第47回 復活の時

 私の元に届いた報せ。

 それは、戦友でもある作家・猪野志士さんが、2020年8月に、新しい小説を出すというものだった。

 Twitter上で、数多くの同業者をミュートにする中で、猪野志士さんや美月りんさんといった戦友に関しては情報をシャットアウトすることなく、普通に日々のつぶやきを追っていた。

 そうしたら、ある日、猪野志士さんが新作の宣伝をしていたのである。


 私は衝撃を受けた。


 率直に言おう。

 猪野志士さんは、私と同じようにもう心折れていたのではないか、と思っていた。


 2013年10月 『魔法幼女と暮らしはじめました。』

 2016年12月 『気付けば鎧になって異世界ライフ』


 この二作を出した後、ずっと新作については音沙汰もなかった。

 私は2015年12月に『天破夢幻のヴァルキュリア』を出して、大コケした後、三作目は確実に売れるものでないと企画が通らない、と担当編集に釘を刺されていた。

 そして、猪野志士さんは私と同じ担当編集だった。

 きっと二作目の後、同じようなことを言われたのだろうな、と勝手に思っていた。


 実際に裏でどんなやり取りがあったかは知らない。

 猪野志士さんにまったく聞いていないので、憶測すら出来ない。


 ただ、一つだけ事実があった。


 約三年半にわたり、猪野志士さんは諦めることなく、書き続けていたのだ。

 それは想像を絶するほど長い時間だっただろう。

 デビュー作から数えれば、約七年にもなる。


 私は心腐り、戦うことを放棄した。

 だけど、猪野志士さんはずっと同じ場所で戦い続けていた。


「すごい……!」


 賞賛の言葉が思わず漏れてしまう。


 一体、どれだけの原稿のやり取りがあったことだろう。書いては直し、書いては直し、をひたすら繰り返して、いつ出版されるかもわからない中、真面目にコツコツと活動を続けていたのだ。


 私はひねくれた。

 猪野志士さんはひたむきだった。


 その違いが、商業で三作目を出せるか出せないか、の差へと繋がったのである。


 感動と、興奮と、ほんの一片の悔しさで、私は体を震わせていた。


 これが物書きだ、とあらためて思わされた。


「何やってんだよ、自分……!」


 書け。書くんだ。


 這ってでも書け。血反吐を吐いてでも書け。目がかすもうと、指が痺れようと、書いて書いて書き続けろ。


 賞賛の言葉は喜んで受け止めろ。批判の言葉もありがたく受け止めろ。だが雑音は気にするな。創作の糧となる言葉だけをひたすら摂取しろ。


 止まってはいけない。止まったら終わりだ。


 落ち込んでいる暇はない。落ち込んでいる暇があったら、前へと進め。


「ちくしょう、やってやるよ!」


 私は、Amazonのページを開き、自分の作品のレビューと真っ向から向かい合った。それは、作品を出してから何年もの間、一度も向かい合わなかった批評の数々。低評価の言葉を見るのが怖くて逃げ続けていたもの。

 でも、今はそれを何よりも確認したかった。

 自分の何がいけなかったのか。どうすればもっと面白い作品となったのか。そのことを、数多の言葉の中から見つけ出したかった。


 批評を読んで、自分に足りないものは何か、を吸収してゆく。


 それは、圧倒的に、構成力。


 個々のシーンを上手く描写することは出来ても、読みやすい文章を書くことは出来ても、それらを紡ぎ合わせた時に出来上がる全体像はいびつなものとなってしまっている。何がテーマとなるのか、何が作品の売りとなるのか、それが明確にならないまま、書いてしまっていた。


「いける! 書ける!」


 私は再びパソコンと向かい合った。


 とにかく今は、書けるものを書くしかない。


 復活の時だった。

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