宮るりやのみやのものであろう。

 装飾が豪華過ぎて、この室内では明らかに浮いている。


 案内係が着席を求め、そのまま説明に入った。

 これから儀式が行われるのでその窓から観賞する様に、との事である。


 儀式の準備が整う迄は休憩となり、会員達の多くは係の案内で手洗い所へと向かった。

 宮森もそれにならう。

 少しでも早く会員達との接触任務を終わらせ、明日二郎の負担を軽減したいのだ。


 宮森達が手洗い所から戻って来たのを合図に、例の吐袋とぶくろが配布される。


 大抵の会員が顔をしかめる中、多野、草野、蔵主の三人は吐袋を受け取らない。

 既に邪神が定着しているこの者達には、これから湧き起こるであろう悪臭などかぐわしい花の香りと何ら変わりないからだ。


 案内係が静粛を求める。

 間もなく儀式が開始される様だ。


 明日二郎が宮森に呼びかける。


『お前さんのお蔭で会員達の方は大方おおかた片付いた。

 これからは儀式になるが、回線はそのまま繋いどく。

 取りえずは、オイラ達との霊感共有を体感しておけ。

 色々と勉強になる筈だ』


『分かった、成功を祈る』


 排卵と受精の儀式が、始まろうとしていた――。





               排卵と受精の儀式 その一 了

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