5-11

「ありがとう」

「自分だけってわけには、いかないでしょ」

 温かいお茶を出してくれた灯々希は、対面に座る。

 営業を終えた店内は薄暗く、非日常的な空間に思えた。

 灯々希にとっては慣れ親しんだものなのだろうが、どこか寂しさを覚える。

「それで?」

「本当にすまなかった。なにも連絡しなくて」

「もう聞いた。何回言うつもり?」

「まだ足りない気がして、な」

「謝りすぎると、一つ一つが軽くなるよ?」

「……でも、本当に悪かったと思うから」

 せめて一言でも返せたら良かったのだが、あの時の俺には、返すべき言葉がわからなかった。

 今ならわかるかと言えば、それはまた別の話になる。

「……謝るのは、私のほうだよ」

「灯々希は謝ってくれたじゃないか。それなのに俺は……」

「あれを謝ったうちに入れちゃうのは、どうかと思う」

 簡潔なメッセージではあったが、俺と比べたら雲泥の差だ。

「だから私からも……あの日は本当にごめん。自分でも信じられないくらい、悪い酔いしちゃった」

「や、やめてくれ。灯々希に頭を下げられると困る」

「……だからお互い様だった、ということで。謝るのはこれで終わりにしない?」

 結局、灯々希に気を遣わせてしまった。

 だが、どこかで終わりにしないと延々と続きそうなのも確かだ。

 ここは灯々希の提案に甘えるのがいいだろう。

「……わかった」

 俺が頷くと、灯々希も満足げに頷いてくれる。

 これで一つ、問題は解決した。

 引っかかっていたものがなくなったのは灯々希も同じなのか、軽く背中を伸ばす。

「あのね、誤解されてるかもしれないから言っておきたいんだけど」

「なんだ?」

「私、普段はあんなにお酒、本当に飲まないの。いつもはね、嗜む程度で、三杯目に行ったのは、あの日が初めて」

「三杯どころじゃないペースだったと思うけど」

「なんか、ね……やっぱり、楽しくなっちゃって。そういう意味では、上々な気晴らしだったというか、桜葉君の責任というか、ね」

 気晴らしの相手としては申し分なかったようだが、諸手を挙げては喜べない。

 結果が、あれなのだから。

「二日酔いとか、大丈夫だったか?」

「死にそうだった。いろんな意味で」

 灯々希の頬が微かに赤みを帯び、気恥ずかしさが浮かぶ。

 いろんな意味とは、二日酔いによる頭痛や気持ち悪さだけではなさそうだ。

「……桜葉君は、どうだったの?」

「俺はわりと平気だった。灯々希よりはペース、控えてたし」

「……どうして私にも控えさせてくれなかったかなぁ」

「何度か注意しただろ」

「……はい、覚えてます」

 やはり、あの日の記憶はちゃんと残っているらしい。

 となると、別れ際の会話も覚えている、ということか。

 ますます顔が赤くなっているのは、そのせいだろう。

『……寄って、いく?』

 あの言葉がどういう意味を持つのかは、間違えようがない。

 俺自身も、その意味がわかったからこそ、逃げ出した。

 そして灯々希の様子を見る限り、俺の勘違いじゃなかったことは明白だ。

「あの、ね? 一番そこは誤解して欲しくないというか、あんなに酔ったのも初めてだったけど、あの……」

 両手で顔を覆った灯々希は、指の隙間からこちらを見上げてくる。

「……あんなこと言ったのも、桜葉君が初めて、だから」

「……あぁ、別に誤解は、してない」

 続く言葉を読み取り、大丈夫だと頷いてみせる。

 女性である灯々希としては、その点だけは誤解されたくなかったのだろう。

 もともとそんな奴だとは思っていないので、誤解もなにもないのだが。

 当人である灯々希が念を押しておきたいのなら、受け止めるだけだ。

「…………あり、がと」

「……いや、うん」

 この話題をこれ以上掘り下げるのはよろしくないと、お互いになんとなく察する。

 鈍感と言われることもある俺だが、それくらいはわかった。

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