5-03 冥の剣と邪妖精。

5-03 冥の剣と邪妖精。



 杖を一振りすると杖が通り過ぎた空間から黒い綿毛のようなものがはたはた現れる。

 冥の精霊虫だ。


 精霊虫はまるで風のようにさわさわと地に広がり、砕け散った死体に取り付くと正しい死のあり方を進めてそのすべてを土に帰してしまう。

 すべてのものを正しく世界に還元するこれが冥の力。


 俺はさらにもう一度大きく杖を振りかぶる。

 先端にはまった玉が輝き、杖から少し離れたところに弧状の光の板が発生する。同じ幅ですらりと伸びたその板はまるで刃のようで。杖の先に配置されたそれはまるで透き通った金色の刃を持つ大鎌のようだ。


 先端の玉を起点にし、自由に動くそれは時に薙刀のように、時に大釜のように、時に…つるはしみたい? まあ中々にカッコイイ武器だ。


 俺はその光の鎌を振り回し、その場に漂っているもやもやした黒い影を刈り取った。一つ二つ。つい今死んだばかりの穢れた魂たち。


「「ごがらがくがあがががががきくろおおおがぎごおぉおお・・・・・・・・!」」


 刈り取られたそれは先端の玉に吸い込まれ、そして音にならない苦鳴が空間を軋ませた。


「うんうん、これができるようになって魂の回収が楽にできるようになったよね。俺も腕を上げたものだ」


 さらに周辺を薙ぎ払い、この地にたまった穢れを浄化する。


 ついで杖を地に立てる。

 ピタリと静止する杖。そこを中心点として正確に六方向に魔法陣が展開する。そしてそこから武装した骸骨が湧き出て来る。


 骸骨ではあるがスケルトンのようなアンデットではなく冥神に使える『獄卒』という幻獣だ。

 クリスタルに銀を溶かし込んだような質感で水晶ドクロがイメージに近いかもしれない。


 それぞれが剣や槍、斧などで武装していて骸骨に合わせたような鎧も来ている。


 俺は六体の獄卒を率いて盗賊の後を追う。

 勿論どこに逃げたかは分かっている。

 精霊のいない場所などこの世界のどこにもないのだ。


 ◆・◆・◆


 そのころ盗賊のアジトは蜂の巣をつついたような騒ぎだった。


「どうすんだよこれから」

「にげなきゃにげなきゃ…」

「この野郎それは俺の取り分だ」

「なんだとこれは俺のお宝だ、はなしやがれ」

「ひいいぃ、死ぬ~死ぬ~死んじまう~」

「もうしません、もうしません、たすけて神さま…」


 バカじゃなかろうか? 今まで自分のやってきたことを考えれば助けてくれる神さまはたぶん邪神か何かだろう。どうせろくなことにならない。

 だったら大人しくあの世に引っ立てられて罪を償う方がいいだろうに。


「ねえ?」


 隣を歩く獄卒に話を振ってみたが困ったような顔で肩を竦められた。

 こいつら何気に芸が細かい。


 盗賊のアジトは街道から一段高くなった山肌の洞窟に作られていた。

 草に埋もれた細い急な坂を上るとその場所に続くけもの道にでる。


「なるほどこれじゃ見つからんよね」


 脇道は見事に草木に隠れていて容易に見つかりそうもない、いや、あらかじめ分かっていなければ難しいだろう。

 この話を聞いた村で何度か討伐隊が出たという話も、賞金がかかっているという話も聞いたがすべて徒労だったのはこういうことだろう。

 しかもその先にあるけもの道は無駄に遠回りしていて実はアジトはかなり近くにある。

 アジトの物陰に見張りを置いておけば追手は見張りの前を通った後大回りしてアジトまで行くような形になり、アジトにたどり着いた時はもぬけの殻ということもできてしまう。うまく作っている。


