3-13 噂
3-13 噂
蒸気機関という言葉はよく聞く言葉だ。
スチームエンジンでもいい。
水を沸騰させて蒸気にしてその力でものを動かす。そのくらいは想像がつくだろうがそれがどういうものなのかわかっている者はあまりいないと思う。
もっと身近なガソリンエンジンだって専門家でなければ構造などわからないだろう。
いきなり話は飛ぶがこの世界には逢魔時というのがあるらしい。
魔物が活性化して人間が大迷惑をする時期だそうだ。
この時期には異世界から人が渡ってくることがまれにあり、シダさんの言う勇者というのもそう言う異世界からの来訪者の一人であったようだ。
しかも西部開拓史時代のアメリカ人。
俺も良く知らないが蒸気機関車が走って馬に乗った盗賊がやってきてバキューンバキューンだ。
すみません、この程度のイメージしかないんです。
そんな時代だからこの勇者さんが蒸気機関のことを詳しく知っていたとは思えない。
事実シダさんに伝えられたのは蒸気の力でものすごく力のある機関車を動かし、たくさんの人と物をすごいスピードで運んでいた。というものだ。
その話を聞いてシダさんは『蒸気機関車を作ろう』と考えたらしい。
だがそれから長い時が流れ、それは失敗の連続だった。
なぜなら蒸気機関というのは吹き出す蒸気の勢いでものを動かすものではないからだ。
蒸気機関はシリンダーとピストンで出来ている。
エンジンとはすべからくそうなのであろうか?
このシリンダーを蒸気で満たす。水蒸気だ。満たされた水蒸気はピストンを押し上げる。
次にこのシリンダー内部の蒸気を冷やす。
蒸気は当然に水にシフトする。
するとどうなるか? 蒸気で満たされていたシリンダー内部はその内部を満たしていた体積を失いほぼ真空状態になる。
蒸気機関というのはこの真空の力を利用した機械なのだ。
真空の力はすさまじく、押し出されたピストンを凄まじい力で引き戻す。
どの程度の力があるかというと蒸気機関車を高速で走らせるぐらいに力がある。
そしてその後シリンダー内部を蒸気で満たし、ピストンを押し上げ、また冷やして真空をつくる。
このピストンの上下運動を円運動に変換するのが蒸気機関というやつだ。
はっきり言って俺もその理屈ぐらいしか知らない、詳しい構造など理解できないしできるとも思わない。
俺はその手の教育は受けてないからね。
だが数十年の探求の日々を過ごしてきたこのドワーフならばきっといつかそれを実用化してくれるだろうと俺は信じている。
なんて日記風にまとめてみたが当のドワーフは新しいアプローチとその可能性に夢中になってすでにこっちのことなど構っていられないようだ。
多分意識にも上っていないだろう。
俺は肩をすくめてその場を後にした。
うちの女性陣はまだ帰ってきていない。一応伝言をシダさんに頼んだが…無理かもしれない。
一応張り紙しとくか。『さきにかえります』と…これで良い。
商店街から出て大通りに出たときに一台の車が俺の前を通り過ぎた。
馬車の人間が乗る部分がそのまま車になったような乗り物だ。
驚くなかれこの世界には車が存在するのだ。
もともとは迷宮から発掘品であったらしい。ここの迷宮ではないよ。念のため。
で、動力は『エナモーター』電気の代わりに魔力を使って駆動するモーターと考えればいい。
ではそういうものがありなからなぜ蒸気機関などを研究しているのかというと、このエナモーターには欠点がある。
特殊な術式を刻んだミスリルなどの魔導金属に魔力を流すことで特定方向へのモーメントを発生させて動力を得るこの機関は大きくなっていくと幾何級数的に魔力の消費が大きくなるという性質を持っていた。
使用される金属量、使用される魔力量、運ぶ重さ、それらのバランスをとると地球でいう所の軽自動車サイズが適正で、大型トラックサイズになるととてもじゃないが採算が合わなくなるらしい。
この世界の流通のボトルネックだ。
シダさんは蒸気機関を持ってそこに風穴を開けようとしているのだ。
なんかドラマチックでドキュメント番組になりそうな話だよね、地球でなら絶対視聴率とれるよ。
シダさんの研究の成功をお祈りしましょう。
さて、迷宮に着いたぞ。
◆・◆・◆
せっかく一人になったのだからちょっと偵察くらい…と思ったんだがそうもいかないかな…
入口の所に柵が作られていてしかも見張りが立っている。完全に封鎖されている。
これではちょっこら入り込めないなあ、その証拠に。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ、俺達は迷宮に探索に行くんだ。せっかくいいネタ掴んだのに立ち入り禁止とはどういうことだ!」
