3-10 ゴブリンが出たぞ。
3-10 ゴブリンが出たぞ。
帰りは少し周りを見る余裕が出てきた。
来るときは迷宮の威容に気をとられてしまったのだ。
帰りながらよくよく見るとこの迷宮は生き物であふれていた。
勿論今はアンデットでも溢れているのだが、大鼠はどこにでもいるらしい。
他にも大きな昆虫類。ゲジゲジとか百足とか、結構いる。百足もキモイが巨大げじげじはよりキモイ。あと巨大カマドウマが結構幅を利かせている。俗に言うオベンジョコウロギだがジャンプ力がすごい。ビーンッ! と跳ねるとまるで砲弾のようで、すごい勢いでバキッと石壁にぶつかって跳ね返っている。しかもそのあと平気で起き上がってまた動いている。
このカマドウマに限っては生きている奴の方がアンデットっぽい。
「あっ、ゴブリンだ~」
ルトナが石ブロックの影から出てきた魔物を指さした。
ゴブリンである。
ゴブリンなのである。
俺は心の中でガッツポーズを決めた。
やはりファンタジーはこうでなくてはならないと思う。
十数匹の群れで、粗末な腰蓑のようなものを巻き付け、手には棍棒や錆びた剣を持った個体もいる。つまり多少は知性を持っているということだろう。
見た目はよく言う緑の小鬼で頭は大きく禿げ上がっていて実は尖っている。胴長で短足、決してたくましい感じはしない、よくイラストで見るような定番の姿だ。
だが観察するうちに違和感を感じた。
「後ろにいるやつひょっとしてゾンビ?」
「ええ、そうです」
ルトナも同じことに気が付いたようで、彼女の質問にマルレーネさんが答えている。
そうなのだ、このゴブリンの群れ、後ろからついてくる数体がどうもゾンビらしいのだ。
「でもアンデットって生きている奴を見ると襲ってくるんじゃないの?」
「そうなんですよねえ、本当はそのはずなんですけど、ゴブリンのゾンビはゴブリンを襲わないんですよ」
「そりゃまたどうして?」
俺とルトナとフフルは首をかしげた。フェルトも真似をして首を回したがたぶんこいつは何も考えてない。それを見てマルレーネさんと親二人は苦笑している。
「一応仮説はあるんですよ」
マルレーネさんが教えてくれたその仮説は『バカだから』だそうだ。
なんじゃそりゃ。
仮説によると
つまりお脳も腐ってしまうのだ。なのでどんなゾンビも生者であった時よりもバカになる。
これが獣であれば本能というか体に染みついた習性とゾンビの本性がかみ合って攻撃的になるらしいのだが、人間のような知性ある存在をベースにしたものは多少知性の片りんを残すらしい、人間ベースのゾンビであれば罠を利用したり、待ち伏せをしたりとかするらしい。
そしてここが重要なのだが、ゴブリンは『ある程度の知性を持つ』生き物なのだ。
なのでゾンビになっても多少は知恵を残している。
そしてここがさらに重要なのだが基本的にあまり頭の出来がよろしくない。
つまりゴブリンがゾンビになると『知性があるけどかなりおバカ』なゾンビが出来上がる。
生者を襲うのだという本能はあるものの、自分と同じ姿をしたゴブリンを見ると、そいつらと自分たちの区別がつかなくなり、結果として一緒に行動するという奇妙な現象が起きるのだそうだ。
ゴブリンの方もゴブゾンビを見て『こいつ顔色悪いなー』とか、顔が腐ってきたりすると『不細工なやつだなあ』ぐらいにしか考えていないらしい。
というのが学説であるらしい。んなバカな…
「よしちょうどいい、あいつらがこの下を通り過ぎたら二人で急襲して、ゴブリンとゾンビを殲滅するんだよ」
