Episode 6-3 不思議な依頼

 ふと見ると、イザベラがカウンターの奥から、いつかのように又三郎をこっそりと手招きしていた。


 その意図を察した又三郎は、何事も無いかのような顔つきで、すいすいとカウンターの奥へ入っていく。皆の注目が星四つ持ちの冒険者達に集まっていたため、ホールに大勢の人だかりが出来ていた割には、特に誰かに気付かれることもなく済んだ。


 いつかの時に案内された個室へと入る前に、イザベラがささやくように言った。


「今回お願いさせていただく依頼についてですが……お気に召さないようであれば、どうぞ断っていただいても結構ですので」


 以前の時とは打って変わって、イザベラの表情は冴えない。あたかもイザベラが、今回の内密の依頼内容をあまり快く思っていないようにも見えた。


 又三郎がその言葉の意味を思案しながら、案内されるままに部屋へと入ったところ、見慣れない男がソファから立ち上がって又三郎を出迎えた。


「マタサブロウさんですね。私、イザベラ達の上司のハモンドと申します」


 名乗った男が、又三郎に右手を差し出してきた。イザベラは又三郎を部屋へと案内し終えると、そのまま席を後にした。上司と同席して、話に加わると言う訳ではないらしい。


 握手を終えた又三郎がソファに腰かけると、ハモンドは早速本題を切り出してきた。


「先日のアイギルへの使いの件では、大変お世話になりました……で、今回もまた貴方の腕前とお人柄を見込んで、一つお願いしたいことがあるのです」


「……それは一体、どのようなお話でござろうか?」


 又三郎はハモンドを、まじまじと見た。歳の頃は四十代半ばぐらいだろうか。やや痩せぎすな細面の男で、なかなか立派な身なりをしている。栗色の短髪は品よく後ろへと撫でつけられていて、髪と同じ色の眼はやや細め。態度もゆったりとして落ち着いており、何とも不思議な貫禄があった。


 それにしても、これまでであれば通常の依頼の処理はホールのカウンターで行われ、前回のアイギルへの一件でもイザベラが交渉相手となっていた。それが今度は、イザベラ達の上役であるハモンドが依頼の交渉相手であるという。


 前回のアイギルへの使いの一件でさえ、最初はそれほど苦になる内容でもないと思っていたのに、いざ実際に蓋を開けると、危うく命を落としかけた。


 いつしかティナも言っていたが、冒険者ギルドが個人を指名して行う依頼は、金銭の支払いは悪くないものの、なかなかに厄介な案件が多いらしい……又三郎は少し身構えて、ハモンドが口を開くのを待った。


 ハモンドが、柔和な笑みを浮かべてみせた。


「今回、マタサブロウさんにお願いしたい一件と申しますのは……」

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