4-04 緊急事態
4-04 緊急事態
お城は一気に騒然とした。
武器すら必要のない子供が踏んだだけで(気持ち悪いけど)簡単に殺せる程度の魔物なのだが問題はこの虫に刺されると高い確率で病気にかかり、命を落とすことがままある。
大人であれば致死率は五割ほど。子供だと…
しかも病気を乗り切っても四肢に大きな障害が残ることでも知られていてかなり忌み嫌われる魔物だった。
そんな虫にお姫様が刺されたわけだ。大騒ぎになって当然だった。俺達のことなどすっかり忘れ去られても仕方がないことだと思う。
そんなん話を冒険者として長い二人から聞いていると執事みたいな人が出てきて今日は立て込んでしまったからと帰宅を進めてくれた。
勿論新しい家への案内も付けてだ。やっぱり有能な人はいる。というか国の中枢たるここに無能がいたらたまらんかもしれん。
ありがたい申し出ではあったが俺達は後ろ髪を引かれる思いだった。
クラリス様のことも心配だし、刺されたお姫様というのは8歳になったばかりの女の子だ。これを心配するなと言うのはなかなか難しい。
だが平民…じゃないけど俺たちが余計な心配をしても口を出せる立場でもない。のだが…
「お姫様大丈夫かな?」
見よこの子供の突破力。えらいぞルトナ。
「その魔物に刺されたらどうやってなおすの?」
そして俺便乗!
だがその一言で空気が凍ったような気がした。
執事の人も案内に付けられた人も重苦しい雰囲気で押し黙ってしまった。
シャイガさんもエルメアさんも何も言えないような感じだ。
これはつまり自然治癒を期待するしかないということか?
「だったらあのひとしらないかな? エルフのエスティアーゼさん。 ずっと森の中で虫にも随分詳しそうだったけど」
これは嘘ではない。エルフはあの森で、森にあるすべてと共に暮らしている。森にすむ魔獣や魔虫も随分上手に利用していたし脅威となるものにもきわめて詳しかった。
「そうか、エスティアーゼさんあたりなら何か知っているかもしれないな…」
それは内輪だけの会話だった。声もあまり大きくはない。だが執事の人は反応した。
「しょ、少々お待ちください」
そう言うと廊下を吹っ飛んでいく。
まあ走り方が早歩きのようなスススという物なのでそこら辺はさすが上級執事。ただ名乗るのを忘れているあたりかなりあわててはいるのだろう。
◆・◆・◆
暫くすると執事の人が再び俺たちの前に現れてクラリス様がおよびなので同道してほしいと言ってきた。
勿論否やはないが、王宮に入ったのも午後であったのですでに夕暮れと言っていい時間だ。
そしてまったりと何もせずにいると、やつがやってくる。『睡魔』という最強の敵が。
まあつまりルトナは眠ってしまったのだ。
俺も半分寝ていた。
だが呼ばれたのは俺がメインであるらしい。
「長く御引止めして申し訳ございません。お部屋を用意いたしましたので、本日はそちらをお使いください」
執事さんは深々と頭を下げた。
うん、もうそう言う時間だな。
シャイガさんたちはさすがに恐縮していたが、そちらの都合で引き留めておいてあとで追い出されたりしたら本気で引越しを考えるべきだ。別の国に。まあそんなことにならなかったのは重畳。
で、案内されたのは王宮の表と呼ばれるところにある奥まった一室。
「呼び出してごめんなさいね。どうしても協力がほしいの…」
『おっ、来たか、元気じゃったか?』
「あっ、エスティアーゼさんだ」
部屋の中央に台座があってそこに丸い球体がおかれている。結構大きくてサッカーボールぐらいある。その水晶のような球体の中にエスティアーゼさんが映っていて、しかも声が聞こえる。
『そうじゃワシじゃ、吃驚したじゃろ、これは『伝信の晶球』という魔法道具じゃ、わりとポピュラーな魔導具でな、どの国も数個ぐらいは持っとるよ、ワシも持っとるしクラリス嬢ちゃんも持っとる』
うん、多分固定電話みたいなやつだな。なるほど、キハール伯爵ともこんなので連絡を取り合っていたのか。その水晶の中でエスティアーゼさんは言った。
『良いかディア坊、詳しい話をする前にやらねばならんことがある。まずクラリス嬢ちゃんの娘、サリアと言ったかの、その娘に魔法をかけろ、キュアの魔法じゃ、じゃがまず話を聞くのじゃ、魔法にはイメージが大事じゃ、じゃから話を聞くのじゃ』
