第112話南の森の主


 ————遥か太古より、遍く天空は竜の支配下にあった。



 南の森・上空


 雲に一つの影あり。

 かつては天空の王者と呼ばれ、三百年前の大戦にて、最も悪魔を屠った古代竜アルドゥヴァインであった。


「昔はこの辺りから一気に山越えして、南国まで行ったりしたんだけどなー」


 容姿は竜では無く、可愛らしい少女のそれであった。


 古代竜は、竜神とも呼ばれ、その神通力でもって、人の形を模す事が出来るという。

 だが、此方の竜女は少々事情が異なり、とある人間の力を借りて、ホムンクルスにて顕現する事となった。

 細過ぎる華奢な身体に、巨大過ぎる胸部。

 可憐で卑猥な見た目は、この竜女の主人となった人間の嗜好を、そのまま具現化させた結果である。


「おっ?さっすがパパー!

 もう森の呪いを解いちゃったんだー。難易度相当高いんだけどなー。

 お陰でようやく知り合いに会いに行けるよー」


 少女の姿が消えた。

 …………のではない。

 超高速で落下したのだ。

 森に張られた多重結界をいとも容易く突き破り、生い茂るデビルプラントを避けながら急降下し、彼女は目的地に辿り着く。

 ここは、森の暗黒帯における最深部である。

 そこには真っ黒に変色したデビルプラントが複雑に絡み合い、頭部だけを出した深緑色の巨大竜が囚われていて、そのせいで森に棲む生物は誰も近寄らない。


「やっほー」


「…………なんだ、その珍妙ななりは?」


 大地を震えさせる程の太く大きな声が轟く。


「第一声がそれかよー。

 せっーかく久しぶりに、わざわざ!来てあげたのにさー。

 キュートで可愛いだろー?ご主人様に創ってもらったんだー」


 声の主である深緑の巨竜は、片目を開け、そして、たちまち後悔した。


「感性を疑うな。貴様の為にはっきり言うと、…………低俗で下品だ」


「相変わらず可愛くないなー、そーいうとこ!

 自分だって、この森に棲む熊さんや虫さんの事、ドルドルとかグログロとか変な名前つけちゃってんじゃん。

 センスの事を、君にとやかく言われたくないよ」


「そんな無駄話する為にわざわざここまで来たのか?」


 竜女は自分を落ち着かせるように、コホンと一つ咳払いをした。


「君にいい話を持ってきてあげたんだよ。

 もう気付いてるだろうけど、森から悪魔が居なくなってるだろ?

 ぜーんぶ、私のご主人様のお陰さ。

 いずれ、ここにもやってくるだろうね。

 君を自由にする為に」


「人間なんぞにえらい肩入れだな。谷底に尊厳ごと落としてきたのか?」


「やだなぁ、龍神としてのプライドはもちろんあるよ。でも、私のご主人様はそんな次元じゃないんだ。ただの人間じゃないね、あの力は」


「ほう…………」


 巨竜は、勇者か?英雄か?と、謎解きを始めるが、竜女は自分の目で確かめればいい、と素っ気なく突き放す。


「ならば、直にその力を見せてもらうとしよう…………」


「えっ?戦うつもりなの?

