5-10
「お疲れさまでしたー」
数名の男女が店内へ挨拶をしながら出てくる。
二人ほどこちらに気づいたようだが、なにかを言うでもなく立ち去った。
すでに日付は変わっている。
四月とはいえ、さすがにこの時間は少し寒さを感じた。
「…………本気だったんだ」
他の従業員を見送るように出てきた灯々希が、俺に気づく。
「そう言っただろ」
やや呆れたような声に、肩を竦めて答える。
「もしかして、ずっとそこにいたの?」
「さすがに迷惑だと思ったから、適当に時間を潰してから戻ってきた」
「それはそれでどうかと思うけど……」
俺としてはここで待ち続けても良かったのだが、何時間も同じ場所に立っていたら不審者扱いされかねない。
まぁ、今やっている行動もストーカー紛いと言われれば反論の余地はないが。
「桜葉君なら、諦めて帰ると思ってたんだけどな」
「昔ならそうしてたかもな」
というより、ここまで積極的になることは絶対になかった。
それがわかるから、灯々希も不思議に思うのだろう。
灯々希の声には驚きや戸惑い、疑念が入り混じっている。
「桜葉君がなに考えてるか、ちょっとわかんない」
「……悪かった」
互いの間に流れる微妙な空気は、あって当然のものだ。
卒業式の日にあった空気とも、三年ぶりに再会したときの空気とも、気晴らしに出かけたときの空気とも、違う。
最後に灯々希が漏らした言葉と、答えなかった俺。
どちらか一方が悪かったなんてことは、絶対にない。
問題があったのは俺のほうなので、どちらかと言えば俺に非がある。
おまけに俺は、灯々希のメッセージになにも返さずにいた。
もしかしたら灯々希は、もう終わったと思っていたかもしれないのだ。
そう考えると、俺の自己満足にもほどがある。
……今更だが、よくここまで行動できたものだと、自分の浅慮に気づく。
いや、だからってあのままにはしておけない。
「ちゃんと、謝りたかったんだ。連絡しなくて、すまなかった」
「待って。頭なんか下げなくてもいいよ」
「いや、本当に悪かったと思ってるから。なにも返事しないままで、俺……」
そうすれば終わりになると、わかっていながら。
楽なほうに逃げようとしていた。
灯々希はきっかけを作ってくれたのに、無視することで。
それだけでもう、何度頭を下げればいいのかわからなくなるくらいだ。
「……いいよ。正直、仕方ないかなって、私も思ってたし」
柔らかな声に続いて、下げた頭を左右から包むように掴まれる。
そしてそのまま、強引に頭を上げさせられた。
「ひ、灯々希」
「いいから。頭を下げるのはナシで。わかった?」
「あ、あぁ」
不機嫌な様子もない灯々希に頷く。
「あんまり、怒ってないんだな」
「開店前のこと? あれはまぁ、なんていうか……意地悪したくなっただけっていうか」
「……そ、そうか」
それくらいは仕方がないと受け入れられるが、なぜ灯々希が照れ気味なのかはわからなかった。
「それで、どうしよっか」
「話、聞いてくれるのか?」
「大事な話、なんでしょ?」
「そう、だな」
「なら、店に入ろう。外で話すような内容じゃないだろうし、なにより目立つし。おまけに私、仕事終わりで疲れてるし」
灯々希は肩をもみほぐしながら、そう言って微笑む。
「時間は、あるんだよね?」
「あぁ。終電、なくなったしな」
タクシーを使えば帰れるだろうが、金がかかりすぎる。
「そっちはいいのか?」
「私はいつも始発で帰るの。やることならあるから」
「完全に夜型か。大変そうだな」
「だから近くに引っ越そうかなって、実は検討中」
「確かに、そっちのほうがいいかもな」
本当に一瞬だった。
俺たちの間にあった微妙な空気は、もうどこにもない。
灯々希の笑顔一つで、消えてしまったみたいだ。
「とりあえず、入って」
疲れを感じさせない声に頷き、俺は灯々希に続いた。
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