3-1

「卒業して以来だから、三年ちょっとぶり?」

「そうなるな」

「そっかぁ。もうそんなに経つか」

 注文した飲み物を持ってきた女性――三鐘みつかね灯々希ひびきは、当時を懐かしむように笑みを浮かべる。

 数年ぶりに見るその笑顔は、以前と変わっていないように見えた。

 さすがにバンダナを頭に巻いている姿は、違和感を覚えてしまうが。

「バイトか?」

 彼女とこんなところで会うとは、思ってもみなかった。

 灯々希は大学に進学し、今は四年生になっているはずだ。

 だが灯々希は苦笑して首を振る。

「ここ、私の両親が始めた居酒屋なの」

「そういえばそんな話、聞いたことあったな」

 灯々希が進学すると同時に、長年の夢だった居酒屋を始めるらしいと、なにかのときに聞いていたことを思い出す。

「てっきり、知ってて来たのかと思った」

「まさか。本当に偶然だよ」

 それも、極めて質の悪い偶然だ。

 アンジェがこの店を選ばなければ、灯々希と再会することもなかった。

「にしても、休日に親の店を手伝ってるのか。大したもんだな」

「まぁ、いろいろあってね」

 この時期の大学生は忙しそうなイメージがあるが、灯々希なら問題もなさそうな気がする。

 こいつも優等生だったからな。

「っと、いらっしゃいませー」

 少し話している間に、店の中も慌ただしくなってきた。

 広さのわりに、結構盛況らしい。

「ごめんね。ちょっと忙しくなりそうで」

「あぁ、気にしなくていいよ」

 正直、じっくり話すとなると困る。

「まぁ、せっかくだから楽しんでいって。サービスは、してあげられないけど」

 冗談めかした笑みを残して、灯々希は厨房の奥へと消えた。

 つい目で追ってしまった自分に、呆れてしまう。

「あの方は、なんというお名前ですか?」

「三鐘……三鐘灯々希。昔の、同級生ってやつだ」

「恋人だった方ですか?」

「……なんでそうなる」

「あれ、違いましたか? 甘い気配がしたんですけど」

「違う」

 きっぱりと否定し、ビールの入ったジョッキを手に取る。

 それに倣ってアンジェもグラスを手にした。ちなみに中身は、ただのウーロン茶だ。

「……おつかれ」

「はい。おつかれさまでした」

 一応、会社の先輩たちと飲みに行くときの儀式をアンジェともしてから、ビールに口をつける。

 相変わらず、最初の一口目は美味しいと感じる不思議な飲み物だ。

「気になるものがあれば、勝手に注文していいから」

「はい、遠慮なく」

 そう言いつつ、アンジェは俺の手元にあるビールを見ていた。

 俺はメニューに目を通しながら、訊いてみる。

「……気になるのか?」

「あ、はい。地上のお酒ってどんなものなのか、興味はあります。ほんのちょっとだけ、ですけど」

 地上のお酒、ね。

「女神さまなら、いい酒飲んでるんだろ? ビールは合わないかもな」

 完全に偏見だが、女神にふさわしいのはワインの類な気がする。

「うーん、でもですね、地上の食べ物は凄く美味しいと思うんです。だからお酒も美味しいんじゃないかなって、期待があって」

「なら、自分で注文したらいいだろ」

「そう思ったのですが、万が一残しちゃうと、申し訳ないので」

 妙なところで律儀というか、真面目というか。

「これで良ければ、試してみるか?」

「いいんですか?」

「そっちがいいなら」

 間接キスがどうこうで恥じらうような歳でもない。

 アンジェさえ気にしないのなら、試してみればいいと思い、ジョッキを差し出す。

「……では、一口」

 両手でジョッキを包み込んだアンジェは、好奇心に目を輝かせながらぐいっとビールを煽る。

 実に豪快な一口だ。

「…………苦い、ですね」

「ビールだからな」

 どうやら女神さまの口にビールは合わなかったらしい。

 渋い顔をしながらジョッキを戻すアンジェに、思わず苦笑してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る