文豪チョコ

浅野エミイ

文豪チョコ

 朝4時。執筆活動を終えた私は、チョコを一粒食べようとする。フルカワのイチゴ生クリームチョコレート。20個で約300円の普通のチョコだ。ゴディバなどの高級チョコでは決してない。スーパーに売っている、普通のチョコレート。


 ただ、私はこのチョコレートが大好物だ。


 東条松陰。それが私のペンネーム。私は売れない作家をしている。


 毎朝2時に起きて、約2時間執筆。そのあとの『自分へのご褒美』にチョコレートを一粒食べるのだ。


 このご褒美のなんておいしいこと。他のチョコレートじゃだめだ。フルカワのイチゴチョコレートでなければならない。


 私は無類の甘党というわけではない。頭を使った後、糖分を摂取すると疲れが取れると聞いて、執筆を終えるとチョコを食べる癖がついた。


 チョコレートも様々なものを試した。カカオ70%のビターなものから、大手製菓のチョコレート。貧乏作家なので、高級チョコは毎日食べることができない。だから検証はパス。フルカワ製菓のチョコも20個300円と決して安いというわけではないが、ゴディバに比べれば安いだろう。


 でも、手ごろな価格で私の口に合うのはなかなかなかった。貧乏なくせに舌だけは肥えている自分にやきもきした。そんなとき、ふとしたきっかけで手に取ったのがこのフルカワのチョコだ。


 フルカワのチョコは素晴らしい。口の中に入っても、しばらくの間は程よく固い。舌で舐めるとようやく溶けだしてくる。口の中でゆっくり溶かすもよし、噛んで柔らかさを噛みしめてもよし。


 フルカワのチョコは2種類出ている。普通のチョコと、イチゴチョコレート。私はこのイチゴチョコが特にお気に入りだった。


 今日も執筆を終えた。ビニール袋に手を突っ込むと、ごそごそと残り少ないチョコから一粒取り出す。このチョコの入ったビニール袋が部屋に置いてあるだけで香る、イチゴの甘酸っぱいにおい。チョコレートなのに、イチゴの香りがするのだ。


 ――このチョコはもはや大衆向けの芸術品だ。


 そう思いながら赤い包み紙を取り、口に入れる前に香りを楽しむ。うむ、イチゴだ。


 口に含むと、最初からイチゴの甘酸っぱさがチョコに混じっている。これはやみつきになるが、我慢だ。そんなにガバガバ食べるものではない。丁寧に、一粒一粒を味わうものだ。


 ゆっくり歯の裏と舌で挟んで溶かしていく。溶けたあと、チョコレートというのは独特なのどの渇きというものがあるが、このフルカワのイチゴチョコレートにはそれがない。そこがいい。


 特に子ども時代に食べたからとか、そういう思い出はない。様々なチョコを食べ比べて、一番おいしかったのがこのフルカワのチョコだったのだ。


 今日もチョコがうまい。うますぎて、思わずメガネを押さえる。はぁ、美味だ。この感動をどう表現すればいいのだろうか。


 私はあることを思いついた。作家なのだから、ここはフルカワ製菓に手紙をしたためてはいかがだろうか。この感動を文にし、フルカワ製菓に送るのだ。それほど私はこのチョコに感動していた。


 さっそく四葉のクローバーの便せんいっぱいにイチゴチョコの感動……つまり、簡単に言うと「おたくのチョコがマジうめぇ、神かよ」という内容を書くと、同じセットの封筒に入れた。あとは送るだけだ。


 ――フルカワ製菓に要約すると「チョコうめぇ」という内容の手紙を書いて数日。宅配便が届いた。なんと、送り主はフルカワ製菓。どういうことだ。


 私は郵送物を受け取ると、すぐに中身を見た。イチゴチョコレートが一袋と、お礼状、切手が入っていた。切手は私の手紙の封等代という意味らしいが、どうやら私の手紙は関係部署に回され、みんなに読まれるらしい。それは嬉しいことだ。それに、フルカワ製菓にも私の気持ちが伝わり、わざわざこのようなご厚意を贈ってくれたのだろう。ありがたい話だ。


 が。


 私は口をへの字に曲げた。いささか不満だ。もちろんすぐにお礼の電話をしたが、私はチョコが欲しくて手紙を送ったのでも、おべっかを使ったわけでもない。もちろん、フルカワ製菓は100%の善意で私にお礼をしてくれた。だが、納得いかない。


 私は「チョコうめぇ」と当たり前のことを言っただけだ。わざわざそんなことを製菓会社に伝える奇特な人間がいないからかもしれないが……私は当たり前のことを当たり前に伝えただけだ。それなのに、なぜお礼をくれるのだ!