 今はよほど慌てて逃げたのかアジトまでの道筋があらわになってしまっているけどね。


「よし、突撃」


 俺の指示で獄卒たちがカチャカチャと音を立てなからアジトの洞窟に突入していく。


「ギャースケルトンだ!」

「なんで? なんで?」


「ぎゃー!」

「グべ!」

「ベジ!」


 悲鳴が聞こえてきた。

 俺が覗き込むと一方的な殺戮が繰り広げられていた。


 獄卒たちには過去の達人たちのデーターが組み込まれていて実はかなり強かったりする。

 すくなくともここの盗賊に太刀打ちできるようなものではないのだ。


 むちゃくちゃに振り回される剣を紙一重でかわし短剣の鋭い付きで致命傷を与えていく獄卒。

 かと思うと長い槍を巧みに使い狭い洞窟の中にもかかわらず盗賊を突き刺し切り裂きする獄卒。

 少なくとも剣や槍の扱いに関しては彼らの方が俺より上だ。

 俺だってこの四年ちょい。ジジイにしごかれてそれなりに腕を上げているんだけど勝てる気がしない。まあ格闘技なら何とかという所かね…


 そんな時。


「あれ…なんだ?」


 俺は変な手ごたえに気が付いた。

 獄卒が刈った魂はやはり地獄に送り込まれる。つまりまず俺のところに送られてくるのだ。俺はそれを無間獄に収監する。

 そうなのだ。言ってみれば向こうが送ってきて、俺が引っ張るような感触がある。

 なのにどういうわけか引っ張り返されるような手ごたえがあるのだ。

 そう、反対側で別の奴が同じようにそれを引っ張っているような…


「あっ、取られた」


 手の中にあった荷物をひったくられたような感じだった。これはまずい、なんかろくでもないのがいる。

 次の瞬間〝ドンッ〟という音がして獄卒が飛ばされてきた。


「あー、まずいかな」

 

 俺は即座に飛ばされてきた獄卒を送還する。

 彼らは死んだりはしない。冥力で作られた力場体のようなものだ。それでもデーターの蓄積で個性を持っていて、壊れると再起動までにそれなりの修復期間がかかるのだ。


 俺はすぐに全獄卒の後退を指示した。獄卒が撤退してくる。

 わーわーきゃーきゃーといった様子で俺の後ろに避難。なんか笑える。


 そしてその後を追いかけてきたのは歪んだ巨猿だった。


 三分の一が顔。どうしてどうしてそんなに顔がデカいのか! というぐらい顔デカい。

 そして巨大な右腕、逆に貧弱な左腕、足は短く関節が余計にあって全体としてひどく歪んでいる。

 そしてそのサルを取り巻く黒く悪臭に満ちた妖気。邪気。


「邪妖精かあ…」


 つまり邪壊思念の集合体が活動できるぐらいに濃くなって固まったもの。だがちょっとやそっとで生まれるようなものじゃないぞ。この盗賊たちどんだけ悪さしたんだ?


『ゴボアァァァァァァァァァァァァァァァッ!』


 邪妖精が右腕を振りおろす。巨大な右腕はその場にあった木を砕き、俺にせまってくる。


【アトモスシールド】


 この邪妖精、完全に実体化している。放っておくとまずいところだった。

 木を砕いた巨椀は俺が固定した大気の盾にぶつかって激しく火花を散らす。


 物理的な防御力では心もとない戦力比だがアトモスシールドは魔力のネットで大気の分子を固定する魔法だ。そして俺の魔力は常に冥属性を、命属性を帯びている。

 そして俺の中にあるフラグメントは冥府の欠片。向こうのエナをいくらでも供給してくれる。


 俺の冥力と邪妖精の邪壊思念が対消滅を起こしているのだ。邪妖精の手は分解され、再構築され、その後からまた分解される。


 アッガァアァァァッ!


