3-15 ドワーフの技を見た。すごいことはすごい。

3-15 ドワーフの技を見た。すごいことはすごい。



 それは迷宮からはずいぶん離れた場所だった。

 アウシールの町から西にずっと進んだ湿原地帯の只中。


 アウシールのこのあたりは西にある山脈から流れてくる水でとても豊かな水源を持っている。

 イメージしてほしい。まず起伏にとんだ大地がある。高い場所もあれば低い場所もある。大きくなだらかな丘が組み合わさっているような感じだ。

 高い部分は草が生え、草原のようで、低い場所はまるで皮のように水に浸され流れている。


 今は乾季なので陸地が多いが、雨期になると水かさが増え、丘も半分ぐらいは水に沈むらしい。


 はっきり言ってなかなかの絶景だ。

 アリオンゼール百景とかあったら絶対はいっている。そう思える光景だ。


 ただ残念なことにこのアウシール周辺は農作物があまり育たない。

 アウシールのすぐ西から南にかけては大きな農地が展開されているが収穫が悪く、また良い作物も育たない。


 この湿原もこれだけ水があれば多種多様な生き物があふれていそうなものなのだがそちらもかなり貧弱になっている。


 これは来てみて分かったが迷宮のせいだ。


 あの迷宮には邪壊思念というか生命を蝕むような力が確かに流れていた。

 その力がこのあたり全体にうっすらと広がっている。

 それが生き物の生育を妨げているとしか思えない。


「こっちのほうだでねえ、たぶん」


 俺を道案内してくれている若いドワーフさんが手招きをする。


 シダさんがつけてくれたお弟子さんだ。

 名前はエドさんだそうだ。本名は長いので聞いた瞬間忘れた。たしかエルドミリアムナンチャラカンチャラとか…しかも発音が『江戸』に聞こえる不思議…まあいいや。


 しかしドワーフって着ているもの以外で区別がつかない種族だな。

 シダさんとエドさんは非常によく似ている。どこが違うのかわからない。


「あれあれ、失礼なこと言うでないだよ、見ろおらの髭、親方とは似ても似つかないみすぼらしさだ。早く親方みたいな髭をもちたいだよ」


 やっぱりわからん。せめてゴーグルを外してくれるとどうにかなるのではないだろうか? 無理か?


「ほれここだ」

「あー成程…」


 目的地、到達。近づくとはっきり分かる。このいやらしい力が濃く漏れ出している所が見てわかるのだ。

 それは人一人がはいれるぐらいの穴だった。


「あの日はこのあたりまで来て蒸気機関のテストをしていただよ。ちょっと大物だったんでね、あの日も邪魔が入っただよ」


 たまたま商店会長に見つかり追い出されたらしい。

 で、この近くにきて実験をした。

 で当然のように蒸気タンクが大爆発。ドワーフが一人爆発に巻き込まれてここまで飛ばされてしまったのだそうだ。

 丸いドワーフのこととてよく飛ぶらしい。

 ちなみに飛んだのこのエドさん。


「よく無事だったね」

「あれ大したことはねえだよ、俺らドワーフってのは熱で火傷したりはせんし、衝撃にもめっぽう強いだよ」

「え?」


 俺は絶句した。

 妖精族というのは自分の属性の力にはものすごい耐性があるんだそうだ。風と水はエルフの味方。火と土はドワーフの味方。だからそれに触っても平気。

 マジか~羨ましい~。


「んでな、そのあとみんなが追いかけて来てくれて、ほれ、このあたり良い切り株とかあるでしょ? そんなもんでみんなでここでご飯さ食べたんだよ~。んでその内の一人がまたドジなやつで、持ってたパンをおっこどしてしまったんだ。こう、パンに野菜や肉を挟んだやつをころりんと、それが転がって、ふっと消えたと思ったらそこにこの穴が…」


 なんかどっかで聞いたような話だな。

 おむすびじゃなかったのが残念だ。


「そしたらよ、この穴の奥から声が聞こえるでねえの」


 まさか、まさかそうなのか…それはさすがにまずいのでは?


「もっとおいてけーって」


 そっちかい!


