Episode 9-5 森人の能力
クエバ村から少し離れた森の中を、又三郎達三人が歩く。
陽は既に傾きかけていた。又三郎が尋ねた。
「夜討ちをかけるのか」
「ん、ああ……アイツら夜行性だから、本当は気が進まないんだがね」
何やら荷物が入った頭陀袋を手にしたロルフが、広い肩を軽くすくめた。
頭陀袋は、冒険者ギルドを発つときに荷馬車に積まれていたものだった。中に何が入っているのかは、又三郎は見てもいないし、聞かされてもいない。ロルフはそれを、軽々と肩に担いでいる。
「しくじった
「何人かは息があるはずという、その根拠は?」
又三郎の考えでは、冒険者達が仮に
生真面目な表情の又三郎の問いに、ロルフはシャーリィの視線を気にしながら、言いにくそうに答えた。
「小鬼共は、男は殺して餌にするが、女は殺さず苗床にするからさ」
「苗床?」
又三郎が怪訝な顔をしたので、ロルフはますます気まずそうに頭を掻いた。
「これだけ言っても分からないってんなら、これ以上は口で説明するよりも、現場を見せた方が早い……っと、村長の言っていた洞窟っていうのは、あれだな」
ロルフの合図で、三人は辺りの茂みに身を隠した。彼が顎をしゃくった方向には、確かに洞窟らしきものが見えた。
辺り一帯が薄暗くなっていく中、身を低くしたシャーリィが言った。
「洞窟の入口に二匹、見張りがいるわね」
又三郎が目を凝らして良くみると、確かに小さな黒い影が二つ、微かに動いているようにも見える。よほど目が良くなければ、なかなか分からないほどだ。
三人のいる位置から洞窟の入口までの距離は、およそ一町弱(約百メートル)。
「ここからその二匹を仕留められるか?」
ロルフの問いに、肩にかけていた丈の短い弓を手にしたシャーリィが答えた。
「一匹だけなら余裕だけれど、二匹を同時にってなると、もう少し距離を詰めたいところね」
約一町先の的に矢を射ることを余裕と言い放ったシャーリィに、又三郎は内心驚いた。弓道における遠的での的までの距離でも、半町と少し(六十メートル)はある。
「二人はここで待っていて」
シャーリィはそう言い残すと、矢筒から二本の矢を抜き取って、身を低くしたまま静かに薄暗い森の中を進んだ。その姿はまるで、闇に潜む
約半町ほど先で歩みを止めると、シャーリィは小鬼に向けて、素早く二本の矢を放った。彼女が振り返って合図をしたのを確認すると、又三郎はロルフと共に洞窟の入口へと進んだ。
洞窟の入口には、矢で眉間を穿たれた小鬼が二匹転がっていた。
「シャーリィ殿の弓の腕前は、空恐ろしいものだな」
又三郎が、呻くように言った。初めて目にする小鬼に対する気味の悪さもあったが、この薄暗闇の中で半町先の標的を正確に射抜いたシャーリィの腕前に、うすら寒いものを感じた。
「シャーリィを連れてきた理由の一つは、これさ。エルフは弓の扱いに長けているし、夜目も効く」
小鬼の死体を蹴り転がしたロルフが、片目を瞑って笑みを浮かべた。その隣ではシャーリィが、得意げに胸を反らしている。
「どう、マタサブロウ? 私のこと、もっと尊敬の眼差しで見てくれて良いのよ」
「こらこら、そんなあるのか無いのか分からんような胸、反らしてみたところで……あいてっ!」
シャーリィに蹴り飛ばされた脛を抱えて、ロルフが小さな悲鳴を上げた。又三郎は真顔のまま、二人に尋ねた。
「それで、このまま中に入るということで良いのか」
「何だよおい、全く可愛げのねぇ奴だな」
蹴られた脛を軽くさすりながら、ロルフは小さく舌打ちした。
「まあ、洞窟の中に入ってしまえば、昼も夜も関係が無いからな。ここからは俺が先頭に立つ。その後にシャーリィが続いて、お前さんは一番後ろで背後を警戒する役だ」
「心得た」
落ち着いた声で答えた又三郎を、ロルフがしげしげと眺めた。
「しかしまあ、小鬼を目にするのは初めてだって言ってたから、てっきりもっと緊張しているものかと思っていたが……お前さん、なかなか肝が据わっているなぁ」
ロルフの言葉に、シャーリィも感心したような眼差しを又三郎に向けている。ひょっとすると二人共、小鬼と初めて対峙する又三郎を気遣ってくれていたのかも知れない。
「こういった仕事には慣れている。斬る相手が人間か小鬼かの違いだけだ」
京の都での御用改めのことを思い出しながら、又三郎が答えた。相手を捕縛せずに済む分だけ、話はより単純かも知れない。
ロルフは小さく肩をすくめて、シャーリィに言った。
「それじゃあシャーリィ、明かりを頼むわ」
「分かった」
シャーリィが目を閉じ、何事かを小さく呟いた。しばらくすると周囲から小さな光の粒のようなものが寄り集まってきて、人間の子供の頭ぐらいの大きさの光球が宙に出来上がった。
思わず絶句する又三郎に、シャーリィが小さく笑ってみせた。
「あら? その様子だとマタサブロウ、精霊の力を見るのは初めて?」
「精霊とは一体何だ? というか、それは人魂ではないのか?」
唖然とする又三郎を見て、シャーリィが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ヒトダマっていうのが何かは知らないけれど、これは
「俺にも何が何だかさっぱり分からん理屈だが、これがシャーリィを連れてきた二つ目の理由さ……それじゃあ、ここからはこの荷物、頼むわ」
そう言ったロルフは、肩に担いでいた頭陀袋を又三郎に手渡した。受け取った頭陀袋は、見た目よりも随分と重く感じられた。
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