3-09 迷宮は凄惨な事件で満ちている。今のところ
3-09 迷宮は凄惨な事件で満ちている。今のところ。
「なるほどこれはひどいね」
シャイガさんがつぶやき…
「はい、大変困っています」
ギルドのおねえさんがため息をついた。
迷宮である。
このアウシールの迷宮は『
意味は死ぬとアンデットになって冥福がないから。目を瞑ることができないから。
いやな名前だ。
アウシールの町は迷宮のすぐわきにできた町だった。
町の北門を抜けるとすぐに迷宮の入り口がある。
町の門があって、でかい迷宮前広場があって、もう一回今度は迷宮の入り口の門があって、そこから地下に潜るようになっている。
迷宮の門には門番がいて、ここでギルド発行の『冒険者証』か町の行政府が発行した『迷宮立ち入り許可証』を提示しないと中には入れない。
そうしないと迷宮で誰が死んだのか把握できないからだそうだ。
勿論二十四時間営業で、いつでも入れるしいつでも門番がいる。
これには嫌な理由がもう一つあって、迷宮というのは魔物にとって居心地のいい場所らしいのだが、そこに別れを告げて新天地を求めるものがいないでもないらしい。まあたまにだが魔物が出てくるのだ。それに対処するためにも
そんな所を通り過ぎて俺たちは迷宮の中にいる。
迷宮の入り口は鍾乳洞のようで、全面が鍾乳石のような石でおおわれている。下り坂であるため下側だけは削られて階段状になっているがなかなか見事な鍾乳洞だ。
そこを通り過ぎると迷宮の第一階層であるフロアに出る。
直径十数キロに上る広大な空間だ。
天井は遥か数十メートルは上で、どう考えてみても降りてきた距離と勘定が合わない。やはり迷宮ということで空間的な歪みがあるのだろう。
そして目の前に広がる迷宮を見て最初の感想は『町』だった。
四角い箱のような形の鍾乳石が乱立し、その間を妙にねじれた木が枝葉を広げている。
石の方は高さ二mぐらいの箱を積み上げたような構造で、まるでコンクリートの町が地下に沈んでそのまま石になってしまったような印象がある。
ここを進んでいくと池のような場所や、森のような場所などがあるそうで、まるで一つの環境を構成しているかのようだ。
その地底の町の一角でいま凄惨な戦いが繰り広げられている。
とはいっても戦っているのは俺達ではなく鼠だ。この迷宮の雑魚キャラたる大鼠。
建物の隙間を縫うように大鼠の親子がつながってやってきたのを見つけたのはルトナだった。
胴体だけで五〇cm尻尾を含めれば一mもある鼠なのだが丸々していてそれなりに可愛らしさがある。まあ近くで見たいとは思わないが…
親子鼠は仲良しで、親鼠は後ろに子ネズミを一〇匹ぐらい列車のように引き連れてのこのこと歩いていく。
俺達はそれを石の壇の上から見下ろしていた。
そこに反対方向から現れたのはやはり大鼠。
「なんかあっちは色が変だね」
ルトナは目ざとくそう言ったが俺の目にはどす黒い靄に絡み付かれているように見えた。と同時に先日ほどではないが嫌な感じがただよってくる。
そう、それがゾンビだったのだ。
ルトナたちにはただの色の悪い鼠にみえるらしい。
鼠の親子も警戒しつつも逃げ出したりはしなかった。まるで町で他人とすれ違うように近づいて、多分親子鼠の方はそのまま通り過ぎるつもりで…だが近寄った時にゾンビ鼠は親鼠に襲い掛かった。
一噛みだ。
一噛みで親鼠は喉を噛み千切られて沈んだ。
だが凄惨だったのはそこからだ。
地面に倒れて死んだ(はずの)親鼠に子ネズミが縋り付き、ネズミとはいえ哀れを誘う展開が繰り広げられていたその時、死んだはずの、確実に死んだはずの親鼠がガバッと起き上がり、子ネズミたちを襲いだした。
もともとのゾンビ鼠も子ネズミを襲い、十匹もの子ネズミはあっという間にすべて死体に…
だが悲劇はここでは終わらなかった。
死んだ子ネズミもまた少しすると起き上がって、どす黒い靄を纏って徘徊を始める。
「ゾンビになっちゃった…」
俺達はしばらく声もなくその光景を見つめていた。
そしてさらに続きがある。
一匹でふらふらしていたゾンビ子ネズミを今度は蜘蛛が襲ったのだ。
俺達が目的としていた迷宮蜘蛛と呼ばれるやつだ。
ゾンビ鼠は動きが遅く、簡単に捕まってしまった。
子ネズミの大きさは尻尾を除いて二十cmほど。蜘蛛の方は長い脚を除いた本体が五十cm強と言う所だ。襲うにはちょうどいい獲物だったのだろう。
あっという間に糸でがんじがらめにして木の上に引きずり上げてしまう。