「んで俺たち怖くなって大急ぎで街さ帰ったんだけんど、ほれ、あの迷宮って独特の匂いがあるでしょ? 思い起こしてみるとこの気配もなーんとなくそれに似てるんでないのかなあ? なんておもったんよ」


 うん、それで大当たりだよ。多分ここはあの迷宮につながっていると思う。


「ありがとう江戸さん。助かったよ、これで何とかなるよ」

「ギルドのお役に立てたかねえ」

「うん、そりゃもうばっちり。(俺のお役にもばっちりたったよ)」

「そりゃー良かっただ。んじゃお茶でも飲んでかえるべー」


 なぜそうなる。


 ◆・◆・◆


 妖精族の行動パターンを人間と同様に考えるとは…


「ふっ、俺も若いな」


「なにいっとるだ、子供が」


 エドさんがドワハハと笑った。まあ落ちなんてこんなものだ。

 そのエドさんが何をやっているかというと豆をすり潰している。すり鉢とすりこぎ棒で豆をすり潰している。

 ゴリゴリゴリゴリやっている。

 お茶にしようかと言ってから既に10分ほどやっている。

 何してんの?


「豆をすり潰しておるだよ。この豆は細かくしてからお湯で煮出すとおいしくなるだよ。ヒーコの実というだよ」


 コーヒーじゃねえの?


 で、やっているのはかなり原始的な事なんだが俺はそれ以前にドワーフの技を見た。


 ドワーフは大地から生れいずるものを自由に加工できる。らしい。


 もっと言ってしまえば固い金属の塊をまるで粘土のように自由に変形、加工できるのだそうだ。

 俺の目の前で金属の塊を取出し、それを陶芸のように回転する轆轤を組み立て、その轆轤の上で鈍色の金属を粘土のように回し整え、すり鉢を作り出した。更に片方が太い棒、すりこ木棒までを作って見せたのだ。


 エルフが薬などを作っている所を見なかったのは失敗だったかもしれない。きっと同じぐらいおもしろ…非常識なことをやっていたに違いないのだ。


 まあそれはさておき、いつ終わるんだこれ?


「いやー俺はまだまだ未熟でさー、どうもうまくすり鉢が作れてないみたいなんだなあ」


 まあ、溝が大きすぎるよな、というか溝が平べったいよな。なんか豆が全部逃げてるよ。

 ここら辺が弟子というか未熟者ということなのか…仕方ない、ちょっと協力しよう。


「エドさん、まずこういうのだ」


 まずカップを作るべく指示を出す。カップの中心には軸を通す穴をあける。

 軸というのはろくろを回していた魔法道具マジックアイテムの軸だ。


 エナモーターの亜種らしい。魔力を流すと回転する。


 その軸に羽をつける。二枚の羽、つまり二枚のブレードをつける。

 切るというよりも叩き砕くためのブレードだ。

 全部エドさんに基本的な形を作ってもらって細かいところは俺のデザインカッターで調整する。


 そう、もうわかっただろうか。

 電動ミルを作ったのだ。電動じゃないけど。


 ギュワァァァァァァンという音を立ててカップの中でブレードが回ってヒーコの実が粉々に砕かれていく。

 あっという間に完成だった。すごいな文明の利器。

 エドさん大喜び。


 その結果。


「にっがーっっ」


 俺今子供舌だった!

 すっごい苦い。

 わー懐かしいなーとか言って飲むんじゃなかった。

 というかもともと俺ってばコーヒー飲まない人だったよ。心臓が悪いとダメなんだよ。全然懐かしくないじゃん。


「うまい! ナハハッ、ヒーコは子供には無理だっただか…まあドワーフしかのまないものだでね。この刺激がいいんだが」


 この世界のドワーフはコーヒー好き。

 やっぱり現実というのは色々フィクションを上回ってくるなあ。主に斜め上に。


 ◆・◆・◆


「さて、ではそろそろ帰りましょう。このことをギルドに報告しないといけませんから」


 報告? しないよ。まずメイヤ様に頼まれたことをやってから。

 でも子供が一人で迷宮に入るなんていくらエドさんが突拍子もなくても見逃してくれるはずもない。ここはいったん帰ってでなおして…


「あー、しまっただー。親方にこじはんまでには戻れっていわれていただよ~。えらいこっちゃー」


 帰る話をしたら何を思いだしたのかエドさんは飛び起きて一人で走り出した。

 目から涙がちょちょぎれている。

 よっぽど恐ろしい何かが待っているんだろう。


 ご愁傷様…


「さっ、これで迷宮にはいれるね」


 俺は口をあけた穴の中に身を躍らせた。

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