「「はい」」
シャイガさんの指示に俺達はいつも通りに頷いた。みんな慣れたものだった。たった一人を除いては。
「ふえええっ! ちょっ、ちょっと待ってください。まだ子供ですよ、小さいですよ。おチビですよ」
そこまで連呼せんでもいいがな。
「こんな小さい子をゾンビの群れに突っ込ませるなんて、非常識です」
ああそういうことか。
マルレーネさんはできる女だけど常識人。
でもね。
俺はマルレーネさんの背中をちょんちょんとつついて注意を引き、そして下の方を指さした。
そこではマルレーネさんの声に驚いたゴブたちが〝ぎょぎょ〟とか言いながら岩をよじ登ろうとしている。完全に見つかってしまった。
シャイガさんたちも苦笑している。
「あっ、そんな…」
「大丈夫。まーかせて」
自分の叫び声が魔物の気を引いてしまったことに気が付いたマルレーネさんは一気に落ち込んだ。そのマルレーネさんに笑いかけてルトナがポーンと飛び降りる。
続いてフェルトが翼を広げてふぁさっと舞い上がる。
俺も仕方がないので後に続く。
飛び降りてゴブリンと対峙して驚いた。
「ゲッ、でっかい」
ゴブリンは結構デカかった。
◆・◆・◆
岩は段差があり、ちょうど先頭が一階の屋根部分にたどり着いた状況だ。
と、ルナはそれを無視してさらに下におり、うまく段差を登れないで固まっているゾンビに襲い掛かった。
「ハーっ、破!」
魔力撃を受けてゾンビが倒れる。そのまま何かに焼かれるようにもがきそして崩れていく。
「おーっ、面白いー、うーらららー!」
『ぴーぴるるるるっ』
二人ともノリノリである。
ゾンビのとろい動きでは到底ルトナには付いていけないようで、ルトナは余裕をもって魔力を練り、確実にゾンビを粉砕していった。
ルトナの方に普通のゴブがいかないようにフェルトが遊撃を担当し、体当たりでゴブリンを弾き飛ばしている。なかなか息の合った連係だと言える。
だが俺の方はそんな余裕がなかった。
ゴブリンは小鬼と呼ばれる魔物で、人間の子供位の大きさだ。当然人間から見ると小さい。と言える魔物なのだが…今の俺は人間の子供だった。
駄目じゃん。
緑色の醜悪な顔をさらに凶悪にゆがめて俺を威嚇するゴブリン。
今まで何度が実戦を経験して結構経験を積んでいると思っていたのだが、全然そんなことはなかったのだ。はっきり言って腰が引けた。
で今までどうしていたのか、思いだそうとしたら走馬灯のようにその場面が脳裏をよぎる。
最初の戦闘は大食らいだった。しかも初手で魔法による先制で優位に立っていた。だから余裕があったのだ。それにあいつらは人型をしていなかった。
ではアデルカでの人さらいとの戦闘では? と言うとこれは逃げながら魔法で削るというまともに対峙することのない戦闘だ。
まともに対峙しての戦闘は山での盗賊たちだがこれは俺が完全にキレていたというかわけのわからない衝動に突き動かされて一方的に蹂躙したようなものだ。
こうして明確な悪意と面と向かって対峙して、しかも相手が自分と同じぐらいの存在で互いに力をぶつけあうという状況ははじめてだったのだ。
そしてこの状況ははっきり言ってものすごく緊張する。
もっと言ってしまうと怖いのだ。
そしてそう言う腰の引け方というのは戦闘において非常にまずい状況だった。
「ディアちゃん落ち着いて!」
「落ち着けばゴブリンなど問題ないぞ」
シャイガさんたちの声が聞こえる。
本当にそうだろうか? このゴブリンは俺よりも弱いのだろうか? そして俺はこいつを倒せるのだろうか?