 呪いを解いて欲しくはないのかい?」


「ふん、人間に借りなど作りたくはないわ。そもそも、封じ込められ身動きの取れぬ我に、勝てぬようでは話にもならん。

 力量を見てから考えるとしよう」


「また可愛げの無い事言って…………

 ちなみに、ご主人様はこれまで魔王二体倒してるからね」


「二体だとっ!」


 竜女は、急ぎ自身の周りに魔法障壁を張り、興奮した緑竜の口からの飛沫を防御した。


「汚いなぁ。君の粘液で、私の身体が溶けちゃうよ」


「いや、すまない。ま、まぁ、その魔王らも、我ら同様、相当弱っていたのであろう」


「それは否定しないよ。

 とにかく、呪われてるのに、案外元気そうで安心したよ。

 下手に出ろとは言わないけど、しっかり呪いを解いて貰いなよー。じゃあねー!」


 竜女はニコリと笑顔を見せ、瞬く間に大空へと飛んでいってしまった。


「ま、待てっ!我の身体を自由にしてくれないのかっ…………!」


 時すでに遅し。

 話し相手が消え、不貞腐れた緑竜は、いずれ来ると思われる人間に、全力で八つ当たりする事を誓った。



 ————————



「俺はこれから森の主に会いに行く。

 メリィ、こいつを頼んだぞ」


「畏まりました。ご主人様もどうかお気を付けて」


 天使の力を使った反動か、リリィが目を覚さないので、メルロスに預け、簡易テントにて待機するよう命じた。

 体力は【回復】してあるし、無理矢理起こす必要は無い。

 俺にはまだ仕事が残っているのだ。

 アルラウネを使い魔にする大事な仕事が。


【探知】にて気配を辿り、暗黒帯を進んでいく。

透明インビジブル】【隠密ステルス 】に加え、【無音サイレント】のスニーク三点セットで、もはや敵は俺を見付ける事が出来ない。

 といっても、悪魔の影響が消えたせいか、森に棲む虫や植物エネミーは軒並み弱体化しているようだ。


 デビルプラントを三本分程進むと、アルラウネが待っていた。

 見た目は本性である幼女スタイルでは無く、捕食モードの美女スタイルだ。

 これは、覚悟を決めたと捉えていいのか?

 気分が高まっていく。

 隠密中の俺に気付かないようなので、接近してジロジロと観察する。

 格好は、レースやフリルの付いた緑色のシュミーズに、茶色いベストの重ね着。

 田舎で定番の村娘風な服装は、よく見ると植物を擬態させて形成してあるようだ。

 どれどれ、風魔法でこんにちは。

 悪戯な風がスカート部分を巻き上げ、生足ノーパンスタイルを丸見えにさせた。

 アルラウネが驚き、両手で抑えたところで、颯爽と俺の登場だ。


「待たせたな」


「ヒャッ!い、いつの間ニ!みっ、見たのカ?」


 突然、姿を現したので驚かせてしまったようだ。

 スカートの中を見られたかどうか気にしている。


「フフフ、何のことやら。

 そんな事より、悪魔を追い払ってきたぞ」


 悪魔を倒したとはっきり言えないのが、残念なところではある。


「分かってイル。確かに悪魔デモンの気配が無くなった。だから、約束通りここで待っていたんダ」


「もちろん約束は守ってもらう。お前も森も、俺のものだ」


 アルラウネの胸にそっと指を這わす。

 待ってたぜぇ、この瞬間トキをよぉ!

 ウヒヒ。おっと涎が。

 その時、俺の腕に衝撃が走った。

 木製の杖的なもので叩かれたようだが、痛みは全く無い。

 むしろ、森を救った俺に楯突く存在がいる事実に、苛ついてしまう。


「誰だ!出て来い!ゴラァ!」


 まんま悪役の台詞を吐く自分を正義と信じて止まない漢。


「ホ、ホ、ホ、…………失敬…………失敬」


 パッと見、樹木。

 身長130センチくらいの木のように茶色い肌をした、騙し絵みたいな仙人が立っている。

 老けた皺々顔に口周りが焦茶色の髭で覆われ、目だけがぎょろぎょろと大きい。

 杖などでは無く、この老人の腕が木だった。

【探知】は常に自動発動している。

 それなのに全く気付かないとは。

 植物に限りなく近い存在なのか。


「なんだぁ?テメェ。…………死んだぞ?」


「待て、ニンゲン!この方は森の賢者ドルイド様だ!」


 森の賢者?


【解析】

 トレント

 LV:80

 HP:2800

 MP:8600


 瞬時に【解析】したが、LV80もある!

 森の主、侮り難し。


「お前が森の主か?ドルイドとは何だ?お前の正体はトレントなんだろ?トレントってのもよく知らないが」


「ホッ、ホッ、ホ。

 そう急かされましても…………、樹皮が…………、見ての通り…………、硬ぉなっちょりまして…………、はよぉは…………喋れんのです。

 …………許して…………つかぁさい」


 長い。マジか、その短い台詞を話し終えるのに、一分近くも掛かっているじゃないか。

 あと、口周りの髭と思っていたものは、樹皮だったとか。


「ニンゲン!私が代わりに話ス」


 アルラウネが口を挟む。

 こいつ、まだ分かってないのか?


