4-06 始まりの迷宮① 探索スタート

4-06 始まりの迷宮① 探索スタート



 迷宮の中は一言で言うと遺跡の中のような構造をしていた。石の柱があり、石の壁があり、石の床がある。様々な魔獣。幻獣の石の彫像などもあり、かなり面白い。

 床は土で埋もれたところや水たまりがあり、壁が入り組んでいて迷路のように見える。

 空間は広くて木の生えている所や草が生い茂っている所もある。

 これが地上にあったら本当に遺跡だろうと思われた。でもここは迷宮だ。


「さて~、ここからそのナンチャラ虫を探すんだね」


「葉化蟲ね」


「でもどこにいるのかなあ」


 それが分かれば苦労はしないのである。

 この葉化蟲、凶悪な能力を持つ割りにあまり警戒されていないのは偏に『超レア』だから。


 そうだよねえ…こんなヤバイ虫が沢山いたら大騒ぎだよねえ…めったに出ないからみんな警戒しない。日本でもあったよ、マダニとか…ヤバイのわかっているけど滅多にいるものじゃないからみんな気にしない。しても仕方がない。

 ふつうは出くわさない。


 そう言う感じなのだ。


 あのお姫様今回はとことん運が悪かったということだ。間が悪いとか、そう言うことってあるものだ。


「とりあえず急ぎましょう。まずは何らかの魔獣を狩らないと」


 これもエスティアーゼさんから指示された話だ。

 この虫は吸血虫なので血の匂いに反応する。もっと正確に言えば血の通った生き物の中にある血の気配を感じ取るらしい。


 思うに代謝が活発な生き物に反応するのではないだろうか? だから大人よりも子供により集る。まあ血だまりにも反応するらしいから魔物を狩ってその血を虫のいそうな場所の近くに溜めておけば出て来る可能性はあるということだ。

 魔物とは言っても食用になるものも多々あり、食用ということは血抜きもするので一石二鳥だ。


「そうね、でもそれまで素通りというわけにはいかないわ」


 そう言ったのはフロリカさんだ。そして腰にさしていた小刀をスチャッと抜き放った。

 その様子に俺達は騒然とした。目が何か逝っちゃってる感じなのだ。


「ふっ、フロリカ、何をするつもり」


 一番焦ったのはフロリカさんの一番近くにいたロッテさんだった。

 フロリカさんはお姫様が迷宮に潜ったときにも一緒にいた騎士さんで、まあそれはロッテさんも一緒なのだが、ロッテさんが少しふわふわしたところがあって落ち着いて見えるのに対して、彼女は最初からものすごく余裕がなかった。

 まるで自分の所為でお姫様があんなことになったかのように…


 フロリカさんは危ない目でロッテさんを見て息を荒くしている。


「ま…まさかそれで私を刺したりとか…」


「あーなるほど、人の血をおとりに使うのか…」


 ついぽろっとでてしまった。


「ひっ」


 ロッテさんがひきつった声を上げる。

 シャイガさんやフフルも止めようと身構えたが…


「なに言ってるのあほねえ…こうするのよ」


 彼女の行動は俺がたぶんそうかなと思っていたものだった。彼女からは他者に対する害意が感じられなかったから。彼女から感じられたのは強い、多分これは自責の念だ。


 フロリカさんは自分の手首をすっばっと切って見せた。

 ためらい傷も何もない思い切りのいい一撃だった。血がバタバタと地面に落ちる。


「フロリカのおバカー!」


 ロッテさんの非難は適切たと思う。ここまで行くとおバカの誹りは免れまい。

 フロリカさんは持っていた布を手首に当てる。

 血止めのためじゃない。明らかに血を吸わすためだ。ここまでやる人がいるんだねえ…


 エルメアさんがすっと近づき手を掴みひねり上げる。血止めのためだ。


「なにあほな事やってるの! こんなことしてもお姫様の役には立てないでしょう!」

「し…しかし…」


 フロリカさんの目には涙が浮かんでいた。

 こういう馬鹿な人は嫌いじゃない、嫌いじゃないよ。


 俺は素早く近づくと【リペア】の魔法を起動する。これは傷を高速修復する魔法だ。遺伝子という知識がないと効果がかなり下がる魔法だ。

 だが俺が使えばフロリカさんの傷はあっという間にふさがってしまう。

 この時傷口をちゃんと合わせるようにしないとあとが残るのだ。なんといっても再生を加速する魔法だからね。まあ傷口を合わせても多少の痕は残る。だから【イデアルヒール】を無詠唱でぶち込む。この程度の傷なら見えないくらいになるだろう。


