第13話デカス山脈②


「あれ?ここは?」


 リリィが目覚めるとお湯の中だった。


(私、蜘蛛に捕らわれて、えっと、それで噛まれて気を失って。

 で、助けられたの、よね?

 え?裸!?)


 慌てて周りを見渡すとあの男の姿はない。


 もし居たとしても四方が透明な壁になっていて裸をどこにも隠しようがない。

 裸を見られたのだろうか。


 は、恥ずかしい。


 しかし、何故こんなところに浴室が?

 まだ夢を見ているのだろうか?


 浴槽を出て、何故か用意されているタオルで身体を拭き、新品同様になっている服一式を装備する。

 身体はすっかり回復しており、傷跡もなかった。


 周囲を見渡すがゴルジュ(岩壁に挟まれた谷の事だとテツオが言っていた)が続いているだけだ。


 置いていかれたのだろうか?

 そう考えるとちょっぴり悲しくなってきた。


 考えても仕方ないと思い至り、谷を奥に進んでいく。


 そういえばあの男は頂上まで行くと言っていた。


 どれほど歩いただろうか、景色が開けてきてようやく谷の終わりが近づいてきたようだ。


 谷を抜けるとすぐに断崖絶壁が待っており、凍って滑り易く注意しないと真っ逆さまだ。

 いくら私でも落ちたら無事では済まないよね?


 上を見上げると岩がいくつか突き出している。

 雪解け水が絶えず流れており、掴んでよじ登るのは私には無理そうだ。

 岩から岩へ跳び移りながら、上を目指すしかないのだろう。

 岩を砕かない最小限の力加減が必要か。


 ミスれば落ちるしかない。

 覚悟を決めて足に力を込める。


 タンッタンッとリズミカルにジャンプを繰り返しながら上昇していく。

 我ながら身のこなしには自信がある。

 伊達に閃光ライトニングと呼ばれていない。


 頂上間近の岩肌に差し掛かり、最後のジャンプをしようと踏ん張ると、岩がツルツルに凍っていて滑ってしまい、うまく反動をつけられなかった。

 マズい!距離が足りない!

 掴める場所は?着地?無理!落ちる?

 ……死!?


「もう起きたのか?」


 ふわりと身体が浮いたと思うと、探していた男にお姫様だっこの体勢で抱えられた。


「えっ?」


「起きたばっかりで無理すんなよ」


「お、落ちてる!」


 テツオがハハハと乾いた笑いをしたと同時に、空中で動きが止まる。


「準備が終わったら階段作ろうとしてたんだよ」


 テツオがそう言うとパタパタパタッと空中に水晶の螺旋階段が出来上がる。

 なんてデタラメな【土魔法】なんだろう。


「でも、綺麗」


 抱えられたまま光り輝く階段を登りきると、一面が銀世界だった。


「はい、お姫様」


「あ、ありがと」


 邪険に扱われてたのに、急にお姫様扱いされちゃうと照れてしまいテツオの顔がまともに見れない。


「腹減っただろ?メシの準備をしてたんだ」


 テツオが気にせずスタスタと先を歩いていく。


「あ、ちょっと待ってよ」


 テツオが何もないところから扉を開く。


 すると室内が現れた。


 どうやら周りの景色を反射しているようだが、ここまで綺麗な鏡は城でも見た事がない。

 その鏡を張り巡らせた壁で小屋が出来ている。


「空を見たら分かるだろうが何やら凶暴そうな鳥が飛んでるみたいだ。

 これで小屋の存在を隠せてるだろう。

 さ、入った入った」


 小屋に入ると暖かくて、美味しい匂いがしている。

 テーブルにはクロスが敷かれスープやパン、肉料理が用意され、フォークやスプーンまで並んでいる。

 こんな山頂近い場所からは到底信じられない光景だ。


「お姫様の食べるモンがどんなのか分からんが俺なりに適当に用意してみた。

 さぁ、食べてくれ」


「やっぱり貴方すごいわ。

 王国で色んな魔法を見てきたけどここまでの完成度は見たことがない」


「そうなのか?

 どう凄いのか分からないんだけど」


「私は魔法使いじゃないからそこまで詳しくは無いけど、はっきり言えるのはこの小屋にしてもここまで長時間具現化できる【土魔法】を私は見たことないわ。

 本来は媒体を使ったとしても数分で消える筈だもの。

 この銀のフォークやスプーンの細工なんて凄すぎるわ」


 そうだったのか。

 俺の魔法は凄いのか。


「【解析】魔法とか分かるか?」


「うーん、分からないわ。

 失われた古代魔法にもしかしたらそういうのがあったかも」


 疲れてたのか出された料理全部平らげてしまった。

 本当に美味しかった。

 食後には紅茶まで出してくれた。

 なんでこんなに優しいんだろう?

 こんなところまで連れて来た罪悪感だろうか?

 テツオは悪くない。

 私は聞きたい事があるからここまで着いて来たんだ。


「貴方は何処から来たの?」


 今本当に聞きたい事では無いがこの質問も気になってる事には違いはない。

 この男の事がもっと知りたい。


「お前になら話してもいいか。

 実は俺にもわからない。

 気付いたらこの国にいた。

 その前の記憶は無いんだよ」


「そんな、記憶喪失?

 それとも、……その昔、勇者や魔人、魔王が現れる時、その者に自我や記憶が無いという言い伝えも聞いた事あるわ」


「まぁ、多分どっちでもないと思うぞ」


 そう言い切ってテツオは笑っている。


「人類の敵にならない事を願うわ」


「俺は美女の味方だ!」


 それもある種、人類の敵な気もするが。


「最後に一つ聞いていい?

 えっとね、その…………」


「おいおいおい、なんだよ。気になるじゃあないか」


「テツオ、お風呂で私の事を抱いてない!?」


 余裕で紅茶を飲んでいたテツオの態度が突如急変し落ち着かなくなった。

 目が凄い泳いでいる。

 たまにチラチラと私の胸や足を見ている。

 自分で気付いていないのだろうか?


「いやいやいや、抱く訳ないだろう!

 馬鹿かお前は!

 この、ば、馬鹿!」


 怪しい。

 明らかに怪しい。

 でも、恥ずかしくて私もそれ以上聞けなくなってしまう。


「きゅ、休憩おしまーい!

 そろそろ行かないと暗くなっちゃうし!」


 テツオが席を立つと同時にテーブルや椅子、その他色々あった物全てが小屋丸ごと一瞬で掻き消えた。

 魔法解除らしい。


 本当にデタラメな男だ。


 テツオの背中を見ながらスカーレットはほんの僅か夢想する。


 この勇者を探す長い旅の後、もし無事に帰る事が出来たならいずれ王が決めたどこぞの見た事の無い王侯貴族と婚姻を結ぶだろう。

 だからこそ、最初の相手は好きな人と結ばれたい。


 それが私の心を一瞬で鷲掴みにしたテツオならば、と。


 カーッと顔がみるみる熱くなりブンブンと頭を数度振り気持ちを切り替える。


 これ以上足を引っ張らない様にとスカーレットは身を引き締めた。

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