Episode 11-12 妥協

 又三郎は急ぎジェニスを宿へと連れ帰り、一連の話をマイヤーに報告した。実のところは、今後のジェニスのことを思うと気が進まなかったが、内容が内容だけに報告せざるを得なかった。


 案の定、マイヤーからはジェニスを危険に晒したことについて小言を言われ、また、この街でのジェニスの朝の散策を止めるようにとの話が持ち上がった。これはある意味当然の話とも言え、当初ジェニスは黙ってマイヤーのげんに頷いた。


 だが、これにはジャニスが猛烈に反対した。


「私だって歌うための朝のトレーニングは欠かせないし、姉さんにだって息抜きの時間が必要よ。私達は誰かにちょっと脅されたぐらいで、私達の生活スタイルを変えるつもりはないわ」


「ジャニス、そんな聞き分けの無いことを言うものではないよ。これは君たちの身の安全を考慮してのことだ」


 マイヤーが何とかなだめようとしたが、ジャニスは頑として首を縦に振らなかった。


「私達が目立ってしまうのはある意味仕方が無いことだし、今までにも似たようなことは何度かあったわ。そういった時のために、私達に腕の立つボディーガードをつけてくれているんでしょう? 実際に今日だって、マタサブロウは十人もの相手をたった一人で退けてくれたそうじゃない。彼がいてくれれば大丈夫よ」


「そんなことを言われても、なぁ」


 マイヤーは腕組みし、小さく唸った。ジェニスは気まずそうな表情でジャニスとマイヤーを交互に見て、落ち着かなさげにそわそわとしている。


 又三郎は雇われの身であるが故に、ひたすら沈黙を守った。この件についてどのような決定を下すかについて、口を挟めるような立場ではない。ただ雇い主の要望に従って仕事をこなす、それが又三郎の立ち位置だった。


「ではせめて、マタサブロウの他にもともの人数を増やそう」


「嫌よ。私も姉さんも、必要以上の人に付きまとわれるのは嫌いなの、知っているでしょう?」


 マイヤーの譲歩案にも、ジャニスは首を横に振った。


 ジャニスとの顔合わせの時にも聞いた言葉だったが、ジェニスの秘密を聞かされた今となっては、又三郎にもその言葉の意味が何となく理解出来た。おそらくジャニスは常日頃から、姉が不必要に誰かと接触する可能性を減らしたいと考えているのだろう。


「では、ジェニスが外を歩く時には、目立たない恰好をさせるというのでは……」


「それも却下。姉さんが表立って『ジャニス・コール』として振る舞ってくれているから、私もその陰で外を出歩けるのよ……それに、どのみちボディーガードがマタサブロウだったら意味がないわ。ある意味私達と同じぐらいに目立つ人だし、もう相手に顔も知られちゃっているんでしょう?」


 まるで取り付く島も無いジャニスの態度に、マイヤーは大げさに頭を抱えてため息をついた。


「マタサブロウ、君のその恰好、どうにか出来ないのか?」


 何とか打開策を見出そうとしたマイヤーの矛先が、突如又三郎へと向けられた。


 いきなり話を振られた又三郎は、ジャニスの顔色を窺いつつ答えた。


「この仕事の間だけでも着るものを何とかしろということであれば、それがしが我慢すれば済む話だ。だが、この刀ばかりは、それがしの魂のようなもの。他の剣の扱い方も知らぬし、どうにもならぬ」


「それはそうでしょうね。そもそも、そんな変わった形の剣、私も今まで見たことがないもの」


 ジャニスがふん、と小さく鼻を鳴らした。マイヤーが、探るような口調で又三郎に言った。


「ハモンドの話では、君は素手でも十分に強いと聞いているが?」


「相手がごく少数で、武器なども持っていないのであれば問題は無いが、今朝方の連中のように武器を持った多勢が相手では、刀無しでは対処のしようがござらん」


 又三郎の言葉に、マイヤーは渋面を作った。又三郎が続けた。


「自分でこう言うのも何だが、この形姿なりすがたであるが故に、街の中にはそれがしを避けて通る者もいる。それがしにまつわる噂について、ハモンド殿から何か伺ってはおられぬか?」


 又三郎の言葉に思い当たる節があったのか、マイヤーは再び腕組みをして唸った。


「今朝方ジェニス殿が狙われたのは、人通りが少ない場所にジェニス殿を案内した、それがしの手落ちでござる。今後は人通りの少ない場所には足を運ばないということで、一つ手を打たれてはいかがだろうか?」


 ジェニスは無言でうつむいていたが、ジャニスが満面の笑顔で何度も頷いたので、とうとうマイヤーが折れた。


「やれやれ、分かったよ……仕方が無い、その線で手を打とう。ただしマタサブロウ、二人の身に危険が及ぶことが無いよう、くれぐれもよろしく頼むよ」

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