「お前は既に俺の物だ。俺の事は今後ご主人様と呼べ」


「私はまだ森の主の支配下にあル。

 まだお前のモノじゃナイ!主が許可してからダ!」


 アルラウネはフフフと鼻で笑っている。

 何だその態度は?舐めやがって。

 お前が舐めるべきなのは俺のイチモ……、いや、まぁいい。

 ご褒美は手に入るまでの過程も楽しめるというもの。


「話せ」


「ドルイドとは祭司。祭司とは森を治める者!

 トレント様は、森で一番古い、一番偉きお方なのダ!

 分かったかニンゲン!」


「だが、こいつでは森を守れなかった。

 そして、俺は森を救った。

 今日から森の全ては俺の物だ。ドルイドよ、異論は無いな?」


「ホ、ホ、ホ、…………若き者よ。

 アルラウネの…………言うた事は…………あながち…………間違うとらん。

 森の、起源であり、…………原初の木とは、…………儂の、事じゃ。

 さりとて、…………儂ゃ、森の主に…………非ず。

 森が欲しけりゃ、…………この先に居られる、…………この森の…………真の主に、会いに行かれるが…………宜しかろぉ。

 …………ふぅ、…………疲れた」


 たっぷり時間を掛けて話し終えたドルイドは、そのまま動かなくなってしまった。

 そして、ただの木に戻っていった。いや、このただの木に、トレント本体が一時的に乗り移っていたのか。

 つまりトレントとは、森そのもの。森の精といったところだろう。


「おい、俺は森の主に会わせろと言っただろ。こいつ違うじゃねぇか」


 さっきまでトレントだった木の根っこを、靴の先でコツコツと蹴りながら、アルラウネを問い詰める。


「え?あれ?て事は?もしかして?

 あーーーーーッ!

 失礼しましタ。あの、私ここでずっと待ってますんで、どうぞ、いってらっしゃいマセ」


 突然大きな声を出したと思えば、ガタガタと震えだし縮み上がっている。


「お前も行くんだよ」


 首根っこを掴み、無理矢理連れて行こうとするが、トレントの木を両手でぎゅっと握り締め、動こうとしない。


「ヤダヤダ!本当にヤダー」


 強引に引っ張ると、アルラウネの手足全てが蔓と化し、複雑に絡み付いてしまった。

 くそ、こいつ!

 そっちがそのつもりなら、力関係をハッキリさせておこう。

 背後から胸を鷲掴みにして、感触を楽しむように揉みながら、徐々に魔力を高めていく。


「アッ、アッ、アッ、アッ」


「どうだ?

 森の主の何を怖がっているかは知らんが、我が魔力の真髄を直に感じれば、今後どうすればいいか自ずと分かる筈だが?」


 アルラウネの体内へ、高濃度の魔力がゆっくりと流れていく。

 それは、身体の隅々まで浸透し、自身の全てを丸裸にされたような感覚に陥いらせた。

 体内魔力の循環が活性化され、全能力の向上を感じながら、同時にいつでも自分を殺す事が出来るという力量差を嫌と言う程思い知らされる。

 テツオが、ゆっくりと手を離した。


 (あ…………、もっと、触っていて欲しかった…………ワケない!チガウッ!)


「ニンゲンなのにっ!ニンゲンのくせにっ!」


 アルラウネは震えながらも、罵る言葉を何とか絞り出した。

 そして、自身が構成出来うる限りの、最も魅力的に映るであろう美女スタイルへと、姿を切り替えた。

 それは、テツオを惹き付ける事で、あくまで自分が捕食側なのだという自尊心を守ろうとする本能からくるものだった。

 しかし、その展開こそがテツオの思う壺だと、彼女は決して気付かない。


「ハハ、まだ減らず口を叩けるか、大したもんだ。よし、行くぞ。案内しろ」


 テツオは、しなを作り、腰をくねらせ、自分を魅了しようと、健気に頑張るアルラウネの尻を撫でながら、満足そうに森を進んだ。


 テツオは、アルラウネの精神が壊れない程度の、僅かな魔力を注いだに過ぎない。

 案の定、アルラウネは簡単に、完全に堕ちた。

 最早、いつでもヤれる。どこでもヤれる。

 はなから主の許可をとろうなどとは、露ほども思っていない。


「勝手に触るナッ!」


「おっと、悪い悪い」


 口ではそう言うが、その手を払い除けようとはしない。

 魔物である以上、渺茫たる魔力には決して逆らえないのだ。


 さっさと森の主とやらを平伏させ、こいつにヒィヒィ言わせてやりたいぜ。ガハハ!

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