くどいほど言われたがなぜかは聞いて分かった。
キュアの魔法は本来病気や毒を治す魔法だが、それは体に入った不純物を魔力で固めて不活化し自然に体外に排泄させるという魔法だ。だがこの魔法を十全に使える人間はいないのだという。エスティアーゼさんは失われた知識の中にそのカギがあると考えていて、空間という考え方を持っていた俺ならばと考えたらしい。
俺からすればこの魔法うまく使うには細菌やウイルスの知識がどうしても必要になるということで、今の世界にはその手の知識が少ない。バイ菌ぐらいは分かるらしいがウイルスなどは知識として存在しないのだ。
だがわかっていることもある。
エスティアーゼさんの話によると葉化蟲に刺されるとそこから本当に細かい微生物が体内に広がってしまうのだそうだ。
この微生物は一種の寄生生物で生き物の体内でヘモグロビンを食べて壊してしまう。エスティアーゼさんは『血を食って極度の貧血、呼吸困難、手足の壊疽』といったが多分そんなものだろう。
手足の壊死は増殖しながら末端にこの虫が集まり、そこで血管につまり、更に腐敗毒を出すことが原因らしい。
人間の身体は一時間も血が流れないと壊死を始める。
つまり葉化蟲に刺されると四肢が先からどんどん腐って行ってしまうのだ。
『じゃがお前に教えたキュアの魔法ならこの毒を無害化し、更にこの微生物を一時的にじゃが無害化できる』
「よしきた」
つまりこの微生物と毒を排除するようなイメージで魔法を使えと言うことだ。
一時的なのは微生物が生き物だかららしい。
毒のような化学物質ならば完全に固定してしまえる魔法だが寄生虫のようなものには効果が薄く、一時的にすぎないのだそうだ。
俺はクラリス様に先導されて奥宮と呼ばれる王族の生活スペースに踏み込んだ。ほぼ全力疾走である。この王家は非常におおらかな家系で、国王や王女や王孫達が普通の家族みたいに一緒に暮らしているらしい。なかなか好感が持てる。
だから目の前に一人のおっさんが現れたことも落ち着いていられた。
そこは姫さまの部屋で、大きな天蓋付きのベッドに横たわるお姫様の脇で一人の男性が腰かけていたのだ。
俺達が部屋に入ると彼は立ち上がって…
「クラリオーサ、どうじゃった!」
「はい、父上、何とかなるかもしれません、デイアちゃんこのおじさんが王様だけど後回しでいいからお願い」
王様酷い扱いだ!
赤い地に金糸で彩られたローブ風の服を着たその男性はすらりと長身で、しかもしっかりとした筋肉の付いた偉丈夫だった。
眼光は知的で意思が強そうに見える。なかなかカッコイイ。
そしてつるっぱげで後ろ髪と髭をは延ばしていて、つるつるの頭には細い金環。髭の銀色、目の青色とよくマッチしている。繰り返すがかなりのイケメンだ。
禿なのにここまでかっこよく見える人というのは初めて見た。
ちょっと見とれていたらクラリス様にひょいと持ち上げられてベッドの脇に運ばれた。
お姫様はかなりきれいな子だった。
布団の中なので詳しいことは分からない。特徴は髪が金色だということぐらいか。
ベッドに横たわり苦しそうに息をしている。
その脇で一生懸命魔法を唱えているのはたぶん王宮のお医者さんだろう。老齢の男の人だ。必死なのはわかるがちょっと邪魔だった。
「魔法やめてください」
「ほえ?」
おおっ、スゲーいい切り返しだ。だがここでヒールを連発されても意味がない。
相手は寄生虫だ。ヒールで体力を回復しても意味がない。それにたぶんこのやり方だと寄生虫の方にも魔法が回っている。
俺は彼が一瞬顔を上げた瞬間に【キュア】を起動させた。やり方はずいぶん慣れてきて『対象目の前の女の子・異物除去・キュア・起動』と指示を出す感じだ。
すでに使い方に慣れてきていてイメージだけでいいのだが、イメージを固めるために補助的な情報を口にした方がいいのが分かってこうしている。
お姫さまの身体を光が包み、その光が浸み込んでいくころにはお姫様はかなり楽そうになっていた。ついでに一発、イデアルヒールを無詠唱でぶちこんでおく。
赤血球の回復とかこれで少しはましになるかな?
そしてお姫様がゆっくりと目をあけた。
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