第29話グエンバンドルス

 下の階に到着すると、やたら長そうな一本道にぶつかった。

 運搬に使われていたトロッコ用の線路が、ずっと先まで続いている。


 それを辿り、ひたすら奥へ向かうと、一際広いエリアに到着した。

 天井まで5メートル、奥行きは50メートルくらいだろうか。

 ここで、金を大量に採掘していただろう当時の面影を残したまま、時間が止まっていた。

 年季が入って錆び付いた、大量の道具類が、今もずっと放置されている。


 離れた場所からもそれが分かるのは、松明がいくつも焚かれ明るいからだ。


 人の気配はするが、何処にも見当たらない。

 どういう事だ。

 隠れているのか?


「団長、気配はずっとしています」


 一応、団長に警戒を促しておく。


「ああ、分かっている。

 だが、どこだ?」


 ——ハハハハハ!


 突如、笑い声が響く。


「ようこそ、【ノールブークリエ】!

 わざわざ、こんなとこまで殺されに来やがってありがとう!」


 声がした方向へ全員が振り向き、警戒するがそこには誰もいない。


「おい、出てきやがれ!腰抜け野郎!」


 ヴァーディが苛つき叫ぶ。

 はい分かりました、と出てくる阿保がいると思ってるのか?


「腰抜けだと?

 誰に言いやがる!

 いいだろう!

 野郎ども、出て来いやぁっ!」


 男の号令に合わせ、影からズズズ……と十人以上のグエンバンドルスの構成員達が現れた。


 ……馬鹿なのか、こいつらは。

 不意打ち、闇討ち、騙し討ち、何でもありな絶対的な勝ちパターンをドブに捨て、全員登場してしまった。

 そもそも、なんで笑った?

 敵に存在をアピールする意味が分からない。

 笑い堪えるの我慢できなかったのか?


「盾共、たった五人で来たのか?

 舐めやがって。

 おい、やっちまえ!」


「集中しろ!【絶対防御スーパーチャージ】!」


 ソニアの指示で、入り口付近まで位置を下げ、前方からの敵にのみ対応出来るよう布陣を整える。

 後は各個撃破を続けながら、徐々に数を減らしていった。


 統制が取れてないと、ここまでお粗末なものなのか。

 ボス以外、全員を難なく撃破した。

 切れたりもげたりした手足が散らばっているが、命までは奪っていないようだ。

 流石は団長の部下達。

 余計な殺生はしない指示をきちんと守っている。


「な、なんだと?

 こんなに差があるってのか?」


「おい、ドルス。

 攫った女性達はどこだ?」


 リヤドに剣を突き付けられ、クランのボスは両手を上げ、あっさりと降参した。


 壁際に近付きドルスが手を翳すと、壁一面が消え、奥に隠し部屋が現れた。

 そういう仕掛けがしてあったのか。


 そこには牢があった。

 ここだ。

 両手で足りないくらいある牢の中には何十人もの女性が囚われていた。

 かなり劣悪な環境だったのが分かる。

 入ってきた我々を見て、すすり泣く者、助けを叫ぶ者、喜ぶ者。


「こ、こんなに」


 女性の惨状を見て驚愕するソニアや団員達。

 ヴァーディの握り拳がブルブルと震えている。


「おい、何やってんだコラァ!」


 ドルスに掴みかかり、思いっきりぶん殴った。

 血と同時に何本かの歯が、地面に飛び散る。


「ヴァーディさん!死にますって!」


 カンテや他の団員が、ヴァーティを羽交い締めにして止めるが、まだ怒鳴り続けている。


 気持ちは分かる。


 魔族とか悪魔なんて関係ない。

 人間だって悪魔になれるじゃないか。


 俺の中で、何かが湧き上がるのを感じた。

 殺した方がいい人間も、いるのかもしれない。


 突然、団長が俺の両肩をガシッと掴み、真剣な眼差しを向ける。


「我がクランは、何があろうと絶対に殺人はしない。

 テツオ、守れるか?」


 どうやら、相当酷い顔をしていたみたいだ。

 放っておいたら、このまま人殺しをしてしまうと思われたのだろうか?

 透き通る真剣な目には、説得力があった。


「……はい、守ります」


 ソニアが優しい顔で、俺に微笑んだ。

 団長の慈愛が、俺を踏み留まらせてくれた。


「よしテツオ、全員を救助だ」


 そう言った矢先、ソニアの顔が苦悶に歪み、俺の顔に血を吐く。


「え?」


 俺の肩に乗っていた手から力が失われ、ガクリと倒れゆくソニアの後ろから、男の顔が現れた。

 全く気配を感じさせず突如現れたその男は、俺を直視している。

 長めの金髪に青い目の優男。

 片手に、血の付いた短剣を持っている。

 だが、無表情だ。

 この無表情はどこかで見た事がある。

 悪魔、か?

 俺は暫し、呆然としていた。

 他の団員まで気が回らない。


「こんだけの女集めるのに、どんだけかかったと思ってんだよー。

 こんなとこまで、乗り込まれやがってよー」


 突然、離れた部屋の壁際から、イラついた声が聞こえてきた。

 暗くて良く見えないが、松明の灯りが風で揺らめき、男の顔を一瞬だが照らす。

 真ん中分けで、長い前髪を気持ち悪く垂らした灰色の髪に、そばかす混じりの細い目の男。

 滲み出る表情はとても下品だ。

 こんな低俗な奴でも貴族なのか?


 そもそも、こいつら、いつの間に現れたんだ?

 まさか、俺の様に【転移】してきたのか?