鬱蒼とした木の上で何が起こっているのか定かではないがしばらくするとぽてっと何かが落ちてきた。
「蜘蛛が落ちてきたよ」
蜘蛛はしばしもがき苦しんだ後足を丸めて動きを止め、そしてまたゾンビのなって動き出す。
「これはひどすぎるわね」
エルメアさんも嘆息した。俺達も言葉がない。
迷宮に来て俺たちが見たのはそんな光景だった。
「はい、以前からこの迷宮で死んだ者は人間も魔物も関係なく大体二割ほどがアンデットと化していました。二階層で五割ほどです。
冒険者が修行のためにアンデットを狩り、ついでに素材を持ち帰ることでうまく回っていたんです。アンデットも自然に間引かれて、でもいなくなったりはせずに…でも半年ほど前から死んだ魔物のアンデット化がどんどん進んで行って…
今ではこの一階層も三階層のようにアンデットだらけ…もしこのまま…」
彼女はマルレーネさんと言い、ギルドの職員さんだ。
俺達がギルドでギルマスのおばあちゃんから聞いた話がこのことだった。
魔物はアンデット化すると素材が使い物にならなくなる。
ゾンビのような動死体は倒すと溶けて崩れてしまう。
骨になったり、幽霊のようになってしまえばそもそも素材自体を持っていない。
魔導結晶もろくなものは取れない。まあ幽霊のどこに石があるのか、というような話だ。
この町のギルドはちょっと特殊で素材の転売が利益全体に占める割合は少なめになっている。これはもともと入る素材が控えめであるためだ。
むしろアンデットに効く武器や道具類、あるいは冒険者に対する魔法薬の販売などで利益を上げている。
だからと言って素材の買取、転売が無いわけではない。
魔導結晶の買取だってある。
事実学生の中には修行の傍らに素材や魔導結晶を売り、それで生活している者も少なくない。
これはギルドや、引いては町そのものの存亡にかかわる重大事変と言える。
ギルドで迷宮に狩りに行くと行ったときに『ならばついでに』とギルマスに頼まれたのがマルレーネさんの護衛だった。
今年十五歳の新人さんであるらしいのだが一年ほど前から見習いとしてギルドで働いている女の子で今年から正式採用。将来を嘱望される期待の新人さんで、こういった調査も信頼されて任されている。ただ年相応に戦闘力は低いし、若い女の子というと普通の冒険者から軽くみられることもある。絡まれることもある。できれば信頼できる護衛をつけたい。だが今はどこも忙しくて余裕がない。
俺達は彼女の調査に同行するメンバーとしてうってつけだったのだ。
「だけどこうゾンビ率が高いと三階層みたいね」
「う゛」
あっ、なんか急所を突かれたような声だ。
「わ…私たちが心配しているのもまさにそこなんです…
三階層はアンデットだけしかいない階層で、しかもそこで死んだ者は一〇〇%アンデット化します。
でも問題はそんなことじゃなくて、三階層はそこにいるだけでどんどん人を衰弱させ、半日ほどでその命を奪うということなんです、あそこを探索できる冒険者なんていません。
今この階層のアンデット化率は七割ほど。二階層に至っては九割です。もしこれが一〇割になったら…」
もし三階層と同じように入る人間が死んでしまうようになったらということか…
「学生さんたちのためにも何か手を打たなくてはならないんです、神殿の人たちとも協力してできることがないか検討中です。でも原因が分からないので…」
このマルレーネさんは考えることでギルドに貢献しようとしているみたいな印象を受ける。やはり優秀な人なのだろう。美人だし。
しかし難しい問題だな。
原因が分からないと根本的な解決に至らない可能性もあるわけだ。だからと言って手をこまねいていては事態が悪化の一途をたどる。
何かしなくちゃいけないのに何をしていいのかわからない。
これは真剣にこの町のことを考えている人たちにとってとにかくもどかしいことだろう。
だけどこの原因って多分『邪壊思念』というやつだよね…まあ俺のお仕事というか天命だから…俺も少し調べてみようかね。
「えっと、とりあえずありがとうございました、それといろいろ連れまわしてすみません。現状のデーターは取れましたから今日の所は帰還しようと思います」
マルレーネさんはそう宣言した。
そして俺達は帰還の途につく。
そしてそこでついに出くわしたのだ。
超有名なあいつらに!
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