第22話 桑名視察

「桑名を併合したからには」


「殿、したからには何でしょうか?」


「視察に行くぞ」





 伊勢八郡を併合し、その統治に腐心している新地家で一番忙しい男堀尾泰晴であったが、日根野弘就と不破光治の仕官でひと息つけた。

 さすがは美濃一国を領した斎藤家の元重臣で、彼らの助けで順調に新しい領地の支配体制は強化されていく。


 そんな中で、突然光輝が桑名に行きたいと言い始めた。

 その命令自体には、不自然な点もない。

 新しい領主が顔を見せるのは悪くないと、泰晴は事務的に効率よく桑名視察の準備を進める。

 

「あっ、僕も行く」


「私も」

 

 珍しい事に、普段はまったく新地から外に出ない清輝と、今日子もその視察に同行するという。


「(桑名が重要な地である事はわかる。だが、お三人が全員でとは珍しい。一体、桑名には何が?)」


 あの三人にしかできない、何か物凄い商売でもするのか?

 泰晴は色々と考えながらも、光輝達の視察に同行した。


「ここが桑名か……もう少し港の規模を大きくして町の開発もしたいな。だが……」


「だが、何でしょうか? 殿」


「ハマグリの事を考えると、開発は環境に配慮する必要があるな」


「ハマグリですか?」


「そうだ、ハマグリだ」


 ハマグリとは、確か海で獲れる貝のはずだと泰晴は思い出した。

 残念ながら、泰晴は食べた事がなかったが。


「殿、そのハマグリが何か?」


「いや、無理に開発を進めるとハマグリがいなくなるからな。上手く開発を進める必要があるのだ。その兼ね合いが難しい……」


 その後の光輝は、泰晴から見ても精力的に働いていた。

 桑名の有力商人達と会見して新地家の統治方針を伝え、その足で桑名の漁師達に会いにいく。


「禁漁期ですか?」


「永続的にハマグリを獲るには、そのような配慮も必要なのだ」


 光輝は漁師達にハマグリの生態を説明し、資源管理の重要さを説いた。


「産卵の時期には獲らない、小さな貝は再放流する、漁獲量の制限をおこなう。ただ一杯獲ればいいというものではないのだ。沢山獲れすぎれば、今度は値段が落ちてしまうからな」


 他にも、ハマグリが生息する干潟の保護、密漁者への対応と、これら新しい事を実行する漁業組合の結成など、光輝は確実に行うと漁師達に伝えた。


「さてと、難しい話はこれで終わりだ。早速ハマグリを売ってくれ」


 桑名でハマグリを購入した光輝達は、新地に戻ってから七輪に炭火を起こしハマグリを焼き始める。

 

「ハマグリは、ちゃんと砂を抜かないとね」


 新地に戻る時間を利用して砂を抜いたハマグリを、光輝が七輪に載せた金網の上で焼き始める。

 ハマグリが焼けて開いたら、そこに少量の醤油と味噌タレを垂らしてからもう少しだけ焼くのだ。

 たちまち辺りに、ハマグリが焼けたいい匂いが広がる。

 

 醤油と味噌は、酒や味醂と共に醸造施設を作り職人の育成を始めているが、まだ完成品は存在しない。

 これらは、カナガワで生産された品であった。


「兄貴、美味しそうだな」


「みっちゃん、キヨちゃん、他にもたくさん料理を作ったよ」


 ハマグリは沢山あるので、今日子は他の料理も作った。

 ハマグリご飯、お吸い物、酒蒸し、野菜との炒め物なども作り、大量にあるので泰晴達主だった家臣にも振る舞われた。


「これは美味しいですな」


 泰晴は普段苦労している分、余計にハマグリの美味しさが身に沁みた。

 茂助や一豊達も、それぞれにハマグリを七輪の上で焼いて楽しんでいる。


「新参者の我らにまですみませぬ」


 日根野弘就、不破光治、本多正信、本多正重、渡辺守綱、蜂屋貞次も、ハマグリ料理に舌鼓を打っていた。


「桑名の次は、志摩だな」


「殿、それは……」


 北、中伊勢を併合した時は、あくまでも敵軍に攻められたからこれを撃破し、二度とこういう事がないように、守りが手薄になった彼らの本拠地を奪ったという結果論でしかない。

 それが、志摩に関しては積極的な攻勢を行うと光輝が言うのだ。


「九鬼殿への配慮ですか?」


 泰晴は、新地水軍を率いる九鬼澄隆への配慮ではないかと考えた。

 もし新地家が志摩の地を得ても、澄隆に志摩が与えられるとは思わない。

 だが、志摩に新地水軍の基地は作るであろうし、光輝は家臣が貰った禄で新地の屋敷以外に別荘を建てるのを制限しなかった。

 澄隆達九鬼衆が、失った故郷に凱旋する事は可能なのだ。


「それもある。だが、伊勢海老だな」


「はあ? 伊勢海老ですか?」


 光輝は、志摩には伊勢海老という特産品があるではないかと泰晴に説明する。

 泰晴でも伊勢海老くらいは知っている。

 大変な高級品で、昔は朝廷にもよく献上されていた物だ。


「伊勢海老の主要な産地は志摩だからな。他にも、カキと真珠の養殖に、アワビ、タイ、カツオなどの有力な漁場である」


 志摩を押さえ、現地でこれら産業の育成を始めるのだと光輝は力説した。

 カツオが得られたらカツオ節工場の建設も進めようと、光輝と清輝は密かに計画している。


「それはいいですな」


「私も、殿の意見に賛成です」


 光輝の計画を、大半の家臣が賛成した。

 新地家の領地と収入が増えれば、家臣達の懐も温まる。

 それに、今日のように美味しい物も食べられると考えての賛成だ。


「畏まりました、準備を進めておきます」


 泰晴も基本的には賛成である。

 仕事は忙しくなるが、日根野弘就と不破光治がいるから不可能というわけでもない。


 だが、一つだけ腑に落ちない点はあった。


「(殿は、何か食べ物の特産品がないとやる気が出ないのであろうか?)」


 本人に聞くのも失礼かと思い、それでも泰晴は伊勢志摩の完全平定に向けて計画を進めるのであった。 

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