第41話 先生から見た、天使の寝顔

 午前四時。

 春って季節は、少なくともこの時間も夜と呼ぶ。

 カーテンの向こうからは、壁が聳え立っているかのように光は全く零れてこない。

 

 代わりに、俺達にずっと警告を鳴らす様に灯りはついていた。

 ああ、俺達は眠ってしまっていたんだ。あまり光のある場所じゃ眠れないと思っていたんだけどな。

 確かにこのソファ、座り心地としては最高だからな。菜々緒の奴が住処にするのも分かるもんだ。

 背もたれをこの通り倒せばベッドにもなるし、俺達が寝たのは使い方としては間違っていない。

 

 ……俺『達』?

 ……そもそも、俺の右半身を覆っている暖かさはなんだろう。

 

 俺は、見る。

 隣で暖かさを放っていた、生き物を見る。

 

「……すー……すー……」


 まるでここが雲の上の天国であるかのように。

 左側を下にして、左頬を潰して、安らかに寝息が隣に会った。

 あまりにも無防備な結夢の姿に、愛おしい少女の寝顔は、俺を一瞬で目を覚ましていた。

 

「…………まじで?」


 えっと、俺達は同じブランケットを纏って、隣同士で密着して寝ていたって事?

 えっ、まさかこんなに早く既成事実に至ったとかは無いよね?

 無いよね?

 無いよね?

 流石にこんな無意識なハッピーエンドはバッドエンドすぎる。

 

 うわ、俺の手、今結夢のお腹にあるんだけど……別に太っている訳ではなく、細身なのに柔らかいって矛盾が良く分からない。

 お腹。お臍。

 うわ、しかも捲れてるじゃん。

 セーター捲れて、縦長の線がある……。

 肌と肌、俺の掌が彼女のお腹に触れている。

 俺の手は、結夢のお腹が冷えない様に彼女を守っていた。

 いつかもしかしたら、新しい命が宿るであろうお腹を暖めていた。

 俺も雲に包まれている様な、儚い感触に自我が崩壊しかかっていた。

 

「ん……」

 

 どうにかなりそう。

 結夢の中で、俺はどうにかなりそう。

 腹、柔らかい。でも細い。骨だけ。

 このまま上に動かせば、結夢の生な膨らみを堪能する事が出来る。

 下に動かせば……。

 

 あれ?

 結夢と接している足の部分、なんだか生々しい気が……

 

「う……わっ……」


 ブランケットを少し捲った瞬間、広がっていたのは結夢の下半身だった。

 ただし、ズボンが守ってくれている筈の脚は、無防備過ぎた。

 どれくらい無防備だったかというと、ズボンが脱げているくらいには無防備だった。

 

「……」


 つまり、膝元まで純白の平行線が露出していたのだ。

 その付け根の、緑色の島縞模様の三角地帯と共に。

 もう守る物はそれだけの、下腹部と共に。

 

「このズボンじゃ……寝にくいもんな」


 制服のボタンすら俺の前で外す事を躊躇った彼女が、自分から脱いだとは考えにくい。

 実際ズボンに触れてみると、寝る用のものではない。

 キャンバスのような白い結夢の脚には、幾何学的なズボンの線がこびり付いている。

 寝ていて、無意識のうちに脱いでしまったのだろう。結夢、寝相まではパーフェクトとは言えないみたいだし。

 

「……」


 寝返りを打ってきた。

 そして、俺の手が――彼女の下着に触れた。

 

「んんんんんんっ!?」


 思わず声が出た。

 ソファから落ちかけて、何とかテーブルに手を着く事で何とかなった。

 

 初めて女子の下着に触れてしまった……。

 うわっ、寝起きなのに心臓が大動脈瘤起こしそうなんだけど。

 女の子の……下着って、きっと安物なのに、禁断の感覚がした。


 それにしても無防備過ぎる。

 寝返り売った時に、太ももが俺の脚に触れているし。

 

「やべえ……こんなん反則だろ……」


 結局、俺も不審者と変わらないじゃねえか。

 

 虜になっていた。

 息を殺して、瞬きを無くして、釘付けになっていた。

 

 宝石の様に綺麗で、硝子の様に儚い二本の脚に。

 純真無垢の緑と白のストライプ、それに囲われた下腹部に。

 下着と脚の間、見えている中で一番秘境に近い、下着の跡が着いた付け根に。

 乳房と同じくらいに球体になっている、尻肉に――。

 

「れい……と……さん……」


 夢の中らしく、俺の事を抱きしめてきた。

 裏表なく、純粋に俺と一緒に居ようと、抱きしめてきた。

 幼馴染の頃から変わらない、結夢の愛。

 

 俺はそれを見て、もっと愛おしくなった。無性に。

 もっと彼女の事が知りたくなった。無性に。

 ブランケットの中で密着する結夢と、もっと擦り合いたかった。無性に。

 

 俺は、結夢が預けている自分の胸にふと、注意を向けた。

 結夢の微かな寝息と、俺の鼓動が混じり合って溶け合って膨れ上がっていく。

 ああ、快楽を求めてるな。

 重力より凄まじい何かが、俺を結夢の下半身へ引っ張っているのだと思った。

 

 きっと、ここより登って逝く場所があるとしたら。

 それこそ天使が住まう天国なんじゃないかって、思えるくらいに。

 俺は世界で一番かわいい寝顔を抱き寄せて、そして両手を結夢の下半身に持っていく。

 

 覚悟を決めて。

 

 そして。

 

 結夢のズボンを、再び履かせた。

 

「……」


 こんなに可愛いからこそ。

 裏切るような真似はしたくない。笑顔を奪うようなことはしたくない。

 一緒に考えると言ってくれた結夢を差し置いて、俺一人だけ逃げる訳には行かなかったからだ。

 

 先生と生徒が幸せになる方法。

 それを知るまで、例えどれだけ欲が出てきても、多分俺は結夢と体の関係になることは無い。

 それだけは、俺が許さない。

 

「にへ、にへへへ……」


 笑う寝言。

 むずむずするような顔の後に、晴れ渡る笑顔を見せてくれた。


「れい、とさんが……まもって……くれた……にへ、にへ……へ」


 ……もしかしたら、あのまま服を脱がしていたら、欲望に従っていたら、この笑顔は守れなかったのかもしれない。

 それを知れてよかった。

 体の関係になるには、まだ俺達は準備が足りない。

 

 二人とも辿り着いてから、向かい合ってから、ちゃんと現実の中で抱きしめ合おう。

 そうして、出来た子供を一番に愛してやろう。

 それまでは俺も、君の妄想と戦い続けるから。

 俺の使命と、戦い続けるから。

 

 それでも。

 もう少し君を見ていいかな。

 もう少し、その寝顔を独占していいかな。

 血色の良いその唇を、ずっと眺めてもいいかな。

 

「……ん」


 初めての唇は、結夢が作ってくれたどのお菓子よりもほんの少しだけ甘い味がした。

 これくらいなら、いいよな……?

 いいよな?

 

「にへ、にへへへ……はじめての……ちゅう……」


 舌が触れ合った後で、結夢がまた笑った。

 夢の中でも、俺は君とキスしてるんだろうな。

 

 ああ、眠くなってきた。

 いかん。流石に俺達は菜々緒にも見られるわけにいかないのに。

 

 

 微睡みがやって来る中で、俺はふと考えてしまった。

 

 

 俺も、もうずっと君の夢を見ていいかな。

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