Episode 9-4 クエバ村

「ところでシャーリィ殿、小鬼ゴブリンというのは一体どういう生き物なのだろうか」


 クエバ村に向かう荷馬車の中で、又三郎が尋ねた。


 冒険者ギルドへ一旦足を運び、今回の依頼で必要となる装備類を受け取った後、そのまま又三郎はギルドが用意した荷馬車の上の人となっていた。


 荷馬車の扱いは、ギルドが雇った御者が行っている。傍らではロルフが身体を横たえて居眠りをしていて、真向かいにはシャーリィが静かに腰を下ろしていた。


 シャーリィがやや切れ長の目を細めて、不思議そうに首を傾げた。


「イザベラとの話の時にも思ったのだけれど……マタサブロウは、小鬼のことは何も知らないの?」


「小鬼に限らず、それがしのいた場所ではそういったたぐいの生き物はいなかったのでな」


 いや、「鬼」と言えば、まずは我らが副長がいただろうか――又三郎は新選組にいた頃の土方副長のことを、ふと思い出した。


 また、撃剣師範の沖田総司なども、冗談好きで陽気な普段の人柄からは想像もつかない苛烈極まる剣の指導に、影では「鬼」と呼ばれて恐れられていた。


 その他にも初代筆頭局長の芹沢鴨をはじめ、性苛烈な隊士の何人かを思い出し、自分の近くには意外と「鬼」が多かったことに、又三郎は思わず苦笑した。


「ふうん……まあ、別にいいんだけれど」


 シャーリィの長い耳が、微かに動いた。


「小鬼っていうのは、そうね……だいたいが人間の子供ぐらいの大きさで、耳が長くて目がつり上がっている、汚くて醜い下級の魔物よ」


 又三郎がシャーリィを見ながら、その言葉を反芻するように呟く。


「人間の子供ぐらいの背丈で、耳が長くて目がつり上がっている……」


「……ちょっと、マタサブロウ。今何か、物凄く失礼なことを想像しなかった?」


 やや気色ばんだシャーリィが、長い耳を上下にひくひくと動かした。背を向けて寝転がっているロルフの肩が、微かに揺れたような気がした。


 又三郎は、ゆっくりと首を横に振った。


「いや、別に」


 シャーリィは少しの間、じっと又三郎を睨んでいたが、ややあって小さくため息をついた。


「そう、ならいいけれど……で、小鬼っていうのは単体で見れば、人間の大人だったら比較的簡単に殺せるような弱い魔物なんだけれど、アイツらの面倒臭いところは群れで襲ってくることと、頭は良くないけれども狡賢いこと」


「ふむ」


「本当だったら、少々の小鬼の群れぐらいだったら、ロルフ一人でも十分間に合う相手なんだけれどね。今回はより安全策を取って、私がロルフのサポート役で、貴方は私達二人のバックアップ役よ」


「ばっくあっぷ……つまりは後詰めということか」


 始めて聞く言葉だったが、何故か理解が出来る――無貌むぼうから授けられた知識の賜物ではあったが、毎度のことながら違和感を感じざるを得ない。


 又三郎にしてみれば、人間以外の者に刃を向けるのはこれが初めてのことだった。特に恐怖などは感じないが、おそらく最初は勝手が掴めない可能性が高い。後詰めの位置から二人の戦い方を見るというのは、ちょうどよい役割だとも思われた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから程なくして、又三郎達は夕方前にクエバ村へ到着した。ロルフを先頭に村長の家を訪ねると、複雑な面持ちの村長が出迎えてくれた。


 シャーリィが自分達の来訪の目的を簡単に説明すると、村長は不安と不満の入り混じった表情で言った。


「ギルドから依頼を受けたって言っていた冒険者達が、村の西の洞窟に向かったまま帰ってこなくなって、もう一週間が過ぎている。村からエリザとメリルがいなくなってからは十日だ。今回の件で、ギルドには高い金を払ったんだ。さっさと何とかしてくれ」


「ああ、心配かけてすまねぇな。早速俺達が出向いて、ぱぱっと片づけてくるからよ」


 ロルフが頭を掻きながら愛想笑いを浮かべたが、村長の顔から不安の表情は消えなかった。


「ぜひともそうして欲しいところだが……アンタたち三人だけで、本当に大丈夫なのか? それに、アンタとそっちのエルフの娘さんはともかくとして、後ろの妙な恰好の兄ちゃんは?」


 村長の目が、又三郎を上から下まで値踏みするように眺める。


 モーファの街でも、奇異の目を向けられることがなくなるまでには随分と時間がかかった。初めて自分の恰好を見る者からすれば、様々な疑問を思わずにはいられないだろう――ここで何かを言っても始まらないと思い、又三郎は沈黙を守った。


 ロルフが苦笑しながら、自らが首に下げている認識票を村長に見せた。


「俺とシャーリィは星四つ。そっちのマタサブロウは星二つだが、剣の腕前については俺が保証するよ」


 ロルフの認識票に刻まれた星の数を見て、村長は半信半疑ながらも、ようやく安堵の表情を見せた。

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