5-04 クレオル・ハルトと月の山道。
5-04 クレオル・ハルトと月の山道。
♪ 月が出たら~旅に出よう~象に乗って~~。
なんて即興の歌を歌いながら山道を行く。下り坂も何のその。
真っ白な六本牙の巨象に乗って、とてとてと行く。
象はモース君であり、今はかなり大きい象に変身してもらっている。
額には六枚の花弁の痣。頭に金の王冠。背中には金糸で彩られた布がかけられていて鼻の付け根や足などに金の飾り輪がつけられている。まあそういうふうに見えるというだけですべてがモース君の変身である。だが大昔のインドのマハラジャみたいでなかなか嬉しい。
ただその歩みは軽快すぎでほとんど足音がしない。まるで軽い羽根が地面に落ちるような感じだ。
それもそのはずモース君、この状態で木々の枝の先を歩くことすらできるのだ。
空を飛ぶこともできる。
水と地の精霊であるモース君だが霧は空中を漂うのに十分な軽さを持っているし、モース君の姿のもとになった海から生まれた白象は空を飛ぶ象だ。
背中に小さな翼があるところがワンポイントである。
俺はと言えばそのモース君の背中で胡坐をかいて歌を歌いながら揺られていて、その前には先ほど助けた少女が乗っている。
名前はクレオル・ハルトというらしい。
頭の角の話はしたが、髪の色は深い紅できれいにおかっぱに切りそろえられている。切れ長の目のかなりの美少女だが、こういう美形がやるとおかっぱも迫力がある。
まさに『美』少女だ。
体つきはスリムである。つまりおっぱいはちっばいであるのだが女らしくないのかと言うとそんなことはない。くびれた腰のラインは絶妙で形のいいお尻のラインはとても艶めかしい。
まあ今は俺の手持ちのカーゴパンツをはいているので見えないが、さっき確かに見た。
そしてお尻の痣も見た。
なんでやねんと思うかもしれないが天魔族という種族の特徴で、お尻の上のあたりから腰に掛けて翼を意匠化したような文様が広がっているのだ。
これは魔翼紋と呼ばれる痣なのだ。
彼らはこの魔翼紋に魔力を流すことで空をかける能力を持つのだという。飛べるのは一時的なものらしいのだがこの話から彼らは別名翼人族とも呼ばれるのだ。
ただ俺が見る限りこの魔文翼の本来の機能は一時的な飛行能力ではなく魔力の制御器官と言うべきものだろう。これのおかげで彼らは
まあ魔力の流れを見ての判断だが…
そんな彼女と今、月明かりの下山道を下って行く。
本来ならば野宿をするべきところなのだがさすがに盗賊のアジトで一泊というのは恐ろしいらしく、彼女がどうしても肯んじなかった。
我儘として嫌だというのではなく、怖くてウルウルと涙目で拒否を懇願されるとなかなか無理強いもできない。まあかなり長い時間またせてしまった負い目もある。
あの後盗賊の死体を片付け、更にその場にあった穢れを浄化し、更に盗賊のため込んでいたお宝…などはなかったので装備品などを整理回収していたら盗賊の別働隊が帰ってきた。
そいつらを獄卒たちに始末させてまた死体処理をして装備品を回収した。盗賊らしく宵越しの金は持たないとでもいうのか金や換金性の高いアイテムなどはまったく持っていなかった。だが武器は自分たちが使うのを優先したのか結構いいものを持っていた。きっとそれなりのお金になる。
そんなことをやっているうちにかなり日が傾いてきてしまって、迎えに行ったときは涙目だった。結構ながい間一人で放置してしまったからな。
おトイレとか、おトイレとか、おトイレとか…
こういう世界なのでコンビニに借りに行くのもあり得ずとりあえず物陰に駆け込むのが定石だ。
うん、ごめん。
その後ここで野営をと言ったらおろおろぽろぽろだったので仕方なく夜間行を強行することにしたというわけだ。
◆・◆・◆
そこで改めて状況を聞いてみる。それによると。
「迷宮都市アウシールに向かう途中だったんです」
彼女はそう言って肩を落とした。
「えっと…実は私の両親は駆け落ち者で、母が天魔族。父が人族です。なので親戚とかはいません。その両親が先日亡くなって……最後に両親の友人だった神官様を訪ねるようにと…
それでそれまで住んでいた村を出てここまで来たんですけど…」
「その神官様って何処にいる人?」
「はい、迷宮都市アウシールの小さな神殿にお勤めだと聞いています…」
なるほど、俺と同じルートを選んだわけか。この峠を越えると近いからな。
「それで、ロッカの町で山越えの隊商を見つけて、乗せてもらえるように話をつけたんですけど…」
ロッカというのはこの峠の東側にある小さな町だ。
この峠は越えると東西の行き来がかなりショートカットできるのでそれなりににぎわっているのだ。まあ最近は盗賊の所為でいまいちだったらしいが。