こいつが俺より弱いとしても、戦闘というのは何が起こるかわからない。
ひょっとしたら何かの間違いでやられてしまうかもしれない。
怖い…
「ぎょきょぎゃーっ!」
目の前のゴブリンが奇声を上げて剣を振りかぶる。それと同時に脇からもう一匹ゴブが襲ってくる。
両方をよけようとしておれは足をもつれさせて倒れてしまった。
「ぎょっじゃべー!」
剣を持ったゴブリンがかさにかかって剣を振り下ろしてくる。それを転がって躱す俺。無様だがそんんなことにはかまっていられない。そんな余裕もない。
幸いだったのは棍棒ゴブが剣ゴブに押しのけられてころげたことだろう。
ゴロゴロと転がるおれと、まるで鍬でも振るように何度も剣を振り下ろす敵。
まるで畑を耕しているようだったとは後で聞いた。
だがそんな状態がいつまでも続くわけがない。
ついに剣に追いつかれ、俺はそれを右手で庇った。
転がりすぎたのがまずかったのかシャイガさんが駆けてきてくれたが間に合わなかったのだ。
◆・◆・◆
俺が一匹のゴブリンに追い回されているということは残りはルトナとフェルトが相手取っているということだ。
さすがに十数体対二人では状況が悪い、エルメアさんはルトナの援護に入っていたし、シャイガさんもどちらにも動けるような位置取りでいた。
魔力撃というのはゾンビにはてきめん効くようで、ルトナが魔力撃を決めるとゴブゾンビはまるで熱で溶かされたように崩れていく。
ずどどどっとパンチが打ち込まれ、ゾンビは形を失って溶け崩れていく。
フェルトはその分厚い防御力を利用して体当たりでゴブリンを弾き飛ばす。ゴブリンの棍棒もただの物理攻撃である以上ものすごくフカフカの羽毛に守られたフェルトにはまともにダメージが与えられない。
しかもフェルトは一メートルある大きな体でしかもルトナを背中に乗せて飛べるぐらいに力がある。
そこにエルメアさんの援護が入る。ルトナに敵が集中しないように場を乱しているのだ。
そちらは危なげなく進んでいると言っていい。
そのかんにこちらは大けがを…
「ディア!」
ものすごい痛みが走ったが、すぐにその痛みが遮断された。
痛いは痛いのだが現実味のないものに変わったということだ。
で、唐突に思いだした。
(俺って怪我しても問題ないんじゃなかったっけ…)
ゴブリンが剣を引いた瞬間にリメイクで傷を治す。すぐにふさがって元通り。
同時にちょっと頭に来た。このやろうという怒りがわいてきたのだ。
転がった姿勢のまま――かなり苦しい体制だったが――蹴りを繰り出した。
べごっ!
本来蹴りで出てはいけない音がした。
俺の蹴りはバンザイ体制のゴブリンの脇に決まった。
そのままどういうわけかろっ骨を圧し折り、肉をつぶし、ゴブリンの胴体をひしゃげさせた。
時が止まったような気がした。
俺の顔はたぶん縦線入りの驚愕顔。ゴブリンは血反吐を履いて、くるくると回って吹っ飛んでいく。その向こうでシャイガさんが固まっていた。
なにこれ?
「硬魔撃? すごい、獣王拳の奥義だ…」
え? そうなの?
「体内で魔力を練り、打撃と共に建ち込むのではなく、練った魔力を体に纏いその魔力を爪のように、牙のように、武器として使う正式名『魔纏闘技』!」
あっ、シャイガさんが説明キャラになった。
魔力撃というのもこれと同じで魔力で全身を覆う感じがある。
言ってみれば魔力で薄いバリアを張るような感じがあるのだ。
これはそれを一歩進めて実体化するほどに魔力を練り上げ身にまとうというものらしい。
超上級者になるとこの硬魔撃をハンマー様に、鋭い刃物のように、また槍のように使って敵を攻撃するのだとか…人間離れしてるな達人。
「すごいぞディア!」
いや多分すごくない。
俺は獣人と違ってかなり大量の魔力を持っている。しかもそれを直接操ることもできる。であれば自分の手足に圧縮した魔力を纏いそれで敵を殴ることぐらい出来て不思議はない。
多分難易度において天と地ほどの差があるはず。
それで凄いとか言われると何となくいたたまれない。
俺は立ち上がって体の砂を払った。
妙にいたたまれないが、おかげで冷静さは戻ってきた。
この、こっぱずかしさは、このこっぱずかしさは…ゴブリンにぶつけるほかなーーーーーいっ!
俺は何かに押し出されるように一気に加速し、ゴブゾンビに接近して思い切り突きを放った。
ゴブゾンビは見えない巨人にハンマーで殴り飛ばされたように吹っ飛び、その過程で崩壊して、溶けるのではなく塵に帰っていく。
「うがーーーーーっ」
こういう時はキレたもん勝ちじゃーっ。
以後の戦いは凄惨を極めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます