Episode 11-4 顔合わせ

 又三郎がジャニスに対して抱いた第一印象は、自信に満ち溢れた、若く美しい娘というものだった。


 歳の頃は、おそらくまだ二十歳を超えてはいないだろう。美しい滝のように背中へと流れる栗色の髪に、利発そうな澄んだ瑠璃色の瞳。化粧の加減もあるのかも知れないが、目鼻立ちがはっきりとしている。そして何よりも、「歌姫」と言われるだけの気品と独特の雰囲気を身にまとっていた。


 イザベラから言われたジャニスとの顔合わせの場所は、モーファの街で一番大きくて豪華な宿の一室だった。その部屋の広さは、一室だけで普通の家一軒分ぐらいはある。部屋に備えられた調度品のたぐいも、凝った造りのものばかりだ。


 宿の外には豪奢ごうしゃな造りの馬車が何台も停められていたが、おそらくはジャニス達のものなのだろう。聞いたところによれば、その宿はジャニス達が滞在する間、すべての部屋が貸し切りになっているとのことだった。


 又三郎の目の前では、ジャニスが豪華な造りのソファにゆったりと座っている。その隣には、ジャニスの座るそれよりはやや簡素な造りのソファに腰かけた、今回の依頼主である公演座長がいた。


「それがし、本日からジャニス殿の用心棒を務めさせていただく、大江又三郎と申す」


 又三郎が会釈すると、ジャニスがさも愉快そうに笑った。


「貴方がこの街でのボディーガードね……目元がちょっと怖いのは、お仕事の上では便利そうだけれど。それにしても貴方、随分と変わった格好をしているわね」


「はあ」


「腰の剣も見たことがないものだし、喋り方だって何だか変。貴方、どこか異国の地からやってきた人だったりするの?」


 活き活きと輝く瞳が、興味深そうに又三郎を見つめていた。


「色々と事情がござるが、この街に来て、もうそろそろ一年ほどがたつだろうか」


「……ちょっとマイヤーさん、本当に大丈夫なの?」


 やや眉をひそめたジャニスが、傍らの座長に尋ねた。


「冒険者ギルドからは、最善の人選だと太鼓判を押されたよ。だから心配しなくてもいい」


 そう言うと、マイヤーと呼ばれた初老の男が又三郎に向き直った。


「さて、聞いての通りの話だから、我々としても君には大いに期待しているよ。今日から二週間、ジャニスの身辺警護をよろしく頼む」


 又三郎はかしこまり、再び頭を下げた。


「相分かり申した……ちなみにマイヤー殿、ちとお尋ねしてもよろしいか」


「何だろうか?」


此度こたびはそれがしを用心棒としてお雇いいただいたが、ジャニス殿は非常に高名な方だとお聞きしている。その身辺警護の役を勤めるのが、それがし一人でよろしかったのだろうか」


 又三郎の問いに、ジャニスが小さく鼻を鳴らして笑った。


「それは私の好みの問題よ。私、大勢の人にぞろぞろとついてこられるのは嫌なの」


 マイヤーが苦笑し、言葉を続けた。


「まあ、そういう訳だ。我々が冒険者ギルドに身辺警護役の派遣を依頼した際の条件は、まず第一に腕が立つこと、次がジャニスに相応しい品行方正な人物であること、そして最後が、口が堅いこと」


 まるで歌うような口調で、指折り数えながらマイヤーが笑った。


「この三つの条件をすべて兼ね備えているのが君だと、ハモンドから聞いている。くれぐれも間違いなどのないよう、頑張ってくれたまえ」


 これはまた随分と、過分な評価をいただいたものだな――又三郎は内心、ため息をつく思いだった。


「今日から二週間、君が寝起きする部屋はこの部屋の向かいだ。ジャニスが行動する時には、常にその側を離れないこと。ただし、この話が終わって以降は、絶対にこの部屋には入らないこと。楽屋への立ち入りも禁止だ。あとはジャニスの指示に従ってくれれば、それでいい」


 マイヤーの言葉に、又三郎は頷いた。最後にジャニスが、何やら楽しげに笑った。


「それじゃあ色々とよろしくね、マタサブロウ」

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