峠を抜けるとセッタという町があり、当面の目的地はそこになる。
その行程のほぼ頂点で件の盗賊に襲われたらしい。
山道というのは
だがもっとやばいのが下りだ。
山道というのは構造的に曲がりくねっていることが多い。
この道にも九十九折の場所があるし、そこで馬車を走らせるのはほぼ自殺行為だ。道から外れて自爆してしまう。
盗賊にしてみれば実に狙いやすい獲物だったろう。
だがそう言う隊商は護衛をつけているものだけど…
「護衛は冒険者が一パーティー付いていました。他にも隊商の人は護衛を兼ねているということで…」
馬車が三台。護衛が六人で護衛兼業の従業員が八人。盗賊の数は二十五人近かった。とても対抗できるものじゃないな。
もともと盗賊が出たら荷物の一部を捨てて逃げるつもりだったのだろう。トカゲのしっぽ切りみたいなものだ。彼女は運悪くそこにいたから一緒に捨てられてしまったわけだ。
だがこれは倫理的にも法律的にも許されることではない。
町に着き次第手を打たないとな。立場があるのだよ。
さてあとこの子をどうするかだが…
「ときにクレオルさん、これからの当てってありますか?」
たぶんないと思うが一応。
そして案の定彼女は言葉に詰まってしまった。
『これから…どうしよう…お金も持ち物もクルマの中だったし…全部なくなってしまった…知り合いもないし…どうやって迷宮都市まで行けばいいんだろう』
小さな声でぶつぶつ言っているのが聞こえる。俺は耳もいいんだ。
話を聞く限り走っている(とはいっても低速)馬車から突き落とされたようなので荷物など持っているはずもない。
服も破かれてしまったので俺のカーゴパンツをひもで縛って履いているようなありさまだ。当然緊急ということでパンツもない。
上半身はシャツがかろうじて無事だったのでかえって現代風のガテン系女子みたいな服装になっている。
だが彼女自身のもちものはそれだけだ。お金も何もない。
このまま町に行ったって何もできないだろう。
『この簪はお母さんの形見だからダメだし…あとは体を売るしか…』
なんか危ない方に思考が進んでいるな。
確かに女の子であれば体を売れば多少のお金は稼げるし、そう珍しいことでもない。娼館はどの町にもあるし、大概は公営のものもある。
彼女ほど美人であれば公営娼館でも簡単に雇ってくれるだろう。一か月も働けばそれなりにお金も稼げる。
だがそれは後戻りのできない道でもある。
この世界でも処女性はステータスではある。良いところに嫁に行くような話になれば処女性は必ず求められる。
それは家の継続という意味で重要なのだ。嫁が処女ならば生まれてくる子供は自分の子供であるという保証になり、それは安心材料である。この国は遺伝子を残すということにそれなりに重きを置いているのだ。
なので若い娘が娼婦に身を落とすのはそれなりに重大事となる。
彼女も現状に気が付いて青ざめて震えている。
まあこうなると見捨てるわけにもいかないだろう。
俺のお役目は邪壊思念をできるだけ減らすこと。取り除くことだ。あれはそう簡単に増えるものではない。単によくない思いがあるとできるのではなくそのほかの要素も複雑に絡み合ってあれが生まれるのだ。
だが健全な精神、穏やかな場所にあれが生れないのは確か。
勿論そう言ったもろもろを俺がどうこうできるとは考えていないが、おれが見捨てたせいでこの子が転落人生など送ることになっては本末転倒だろう。
「私もアウシールに向かう途中だから同行しても構わないよ、勿論ただとは言わない、それなりに働いてもらうけど」
「え?」
彼女がびっくりしたように顔を上げた。
そして少しの間だけ考えて。
「あの…御助力をお願いします。お世話になった分はきっとお返ししますから」
うん、結構即断だな。
彼女からしてみれば俺は今日あったばかりのあやしい人だ。それを信用するかどうかというのはかなり難しい問題だろう。
だが世の中には一度しかチャンスのない物事というのは結構ある。
即断即決で決めないと二度とチャンスが回ってこないというたぐいの話だ。
まあ俺は見捨てるつもりはなかったけど、彼女の意志を尊重する気もあったのだ。
その意味で彼女の選択は『俺が彼女の先行きに協力する』という道を開いたことになる。
これはアウシールまではきっちり面倒見ないとだめだね。
とりあえず仕事を手伝って貰おうか。
俺の目には曲がった道の先に横転した獣車が見えている。
死の匂いもする。
おそらくここで盗賊たちに追いつかれたんだろう。
これも放置はできないよな。
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