Episode 4-5 街の華

 又三郎は、ウィリアムの娘シンシアと共にモーファの街中を歩いていた。


 この日が依頼の初日だったが、初めて顔を合わせたシンシアは非常に見目の良い娘だった。小柄な娘で、母親譲りと見られる長い銀髪を品よく結い上げている。深い緑色の目が、興味深そうに隣を歩く又三郎を見ていた。白い肌は白磁のようにつややかで、歳は十六と聞いていた。


 彼女に付きまとうという連中の動機がどのようなものなのかは分からないが、これなら街中を歩いていても、少なくとも若い男達の目を惹かずにはいられないだろう。


「見慣れない服装ですね。マタさんは、遠くの国から来られた方なのですか?」


「うむ……まあ、そのようなものだ」


 それとなく周囲の様子を眺めながら、又三郎は曖昧に相槌を打った。これといっておかしな気配は、今のところ感じられない。


 シンシア自身は、今日又三郎と引き合わされるまで、自分が街中で誰かにつけ狙われているということを知らなかった。ウィリアム夫妻から又三郎のことを紹介された時には驚いた顔をしていたが、再び習い事に通うことが出来るようになったことの方がよほど嬉しかったのだろう。今はあどけない表情で、街の景色などを見て笑っている。


 相変わらず、モーファの街中は活気に満ち溢れていた。昼下がりの日差しがきつい中を、多くの人々が忙しげに行き交っていた。すれ違いざまにシンシアを見て振り返る男達の数は多かったが、これといって別段不審な点はなかった。


 やがて、シンシアが通う習い事の屋敷に到着した。なるほど屋敷の中からは、何やら美しい楽器の音色が聞こえてくる。


 屋敷の前で立ち止まったシンシアが、活き活きとした表情で又三郎を振り返った。


「ここが、私の通うピアノの先生のお屋敷ですの」


「なるほど。ところで、そのとやらの習い事は、どれぐらいの時間がかかるのだろうか?」


「だいたい一刻(約二時間)ほどです」


 この世界の時間も、又三郎のいた世界と同じく一日を十二刻で数えていた。


「屋敷の中でお待ちになられますか?」


「いや、それがしはどこかで時間を潰していよう。シンシア殿の習い事が終わる頃に、またこの屋敷の前で待つ」


 モーファの街の中ではとても閑静な一画だったが、往来を行き交う人々からは、二人に対する好奇の目が向けられている。ただでさえ又三郎の姿は、人目に付きやすい。この上、屋敷の者達からも好奇の目で見られるというのは、流石に気が進まなかった。


 足取り軽く屋敷の中へと入っていったシンシアを見送った又三郎は懐手ふところで姿で、そのままぶらぶらと辺りを散歩することにした。


 屋敷の周囲は、どうやらかなり裕福な者達が居住する一画のようで、街の隅々にまで手入れが行き届いていた。道端には小さな川が流れており、澄んだせせらぎの音が聞こえてくる。街路樹の木陰で佇んでいれば、川に沿って吹き抜ける風が心地よい。

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