第4話 赤糸奇談

 私には昔から少し妙な能力があった。ずばり、人の小指に巻きついている、いわゆる『運命の赤い糸』が見えるというもの。学生時代から友達には恋愛相談員扱いされて、あの人とは別れたほうがいい、彼とはそのままでいた方が良い、なんてやっていた所為なのか、いまや職業は占い師になってしまっている。しかも恋愛相談専門。中々売れっ子なんだけれど、それが祟ってか、三十路を目前にした今も自分の運命の相手とは巡り合っていない。


「流石に危機感を覚え初めているのよねー……」


 私の言葉に柔和な顔をしたマネージャーの上田が苦笑をしてみせた。上田は奥さんと別れてやもめ暮らしをしていて、可愛い娘さんは今年小学生に上がったばかりだったはず。彼もまた運命の相手には会ってない状態でバツを一つ作ってしまったんだから、ちょっと不幸ではあるかも。


「先生はまだまだ若いですよ、僕なんてもう三十路入っちゃってますからね。流石にこんなうだつが上がらない子供付き、なんて、相手にしてくれる女性もいないですし」

「そんなこと無いわよー、運命の人ってのはどんなに年を取っても絶対相手にしてくれるものなんだからね」

「それじゃあ先生だって急がなくて良いじゃありませんか」

「……なに、そんなにあたしの結婚を邪魔したい?」

「い、いえ、そうではないですが……」


 苦笑に苦笑を重ねる上田から目線をそらして、あたしは机に伏せた。黒いビロードのクロスを掛けてあるそこで、あたしはいつも占いをしている。赤い糸だから黒い布の上の方が見やすいってだけなんだけれど、このクロスがまた雰囲気を醸し出しているとかなんとか。


「高校時代の夏休みにねー、自分の糸を辿ってみたことがあったのよ、あたしだって」

「そうなんですか? どうだったんです?」

「海に繋がってたわ」

「…………」

「あたし英語赤点だったんだもの。とてもじゃないけど国際結婚なんてかったるいことしていられなくて、諦めちゃったのよね」

「それでも今はまた辿りたいと思っているんですか?」

「んー……結婚はしたいし、どうせならやっぱり運命の相手が良いしね。もしかしたら当事は留学してて、今は帰ってきてるとか? そういうことも考えられるじゃない。だからちょっと長期の休みを取って旅行とか行きたいんだけどなー、都合つけてくれないかなー?」


 あたしがそうやっておねだりしてみると、上田はやっぱり苦笑いをした。


「半年先まで予約がいっぱいですから、少し無理があると思いますよ」

「え、この前まで一ヶ月だったじゃない?」

「この頃予約の電話が殺到していますからね。せっかく軌道に乗っているのだから、もう少しの間は頑張っていただかないと」

「うー、そうなのかぁ……やっぱあたしには上田がいなくちゃ、なのかしらね」

「ええ、先生がおばあちゃんになっても僕が隣についていますよ」


 還暦祝いの旅行であたしはとうとう自分の赤い糸を辿り尽くした。それは地球を一周して結局日本に戻り、上田に繋がっていた。そんなことも知らずに、この時のあたし達は何気なく笑い合っていた。

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