「あっ…」


 なくなっていく自分の傷を見てフロリカさんは悲しそうな声を上げた。

 そうか、これは彼女にとっての贖罪なのか…酷い言い方だけど自分を痛めつけることで少し良心の呵責から逃れることができる。悲しい、だけど意味のない贖罪。


「さっ、傷も治ったし、速くお姫様を助けよう…一番いいのは少しでも早く虫を捕まえることだよね。こんなことに時間を使っているのはもったいないよ…」


 俺の言葉にフロリカさんはハッとして顔を上げる。

 その後ロッテさんに叩かれ、エルメアさんに説教されて再起動。

 どうやら造血にも効果があったようだね、俺の魔法。


 しかし血はもったいないので使わせてもらうことにする。


 お姫様がこのフロアで刺されたことは分かっている。だがどこで刺されたのかは分かっていない。野営などの時間が怪しいのだが、刺されたのが夕方となるとそれも考えずらい。ということだった。

 だったらこのフロアの樹を草を一つずつというか一か所ずつ調べていくしかない。


「そこでフフル君の出番です」


「なの?」


 どういうこと? 首をかしげるみんなに俺は説明した。フフルは妖精族で精霊に干渉できる。そしてケットシーは風の精霊と相性がいい。風と土の精霊とだ。

 なので緩やかな風を起こして特定範囲に血の匂いを循環させてもらう。

 これで虫がいれば反応すると思う。


 動きがあれば鋭敏な獣人族の二人に魔獣のフェルトが見逃さないと思う。


 俺は魔力を使った知覚で探しているのだけれどこれがうまくいかないのだ。

 反応がない=いない。だから次に。と言い切れればいいのだが、どうも迷宮というのは魔力の濃度が高くって色々見えづらいのだ。これだと見逃す可能性もあるので物理的な動きを察知できる方々に頑張ってもらおう。


 その上で地道に探すしかない。


 俺の進言でフフルが範囲を特定してその範囲の風を操る。

 そしてエルメアさん、ルトナ、フェルトが耳を、感覚を澄ませてその範囲を索敵する。動く物はありんこ一匹見逃さない体制だ。


 そして他のメンバーは周辺警戒。まず最初の場所は…


「ここにはいないわね」


 出てきたのはでっかいカブトムシだった。

 ぷすっと止めをさして一応しまっときます。何に役立つかわからないから。


 あとで知ったのだがこのカブトムシ、幸運のお守りとしてものすごく人気があるものだった。金運アップだそうだ。標本にして売るとものすごい高値で取引されるレア虫だそうだ。


 次に移動。その時に…


「あっ、犬さん」


 ルトナが犬を見つけた。まあ犬さんと言うほど可愛くはない、痩せてて目がぎょろっとしていていかにもやばげな魔物だ。


「飢犬です、低位の魔物ですが攻撃力はありますし、噛まれると毒や病気になることもあります」


 つまり『ばっちい』ということだ。


 少し持ち直したフロリカさんが教えてくれたため危険を避けてさくっと討伐。

 あっさり殺しているがこれも結構危ない。人間というのはかなり脆弱な生き物で、野生動物に能力ではまったく勝てないのだ。だから武器を作り、集団をつくる。

 地球で言えば中型犬でさえ本気になれば人間では歯が立たないらしい。まして飢えた魔犬においておや。


 まあ、ちゃんと武器があって訓練していればたいしたこともない。ともいえるのだが…


「よし、これで大量の血が確保できたわ」


 わーい、パチパチ。

 しかし血か…うーん、血を抜くいい方法ってないかなあ…


 首を切られ血を絞られている飢犬を見ながら俺はそんなことを考えていた。



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