「そうよ、迷宮は冒険者証があれば出入り自由でしょ」
俺じゃないよ。
迷宮の入り口で冒険者が数人見張りの人ともめている。
強引に入ろうとする冒険者を門番が押し戻している構図だ。
「なんと言われようとダメなものはだめです。これは冒険者ギルドと伯爵さまの決定です。今日から一週間、迷宮は封鎖されます」
うむ、見張りの人は大変真面目な好青年である。
見張りは二人いて二人とも真面目に仕事をしている。
冒険者は文句を言いながらも引き下がった。
さすがにギルドと行政府で封鎖した迷宮を力ずくで突破とかはないということだ。たぶん捕まる。
ということは俺も強行突破はできないということだ。困った。
いや、それは後回しだ。
今俺の勘を何かがビンビン刺激している。
迷宮で悪巧みをしている者がいる。その言葉が頭で渦巻くよ。
「ねえ、お兄さんたち、今日は迷宮お休みなの?」
ううっ、こんなふうに子供のふりして話しかけるのは地味にダメージが入る。
「よう、坊主、お前、迷宮に興味があるのか?」
若い男、多分リーダーが話しかけてきた。
髪の毛短くて、ツンツン立ってて、妙に動きがだらしなくて…はっきり言って品がない。という印象だ。『あ゛あ゛ん』とかすごむのが似合いそう。
でもすごい垂れ目だから全体としてお笑いっぽい人だ。
これからも頑張って生きてほしい。
「うん・・・いま迷宮ですごいことが起きているって噂なんだ~」
噂の出何処が神さまなのは内緒だ。
「へー、耳がいいねえ」
「やっぱり、あの噂本当なんだよ」
「畜生、門番め…三階層に行ければ絶対大金持ちなのに」
三階層ね、死の三階層。ふむふむ。
「お兄さん、三階層まで行けるんだ~、すごいね~、三層になにがあるの~」
何かがゲシゲシ削れていく気がする。直葬か?
「おう、良い質問だ」
そうか?
「特別に教えてやるぜ、誰にも言うなよ」
「ここだけの話ってやつね」
フラグだよそれ。
で彼らから聞いた話だとここ最近、正確な時期は分かっていないのだが、三層ですごいお宝が出た、何度も出たという噂が冒険者の間で深く静かに流れているのだそうだ。
そしてそのお宝を手に入れたものが大金持ちになった。という…
「でもそれって変じゃない? 三層は立ち入り禁止じゃなかった?」
三層でお宝とってきましたとか言ってもギルドでは問題になるだろう。
「おう、だからよ、この町のギルドじゃなくてよ、他の町のギルドに持っていって売るのさ、出どころはぼかしてな、そうすりゃ問題なく売れるってわけよ」
「で、その後知らん顔で戻ってくる?」
ちょっと無理がないかな?
「いやいや、戻ってこねえのよ、だって金が手にはいればこんなところで迷宮に潜る必要はないんだぜ? 聞いた話だとよ、帝国に行ってきれいな奴隷買ってウハウハでスポーンスポーンだってよ。まったく羨ましいぜ」
「それほんとのことなの?」
「間違いねえぜ、お宝まではいかなくてもよ、結構高価な魔導結晶を手に入れで小金持ちになった奴らは現にいるんだぜ、たぶんお宝を手に入れたやつらはそのままこの町とはおさらばしてるんだろうぜ、もう結構いなくなったやつらがいるからな」
えー…なんでその話が根拠になるんだ…
この人たち顔だけじゃなくて頭の方も不自由なのかな?
まあ、話をまとめると…
① 冒険者の間で『三層ですごいお宝が手に入る』といううわさが流れている。
② 結構な数の冒険者が三層に挑んだらしい。
③ その人たちの一部が高価な魔導結晶を手に入れて現実にお金をもらっている。
④ すごいお宝を手に入れた人たちはそのまま町を離れてしまっている。(つまり消息不明)
⑤ 三層は全身に〝塩を溶かした水〟をかぶっていくと死なずに済むらしい。
あやしい。ムッチャクチャあやしい。
誰かが三層に冒険者を向かわせてソウルイーターに襲わせているようにしか思えない。
これが悪巧みか…
多分この所為で邪壊思念が増幅されて迷宮が凶暴化しているのではないだろうか?
「ほうず、良いか、この話はここだけの話だぞ、絶対にしゃべるんじゃないぞ」
「うん、分かった」
ここだけの話がここだけで済んだことはないって知らんのかね?
勿論ご注進だよ。
おーい、ぎるどますたー
俺は即行ギルドに向けて歩き出した。
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今回から更新が一日おきになります。ご了承ください。
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