第7話 両親

父親が独りで亡くなってから、母親の再婚相手の父親は、なおさら、さやかに馴れ馴れしくなった。



「さやか、血はつがらないけれど、これからは、お父さんと呼びなさい」

実の父親が死んだ次の年の春、さやかが中学生に入学した時だった。


母親から小学生のさやかに、母親はそう言った。


ただですら、苦手だった母親の再婚相手を「お父さん」と呼ぶのは、さやかにとって、ほとんど母親の命令だった。


「無理して呼ぶことはないんだよ?今までみたいに、おじさんと呼んでくれて」

そう言った母親の再婚相手は、まんざらそうでもなく、笑ったので、家に居場所がないさやかは、ますます追い詰めらた。


兄ミタカの父親を「お父さん」と呼ぶ度に、さやかの口から出る「お父さん」は独りで亡くなった、さやかの本当の父親であり、虚しくなる。


用事がある時に、小学生のさやかが「おじさん」と呼ぶと、台所にいた母親が振り向き、不機嫌そうに、さやかを睨む。


「お父さん」と言い直した、さやかの口から出た言葉には、何の感情もなく、口から出た言葉だけが虚しく、中身が空っぽのまま、床に落ちていった。


母親の再婚相手を「お父さん」と呼ぶ度に、さやかの心の中では、違和感が広がり続け、虚しさに苛まれた。



大人になり、自分も華の母親になってから、さやかは、あの違和感の正体を知る。


歪なのだ。


石田と結婚してから、さやかは母親の再婚相手を「おじさん」と呼べるようになった。


結婚当初、石田が「さやかが、お義父さんをお父さんと呼ぶ時、苦しそうだけど、あれ、何?」


もともと石田は、さやかと違い、何でもストレートに聞いてくる。


散々、悩んだ後「お父さん」と呼ぶ経緯を話したら、いつの間にかに、さやかは石田の前で泣いていた。


話を静かに聞いていた石田だったが、さやかが泣き終わると、ポツリと言った。


「さやかのお父さんは、亡くなったお父さんなんだろう?無理に、無駄に、さやかが泣くまで苦しむ事はないだろ」


それからは、素直に兄ミタカの父親を「おじさん」と呼べるようになった。


最初は、母親も兄ミタカの父親も戸惑ってはいたけれど、結婚してから心境でも変わったのだろうと、そのまま兄ミタカの父親は、さやかの「おじさん」になった。




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