13  鈴蘭の呪い




「鈴蘭は周りを不幸にするんだ」


「お前!」


 京慈が気遣う様子もなく明瞭な声を発した途端、暖が凄い剣幕で胸ぐらを掴んだ。ボタンが畳に落ちていく。


「鈴蘭……。」


 壱晴はぽつり、と呟いて京慈のはだけた鎖骨を見つめた。鈴蘭が一輪だけでなく、咲いているように見える。


「ああ、俺のは三輪だ。暖、どうして壱晴に話さない?何か理由があるのか?」


 暖は唇をきゅっと噛んで、悔しそうに微かに震えながら手を離した。壱晴は、ああ、と暖の背負い込んだ背中を見つめ苦しくなる。



「傷、つけたくない……。」


 か細い声を出した暖が普通の高校生に見えた。それは久しぶりの感覚で、出会った頃以来だった。壱晴はしっかり者の暖に頼ってばかりだった。



「暖は優しいから。僕、ちゃんと聞きたいよ。京慈さん、お願いします」


「壱晴……。」


 今度は京慈の目を見て、はっきりと声を出した。強くペットボトルを握る。

暖が遣る瀬無い顔をして壱晴の名前を小さく呼んだ。


京慈は暖と壱晴を見つめてから、唇をゆっくり開いた。


「鈴蘭が咲いた直後、咲いた奴の大切な人に不幸が訪れる。物理的な距離が近い人に限られるが、例えば家族とかな。これが鈴蘭の呪いだ」


「……咲いた、直後」



 壱晴は俯いて呆然とペットボトルのラベルを見つめる。

咲いた直後。詩織が死に、父が交通事故に遭い、母があの男に殺された。あれは、全部——。



「壱晴はきっとそうやって自分を責めて傷つくと、思ったんだっ」


 暖の震える声にハッとして顔を上げる。

拳を握り、今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。


 だから今まで、その事実を知りながらも黙っていたんだ。その情報から僕を守るために。



「でもこの情報は混乱を招くからね、非公開なんだよ。どうして暖くんは知っているの?」


「少しでも何か情報が欲しくて、花咲きにいろいろ聞いてまわっていて。なんとなくそうかな、と」


 そんなことをしていたなんて知らなかった。

壱晴は複雑な思いで暖を見つめた。すると目を逸らされ「ごめん」と小さな声で謝られてしまう。


 壱晴は暖のことを何でも知っている気になっていた。

人のことが全てわかるなんておかしい、と当たり前のことに気づく。知らないところで暖は頑張っていたのに、自分はなんて情けないのだろう。


暖が大切だ。だからこそ、今自分に何ができる?


 壱晴は考えて、ぽつりと滲みのような黒い不安が胸に表れるのを感じた。

 鈴蘭が周りを不幸にしてしまうというのなら、もしかして僕は暖を知らないうちに不幸にしているんじゃないのか。


「……あの僕、暖のこと、すごく大切に思っているんですけど、もしかして暖を不幸にしていますか?」


「な!?壱晴!俺は不幸なんかじゃない!」


 勢いよく顔を上げて瞳を揺らす暖に、壱晴は柔らかく微笑んだ。

家族以外に自分のことをこんなにも大事に想ってくれる人がいることは壱晴にとって大きな心の支えとなっていて、だからこそ不幸になんてしたくない。


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