4-05 クエスト

4-05 クエスト



「おおっ…」


 王様が震える声でベッドに歩み寄った。その様子は本当にお姫様を愛しているのだというのか見て取れる。クラリス様もサリア姫を抱きしめて涙ぐんでいるんだけど…


「クラリス様…まだ全然終わってないよ」


「なんじゃと」

「そっ、そうでした…」


 クラリス様は決然と立ち上がった。


「おかあしゃま…」


 少しろれつが回ってないのかサリア姫がたどたどしい喋り方でクラリス様を呼び止める。


「サリア…もう少し頑張って、必ず治してあげるから、必ず助けるから…負けではいけませんよ」


 こういうのが高貴というのだろうか、不安だろうにサリア姫も涙をぬぐってうなずいてみせる。

 その姿は俺が前世で見た病気と闘う人たちと、あの勇敢な人たちと変わることのない健気さがあった。その瞬間、俺は何があってもこの子を助けようと心に決めた。


 たぶん変な絵面だったと思う。

 先頭を切って歩く俺、その後ろにクラリス王女が続き、更に国王陛下が続いている。他にも王国の要人たちが子供に率いられるように歩いているんだ。傍から見たらちょっとした見ものだったろう。

 俺達の足は自然と早まって行く。彼女を助けるためにもエスティアーゼさんの話を聞かないといけないのだ。


『よしよし、これで時間が稼げる。さあ、どんどん行くのじゃ、次はの…』


 魔道具の向こうでエスティアーゼさんが頷く。彼女から次のミッションが発動された。

 まだまだ先は長そうだ。


 ◆・◆・◆


 まず俺の使った【キュア】という魔法は毒やウイルスを魔力で固めて不活化する魔法だ。毒やウイルスというのは人体にあるレセプターと接合することで悪さをする。

 つまりこの魔法はそれができなくする魔法なのだ。イメージとしては機械があって悪さをする部品がある。この部品をボンドで固めて機械と接属できなくしてしまうそう言う魔法だ。

 なので毒などに対してめっぽう強い。


 だが今回の場合は毒ではなく寄生虫だ。住血線虫とかそういう物だ。これも異物なので魔法で固めることができる。だが生き物なので固まったままにはならない。いずれまた動き出す。

 動き出せはまた赤血球を破壊するし、毒も出す。

 つまり一時しのぎにしかならないのだ。


 なのでこの虫を破壊する薬、いわゆる『虫下し』が必要になる。それには大本になった虫が必要になるらしい。つまり葉化け蟲の捕獲が必要になる。

 なので速やかに葉化け蟲を捕獲(死んでいても可)すべし、という指示が出た。

 俺達はすぐに王都の迷宮に向かう。


 迷宮の名を【始まりの迷宮】という。


 ◆・◆・◆


 この王都の迷宮はその周りが綺麗に整備されている。王都の中にあって常に人の出入りがあるので大きな広場のようなものだ。直径数百mの広場。

 現在は夜なので少ないが昼間は屋台なども沢山出ていてかなり賑やからしい。


 構造は中心に地下に降りる階段があり、その周辺はコンクリートのような物で作られた建屋でおおわれている。

 それを囲むように衝立状のこれまたコンクリートのような素材でできたかなり分厚い、そして幅の短い壁が立っていて迷宮からまっすぐには進めない構造になっている。


「これは迷宮から魔物があふれたときに一気に抜かれないようにするためです」


 案内役の騎士さんがそう教えてくれた。女の人で騎士の鎧よりも軽い鎧を身につけている。


 彼女の説明によるとつまり城下町のような構造なのだ。


 さらに外側には頑丈な箱型の、しかもシンプルな建物があり、ここは町の商人に『店舗』として一日いくらでレンタルされている。

 迷宮というのは色々と必要なものが多く、当然町の中でそれなりに整えては来るらしいのだが、足りないというような場合もままあり、そういう人たちはここで買い物をする。

 武器屋もあるし修理屋もある。あと食べ物屋が多いらしい。


 この長屋状の建屋も頑丈にできていて、魔物があふれたりしたときは防壁として活用されるらしい。


「もっとも氾濫はここで冒険者たちが狩りをするようになってから一度もないんですよ」


 実にフラグっぽい話だが建国期の間引きが少ない時に何回かあっただけでそれ以降は魔物の反乱というのは一度もないらしい。


「こちらで少々待ちください」


 俺達は案内の騎士さんを見送った。

 入り口の建屋は人の作業スペースもあって、ここに衛士と冒険者ギルドの職員が常駐していて、出はいりする人を監視している。

 迷宮を犯罪に利用されないための措置でもあるし、また冒険者や訓練にやってくる兵士や騎士の安全確保のためでもある。


 つまりそれなりの人物が帰ってこないようなときに助けに行くためということだ。

 冒険者なんかでも保険に入ってればある程度は救助隊を派遣してもらえるらしい。


「また迷宮だね、ドキドキするね」


 そう言う場合でもないのだが戦闘狂の気があるルトナは何か期待するものがあるらしい。それはエルメアさんも同じだ。

 なぜ俺たちがここに来たかというとそれは他になり手がいなかったからに他ならない。


 いかんせん夜であるのですぐに人では集まらない。いや、冒険者ギルドで『緊急依頼』を出せばそれなりに人は集まるのだが、それでも手続きに時間がかかる。

 だったらその場にいる俺たちが出向いた方が早いじゃん。という話になったのだ。


 姫様に魔法をかけるために俺は残った方がいいのでは? という話も出たのだが、虫を確実に捕獲するために、良好な状態に維持するために俺の魔法が必要というエスティアーゼさんの意見もあり、俺が出向く方が効率がいいということになった。

 お姫様に掛けた魔法も数時間は持つらしいのでその間に虫を捕まえて戻らないといけない。


 場合によってはおれとシャイガさんと案内の騎士たちだけでと思ったのが、エルメアさんたちに一応話を通したらいきなりしゃっきりした。

 さすが戦闘民族だ。

 メンバーはいつも通り俺、シャイガさん、エルメアさん、ルトナ、フフル、フェルト、案内の騎士①フロリカさん、案内の騎士②ロッテさん。の八名だ。あれ七名と一羽か? あれ?


「こちらですどうぞ」


 フロリカさんに呼ばれて俺達は迷宮に足を踏み入れた。


 まず一層目は石造りの通路になっている。味もそっけもない石造りの通路だ。迷宮にありがちな空間的な不思議もない。


「この迷宮の大きさはあの広場の大きさと同じなんです」


 とロッテさん。


 直径で五〇〇mほどのフロアが下に向って何層も何層も積み重なった構造。それがこの『始まりの迷宮』だった。


 ゆっくりと下り坂になっている迷宮の通路を足早に走り抜ける。

 中央からへりに向って移動する感じだ。曲がりくねってアップダウンがあって、走っているといい運動になる。迷宮は体を鍛えるに最適だな。

 当然行き止まりもあるがフロリカさんは道を知っていて正確にお姫様と共に進んだ道に案内してくれた。


 今俺たちが進んでいるのは西に向かう道だそうだ。


 迷宮二層への扉は東西南北に一か所ずつあり、二層目は縁の入り口から中央の下り階段まで進み、三層目は逆に中央からまた縁の階段まで進む。という構造らしい。どのルートを通っても下に行けるのだ。


 お姫様が刺されたのは第二層ということで割とすぐだ。そしてここからが本番だ。


「うわー、面白い」


 二層に足を踏み入れた時ルトナはそう声を上げた。やっぱ迷宮凄いわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る