 ただ黙っていただいたチョコを甘受しているだけで、この文豪・東条松陰が黙っているとでもお思いか、フルカワ製菓。私は当たり前のことを当たり前に言っただけなのだ。それなのに、こんなイチゴチョコ一袋をくれるというありがたいことをしてくれるなんて、ふざけるのも大概にしろ。こうなったら……お礼をしてやる! お礼返しだ!


 しかし、ただお礼をするにはつまらない。「チョコうめぇ」→「チョコやるお」→「ありがとう!」という手紙のやり取りでは甘すぎる。フルカワ製菓のチョコは甘くておいしいが、のどにまで響かない上品な甘さだ。だが、この単純な手紙のやり方は下品極まりない。そんな下品なやり方ではフルカワのチョコのお礼にはならない。また切手代が返ってきてしまうだけだ。お礼しては切手代が返ってくる。無限ループだろう。


 文豪なら文豪なりのお礼の仕方があるはずだ。いいか、もらった恩義は大義で返す。それが私のやり方だ。


 私はまず、お菓子屋でフルカワのチョコを4袋買った。もちろんこれは私が食べるのではない。そっちがそのようなご厚意を私なぞに与えるのが悪いのだ。だったら私はさらに悪い厚意を与えてやる。これは意地だ。恩義には大義で返す。チョコのお礼は4倍返しだ。


 そのあと帰宅すると、2軒の以前から寄付をさせてもらっている子ども食堂に電話した。もうすぐハロウィンだ。ちょうどいい。私はフルカワのチョコを持っていく旨を告げる。


 うまいチョコは、やはり子どもが食べてこそだろう。私はフルカワ製菓にチョコをもらった。だから、お礼に子どもたち……貧乏だったり、親が忙しくてご飯が作れない子どもたちに寄付してやる。そして、フルカワのファンを増やしてやる。


 無論、それだけではない。私はパソコンに向かうと、「フルカワ製菓のチョコうめぇ」という内容の短編小説を書き始めた。


 傍から見るとチョコひとつで滑稽かもしれない。だが、恩義には大義で返すのが私だ。チョコは一袋もらったから、4袋買った。さらに小説のおまけつきだ。と言っても、小説は読んでくれる人間がいるかどうかわからないが。


 今日も部屋にイチゴチョコの甘い香りが漂っている。イチゴの香りの中での執筆。この小説を書き終えたら、またイチゴチョコをご褒美に食べよう。


 はっはっは、フルカワ製菓よ。一袋のチョコレートの恩義は、私ができる最大限のやり方でお礼させてもらう。これが私なりの『お礼返し』だ。買ったチョコが4倍返し、そして小説が半分。


 ……でも、このお礼はきっとフルカワ製菓には伝わらないだろう。それでいいのだ。フルカワ製菓にはもうお礼の電話をした。これ以上の手紙のやり取りは、面倒くさくなるだけだ。だから、私がこうしてフルカワ製菓の厚意へのお礼を人知れずしていることを記しておきたい。


 そしてこの小説をきっかけに、またフルカワ製菓のファンが増えるならば、私の大義は果たされたと言えるだろう。


 ああ、今日も朝日がまだ昇らない。冬場になり、日の出の時刻がぐっと遅くなった。今は6時近くと言ったところか。私は真っ暗な朝方の空を眺める。まだ月が青白く輝いている。思いを馳せるのは、大阪にあるフルカワの本社の知らない人たち。


 小説を書き終えた私は、謎の勝利感を得ながらチョコを一粒口に入れた。礼にはさらなる礼をするのが、売れない変人文豪・東条松陰だ。

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