 とにかくソニアに【回復魔法】を瞬時に施す。

 死なせる訳にはいかない。


 すると、後ろで固まっていたカンテが口を開いた。


「あいつ、ジョンテ家の次男坊のエリックだ。

 こいつが黒幕?」


「あー、バレちゃったか。

 俺、有名人だからなー。

 やっぱり、街のクランは使えねぇな。

 最初から全部お前に頼めば良かったよ、カース」


 エリックという名前の貴族が、脇に抱えていた荷をドサッと降ろす。

 暗くてよく見えなかったが、若い女性のシルエットだ。

 攫って来たのだろうか?


 ん?


 見覚えのある背格好に……青く長い髪?


 まさか、まさか!?

 そんな!


 リリィ!!!


 何で?


 頭が混乱する!

 こんなとこにいる訳がない!



 駆け付けようと前に出ると、カースと呼ばれた男が行く手を阻む。


「どけっ!」


 強めに魔力を込めて殴る。

 俺の右拳を、左手でパシッとあっさり受け止めた。

 貴族なんかじゃ絶対に止めれない威力なのに、だ。

 こいつは、やはり悪魔か?


「こいつらは殺していいのか?」


 カースが、後ろにいる貴族の次男坊とやらに確認をとる。

 この余裕が不気味だ。


「も、もちろんこいつらは誰一人として生かして帰せない。

 まだ街には狙ってる女がいるんだからな」


「ふふふ、欲深い人間は本当に面白い」


 口では笑っているが、カースの目は笑っていない。


「テツオ、後退し陣形に戻れ!

 連携だ!」


 後ろからリヤドの声がする。

 俺が後ろに飛び退いたのと交差するように、リヤドが前に出る。

 そのスピードは迅速で、既にカースに迫っていた。


 カースは、口元に余裕の笑みを浮かべたまま、微動だにしない。

 構えるまでもないというのか?


 リヤドの素早い剣撃を、カースは短刀であっさり受け切る。

 そこに、カンテが胴へ、槍を突く。

 カースは最小限の動きで躱すが、足元にいつのまにか植物の蔓が巻き付いていた。


「【植物魔法】だ!」


 カンテの魔法で、バランスを崩したカースに、再度リヤドが迫る。


「【超加速スーパーアクセル】!」


 先程の剣速は囮とばかりに、凄いスピードで、短刀を持った手首ごと切り落とした!


「ナイスリヤド!【爆斬撃バーンストライク】!」


 ずっと力を溜めていたヴァーディの渾身の一撃が、カースの左肩口に直撃した。

 どれだけの力があれば可能なのか、カースの半身を、バターの様に切り落とす。

 決まった!

 カースが、その場に崩れ落ちた。


 彼らの強さは、状態異常やスキル、魔法を絡めた卓越した連携力にあるだろう。

 カースは相手を舐め過ぎた。


 その隙にリリィに近付き、【回復魔法】を掛ける。

 上半身を抱き上げて起こすが、どうしてか目を開けない。


 腕の魔石時計を見ると、ゴーレムは未発動だし、アラームが鳴った形跡もない。

 リリィ程の猛者を、一瞬で気絶させたのだろうか?



「お、おい!カース、嘘だろ?おい、カース!」


 エリックが慌てふためき、倒れているカースに必死に声を掛けている。


「うるせぇ」


 ヴァーディが大剣を横薙ぎして、エリックの両足首を切断した。


「ぎ、ぎゃああぁああいああ!

 あ、あひぃいいいぃ!」


 両あひという支えを失ったエリックは、床ペロ状態で情け無い悲鳴を上げている。


「へっ、もっとうるさくなっちまったか。

 安心しろ、俺らは殺しはしねぇ」


 団員にいいとこ持っていかれたが、これで任務達成か。


 多分、悪魔も倒したし……ん?カースがいない!

 悪魔は倒したら消えるのか?


 いや、入り口付近で倒れてた、グエンバンドルスの構成員達もいないぞ?


「おい、お前の部下はどこに消えたんだ!」


 ヴァーディが、ドルスを蹴飛ばして詰問する。

 縄で縛られている為、無抵抗のままゴロゴロ転がり、岩で顔を強打した。

 カンテが痛そうなジェスチャーをして、顔をしかめおどけると、ドルスが血だらけの顔で振り返り、必死に命乞いをする。

 その顔には鬼気迫るものを感じた。


「ひゃ、ひゃめろ!

 殺ひゃないでふれ!」


「さっき言ったろ!

 殺しはしねぇって」


 ヴァーティが面倒くさそうに唾を吐く。

 だが、ドルスは身体を激しく揺さぶり、半狂乱になっている。


「ひ、ひやだ!

 まだ、ひにたくな……」


 ドルスの倒れている地面の影が、広がっているような……?


「おまへら!ひげろ!影にくわへるほ!」


 え?なんて?


「影に喰われる?」


 リヤド、耳いいな。

 すると、なんと!

 ズブズブという音と共に、ドルスがまるで底なし沼に嵌まったかの様に、影の中に沈みだした。

 必死にもがいているが、中から影の触手が伸びて纏わりつき、完全に沈み、消えた……。


「え?

 な、なんなんだよ、コレはッ!?」


 完全にビビっているカンテの背中を、リヤドが掌でバチンと叩く。


「気合い入れろ!カンテ」


 三人はフォーメーションを整え、周囲を警戒する。



 ——貴様らは皆殺しだ!



 影からゆっくりとカースが浮かび上がってきた。

 ベルとよく似た魔力の感じ。


 間違いない。

 こいつは、


 ————悪魔だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る