5-15

「……確かにそうだよな」

 思わず出てしまった言葉だったとは言え、気持ちを伝えようという意思はあった。

 だが、向き合おうと決めて、まだ数日。

 灯々希と再会して、まだ半月足らず。

 どう考えても急ぎすぎだ。

 人付き合いを拒んできた弊害なのかもしれない。

 どちらにせよ、灯々希の言う通りだ。

「忘れてくれると助かる」

「うーん、忘れるのはナシかな。桜葉君が告白してくれたっていう事実も、一つの想い出だし」

 俺としてはなかったことにしたいが、灯々希がそういうのなら仕方がない。

 一つ勉強になったということで、納得しておこう。

「そんなに落ち込まれると、さすがに困るんですけど?」

「別に落ち込んでるわけじゃ……急ぎすぎたと反省してるだけだ」

「ならいいけど。でもホント、いきなりすぎ」

「……わかってるよ」

 本当につい言ってしまったのだから、仕方がない。

 百人に訊いたら、百人が急ぎすぎだと答えるレベルだろう。

 こんなことでこの先、上手くやれるのか不安になるな。

「それにさ、理由はそれだけじゃないの」

「まだあるのか?」

「時間的な問題とか。ほら、今はお互い、仕事してるでしょ? 桜葉君は普通に週末がお休みだけど、私はそうじゃないから」

「まぁ、そうだな」

 俺は週休二日で土日が基本休みだが、灯々希は全く異なるはずだ。

 居酒屋が週末に休むとは思えないし。

「ちなみに、定休日ってあるのか?」

「あるよ。毎週火曜日。それ以外は、基本営業してる」

「週一か。大変そうだな」

「やるって決めたのは私だから、そうでもないよ。でも、祝日でも営業はするから、普通の人より休みは少ないかな」

 聞いているだけで大変そうなのがわかる。

 おまけに仕事は夕方から深夜まで。

 そこから始発まで店内で仕事をするとなると、休める時間はかなり少ない気がする。

「確かに、時間も合わないか」

「もう少しお店が安定して、任せられる人が増えてくれば休みも増やせるかもだけど」

 それでも経営をする人間としては、気が休まるわけでもない、か。

「ベストはお父さんが復帰してくれることだけど、すぐにはまだ、ね」

「早くよくなるといいな」

 母親に看病を任せられるのが、救いと言えば救いなのかもしれない。

「ね? だから仮に彼氏彼女になったとしても、それらしいことをする余裕は、今のところなさそうでしょ?」

「みたいだな」

 それでも気持ちが同じなら、と言いたくなるが、やめておいた。

 言葉にするのは簡単だが、お互いの負担にしかならない気がした。

 少なくとも灯々希は、それを良しとしないだろう。

 ただ、それでもなにかができればと、俺は思ってしまう。

 三鐘灯々希という女性は、俺にとって恩人でもあるから。

「また気晴らしがしたくなったら、いつでも言ってくれ」

「あんなに都合のいい休みは、そうそうないよ?」

「それでも、だ。もしそういうときがあったら、遠慮なく言ってくれ」

 社会人として責任がある以上、できる範囲は限られているが。

 俺の気持ち一つでできることがあるのなら、力になりたいと思う。

「それくらいはいいだろ? ただの友人としてなら、さ」

「……そうだね。なら、まずは友人として」

 灯々希から差し出された手を握り、頷き合う。

 昔の続きじゃない、今の俺たちの関係を、ここから始めるために。

 この先、どうなるかはお互いにまだわからないが。

 それでも浮足立つような、不思議な高揚感があった。

「…………すまん」

 そして気が抜けたからなのか、盛大に腹が鳴ってしまった。

 いつかのアンジェの立場になってしまったことに、頬が別の意味で熱くなる。

「もしかして夕飯、食べてないの?」

「……そういう気分になれなくてな」

 営業が終わるまで、適当な店で時間も潰したが、コーヒーを飲む程度で済ませていた。

 ちゃんと話を聞いてもらえるかどうかが心配で、食事どころではなかったのだ。

「桜葉君、本当に社会人?」

「どういう意味だよ」

「ごめん、なんか……いや、うん」

 子供っぽいとでも言いたいのか、灯々希は口元を手で隠して笑う。

 隠すのなら、もう少し気を遣って欲しい。

「それじゃあ、笑ったお詫びになにか、作ってあげる」

「お詫びっていう顔じゃないぞ」

「まぁまぁ。簡単なものしか作れないけど、味は保証するから」

 仮にも居酒屋の厨房に立っているのだから、保証されているのは当然だと思うが。

 憮然とする俺を残して、灯々希は席を立つ。

「桜葉君、始発まで暇なんでしょ?」

「まぁ、予定はないけど」

「なら朝まで話さない?」

「……仕事はいいのか?」

「大丈夫じゃなきゃ誘わない」

「……灯々希がそういうなら」

 フラれたばかりで二人きりというのは、多少複雑ではあるが。

 以前とは違い、今はもう気兼ねなく話せる。

 そう思うと、抗いがたい提案だった。

「一応、お酒も出せなくはないけど」

「……やめておいたほうがいいんじゃないか?」

「……だね。今日はちょっと、やめておく」

 灯々希の顔が赤くなっているのが、離れていてもわかる。

 またあんなことにはならないと思うが、どうしても頭から離れないのだろう。

 俺も、また意識してしまうくらいだし。

「えっと、なんか手伝うか?」

「座ってて。私がもてなすから」

「わかった。ありがとう」

 そう答えた俺は、厨房から聞こえてくる音に、初めて食べる灯々希の料理がどんなものかと、期待を膨らませて待った。

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