 邪妖精がたまらずのけぞった。


 モース君がいると聖水噴霧が使えるから簡単なのだが、今モース君がいないからな。

 精霊は時間や空間に縛られていないから呼べば来るんだろうけど、この状況だと向こうの娘さんを放り出すのはものすごく危ない。


 何とかやるしかないかね。


【エレメンタルミスト】


 冥属性の魔力霧が周囲に満ちる。これも水を加えられないのが残念だがこれでも十分に役に立つ。

 邪妖精の表面で小さな火花が絶え間なく発生し始めた。


「よし、獄卒は矢で攻撃」


 俺の後ろに後退していた獄卒が武器を弓矢に持ち替えた。

 銀の矢を引き絞る獄卒。弓も矢も実体を持っているように見えるが実は冥力で作られた力場体だ。なかなかに効果覿面である。


 しかも冥属性の力場であるので俺には効果がない、どころか俺の身体を射た矢は俺の冥力で強化されてそのまますり抜け巨猿邪妖精を穿つ。


 ダオッ、ダオッ、ダオーッ!


 まあそれだけで邪妖精を倒せるほどではないがなかなかに良い攻撃だ。

 それを嫌ってか巨猿邪妖精は両腕をむちゃくちゃに振り回す。

 意味もなく…であれば多少の可愛げもあるのだがそこはさるものひっかくもの。振り回す攻撃は的確に俺を狙ってくる。


 俺はその攻撃をじっと見る。

 この四年間。伊達や酔狂で獣王なんて呼ばれる化け物ジジイに徹底的にしごかれてきたわけではない。躱して躱して躱しまくる。

 自分の身体をイメージ通りに動かせるようになったのはジジイとの特訓の最大の成果だ。


「でもこれって普通の人間だと無理じゃね?」


 邪妖精のことは知識としては知っていたが、実際に戦うのは初めてだ。その邪妖精を見て思うのはまずそれだった。


 こいつは生き物では無く邪気の塊ということなのだ。なので動きはありえないものになる。

 つい今右腕が剛腕だったのに次の瞬間左腕が巨腕に変わっていたり。

 振りぬかれた腕が鞭のようにしなって反対側に曲がったり。

 腰の所から一八〇度回転してこちらを向いたりとむちゃくちゃな動きを平気でする。


 魔力の流れを察知して動いている俺でなかったら間違いなくやられていた。


 おまけにこいつらの周囲には常に邪壊思念が揺らめいている。


 その効果がどんなものなのかは分らない。なぜなら俺がまとう冥の魔力場によって邪気が打ち消されているから。だがただの人間ではそばにいるだけで多大な影響を受けるのは間違いない。


 たぶん邪壊思念に侵食されて面白くないことになるだろう。


「やっぱりこいつらは野放しにできない」


 攻撃を避けながら俺は杖の先に展開されたブレードで邪妖精を切り刻む。攻撃をかわしながらすれ違うように切り裂く。


『ゴッパアッ!』


 ブレードが通過するたびに邪妖精を構成する邪壊思念が大きく削られる。

 使われているのは回収された盗賊たちのエナだ。精製されたエナで相殺していく。

 帳尻の合う話だ。


 ある一点越えたところで大勢は大きくこちらに傾いた。邪妖精が薄くなって十分な圧を保てなくなったのだ。

 邪妖精の攻撃は威力を失い、俺の攻撃はより効果的に敵を削る。

 なので…切る切る切る切る切る切る切る!


 いつしか邪妖精は薄い幽鬼のように揺らめくだけになる。

 俺は杖を手繰り寄せ、くるりと回し、先端の玉に力を集める。鎌は消え、同時に三枚の板状の羽根が展開する。そして…


「破ーーーっ!!」


 槍のように突き出された杖から幾重もの螺旋を描くようにエナの乱流が打ち出された。


 グオォォォォォォォォオォォオォォッ!


 その力は邪妖精を完全に飲み込み、打消し、消滅させる。

 完全な勝利だった。

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