第13話 婚約

石田ヨウタは、さやかと同じ部署の同期だった。新入社員として、仕事や飲み会で少し話す程度の人だ。



背が高く、やたら冷めている目をしている割りに、同期や上司の女性に人気があった。


さやかは、実家を離れてから大学時代はバイトと大学と家の往復くらいで、恋愛は同じサークルの先輩と半年程の付き合いで終わるくらい、恋愛偏差値が低い。


将来、自分が誰かと付き合う事も、結婚する事すら想像出来なかった。



すでに大学時代からパートナーが出来たトモコが羨ましかったくらいだ。



違う大学に通うトモコに、さやかが遊びに行こうと誘っても

「パートナーと今日はデートなんだ、ごめん!」と言われ、日がな1日ぼんやり過ごした日もある。



羨ましかったが、性同一性障害でトモコがさやかの事を高校時代ずっと好きだったが、さやかが、兄ミタカを好きな事を知って、応援してくれていたトモコには、幸せになって欲しかった。


そんな大学時代から社会人になっても、生活は変わらず続いた。


合コンに誘われても、付き合い程度に参加して帰った。


社会人2年目、部署が変わり、人も変わったが、同じ部署に石田ヨウタだけがいた。向こうも、あっと言う顔をしたが、1年目と変わらず同じ関係は続いた。



そんなある日、石田ヨウタと二人で残業になってしまい、帰りの終電まで一緒になった時だった。



ガラガラの終電で、二人で座っていたら突然、石田ヨウタが口を開いた。




「佐藤さん、俺の話は聞いているけど、話の底にある心は聞いていないよね」


石田ヨウタに初めて言われた言葉だった。


「そうですね」

終了した、某有名お昼番組のような返事しか、さやかには、出来ない。なぜなら、本当だからだ。


「佐藤さん、本当は弱いくせに、強がりですよね・・・めんどくさい人だな、ははっ」


「・・・・・」

さやかの同期の石田ヨウタの第一印象は、当たっているけど、何だこの男は、ははっじゃないよだった。



それから半年後にまさか、この石田ヨウタと自分が婚約するとは、さやかは夢にも思わなかった。


ずっと兄ミタカを想い、独りで仕事をし、歳をとり、独りで死んでいくものだと思った。


さやかと結婚した石田ヨウタは、金木犀の香りのような人だった。


金木犀は、秋に突然咲きだすと、むせる程の甘い香りで街中を包み込み、散ると、一体どんな香りだったのかは、明確には思い出せない、不思議な花だとさやかは、思っていた。



石田ヨウタは、さやかにとってそんな人だ。



私が好きになる人は、みんなオレンジ色だ。

独りでさやかを呼んだ病室の父親も、リビングで会った兄ミタカも、兄ミタカの母親の土田ヨキナも、夕日のオレンジに染まる。


そして、金木犀のような石田ヨウタも、金木犀のようなむせ返るような甘さを残したかと思えば、消えて忘れてしまう金木犀は、オレンジ色だ。



さやかは、オレンジ色が好きになった。







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