3-08 アウシールの町のギルドマスター

3-08 アウシールの町のギルドマスター



「ふむ、ちょっと様変わりしたかな?」

「そうねえ、昔はもうちょっとさびれていたわよね」


 冒険者ギルドを見たシャイガさんたちが最初にこぼした言葉だった。酷い評価である。

 俺達が訪れた冒険者ギルドは煉瓦造りの四階建て、まだ新しい小洒落た建物だった。

 様変わり程度の話じゃないだろ?


 中に入ると室内は明るく、いくつもあるカウンターはすべて稼働していて、ラウンジを兼ねた待合室も大きくとられていて沢山の人がたむろしたり忙しく立ち働いていたりする。

 今まで見た中で最大のギルドだ。

 ちょっと話に聞いていたのと違う。


「ようこそ、冒険者ギルドへ」


 入るとすぐに入り口の近くにあるカウンターの前に立っていた若い女の子が声をかけてきた。たぶん10代後半ぐらいで俺の感覚では高校生ぐらいだろうか、人族の女の子だ。

 内部を見渡すと彼女のようなギルドの職員はすぐに見分けがつく。なぜなら彼女たち――まあ男もいるんだが――大体同じ制服を着ているのだ。

 と言っても現代風ではなくちょっと古めかしい感じのメイド服である。メイド服。いいよね。


 こういう対応がギルドのやり方なのかと思ったら俺達の後から入ってきたグループはその受付の人に軽く手を上げそのまま奥に入って行ってしまった。

 彼らが向かうのはギルドの壁の一面に張り出された紙の所、多分依頼の掲示板というやつだろう。


 他にも何か荷物を担いで来てそのまま奥のカウンターに向かう人もいて、こういう人たちには無視というか声をかけない。

 

 どうやら彼ら、彼女らが声をかけるのは入り口付近でどうしようか周りを見回すような人に限定されるらしい。


「本日はどのような御用ですか?」


 彼女がにっこり笑ってそう問いかける。スマイル0円である。


 他を見るとどうやら彼女たちがひとまずの用件を聞いて、適したカウンターに導いたり、説明などの業務なら彼女たち自身が対応するというスタイルらしい。

 なかなかスタイリッシュだ。


「ああ、済まない、蜘蛛の糸と蓑蛾の糸を探しているのだが…」


 シャイガさんが答えた。


「申し訳ありません、ギルドでは冒険者以外の人に対しては直売をしていないのです。町の糸屋に行かれる方がよろしいかと…」


 まあそうなんだけどね。


「ふむ、実は糸屋の方は既に回ってきたのですよ、ある程度は買えたのですが、まだ足りないので」


 糸屋を回って買ったのは糸だった。織物業者に糸をおろしている卸問屋みたいな店だ。反物は除外されている。シャイガさんに言わせると質が悪いらしい。

 シャイガさんはもともと自分で機を織ることから始めるつもりだったらしいが一応念のために反物も確認はしているのだ。

 結果は失格。シャイガさんのおめがねにはかなわなかったらしい。で問屋で話を聞いてギルドにやってきたというわけだ。


 そしてシャイガさんは冒険者証を提示した。


「恐れ入ります。・・・冒険者であれば直接の取引もできるのですが…」


 やはり制限はあるらしい。


 ギルドは冒険者の持ち込む素材を買取り、それを販売して利ザヤを稼いでいる。

 これはギルドの専権事項で、冒険者は素材を必ずギルドに持ち込むことと決められているのだそうだ。

 一見せこく見える。俺もそう思った。だが一概にそうも言えないようだ。

 税金の関係とかいろいろ複雑な背景があるらしい。


 一応聞いてみたのだが子供相手だと思われたらしくあまり複雑な話はしてもらえなかった。

 まあギルド専売になることでギルドも冒険者も国も助かっているんだよというような話だ。

 そのうち調べてみよう。


 ただギルドというのは卸問屋で小売りはしない決まりになっている。ここら辺は一般の業者との兼ね合いだろう。ギルドは様々な素材を買い取りそれを処理して卸すだけの能力を持った大企業ということもできるわけで、これが小売りなどに手を出したら一般の商店などは軒並みつぶれてしまう。


 例外が所属する冒険者で、冒険者が希望する場合、素材を〝普通に下ろす場合と同じ価格で〟売ってくれる。

 この価格は転売などで冒険者が金儲けなどできないようにするためのものだ。

 なので冒険者が素材を買い取り、加工して別の商品にした場合は転売して儲けても問題はないということになっている。その儲けは『加工』という労働に対する報酬だからだ。

 

 だからシャイガさんが糸を買い、布におって、更に衣類を作ってそれを売るのは全く問題がない。ないのだが…


「現在、現物しなものがありませんので…」


 となるとどうしようもない。


「実は迷宮で最近困った現象が起きていまして、迷宮素材の入荷がとても減っているんです、大体ほとんどのものが品薄になってしまって…」


「それは困ったな…」

「仕方ないわ、自分たちで取りに行きましょう」


 二人とも口が笑ってる。実はまったく困ってないでしょ?


「ちょっ、ちょっと待って下さい、あの、この登録証のパーティーメンバーなんですけど…」


 いきなり受付のおねえさんが大声を上げた。彼女が指さしているのはシャイガさんの冒険者証だ。そこにはいろいろなことが書いてあり、所属するパーティーも記載されている。

 それを見てなぜかプルプル震えている。


「ん? ああ、もう十数年前かな、ここで修行していたときのまんまだから」


「あのま…すいません、すいません、ちょっと、ちょっとだけお待ちください」


 そう言うと受付のおねえさんはあわてて奥に引っ込んでしまった。

 ふむ、何があったのかな?

 俺達はみんなで顔を見合わせた。


 ◆・◆・◆


 待つこと数分。

 ギルド内部に声が響いた。


「おう、シャイガ坊じゃ、間違いなくシャイガ坊じゃな。隣におるのはエルメアかい?」


 元気のいいおばあさんだった。


 年齢相応に小柄ではあったが背筋の伸びたかくしゃくとしたご婦人だ。ただ人族ではない、額に二本の角がある。

 鬼人族という種族だろう。この大陸のずっと東、ずっと右の方に住んでいる種族だと聞いたことがある。このあたりじゃ珍しいんじゃないかな?


 おばあさんは巫女服に似た服を着ていてしかも腰に刀を下げていた。


「げっ、閃刀のばばあ」

「あら、おばあちゃん」


 どうやら知り合いらしい。


「なんだいなんだい後ろの二人はお前らのガキかい。つれないねえ、一緒になったのは既定路線だろうが、ガキが生れたんなら連絡ぐらい寄越すもんだよ」


 おばあさんは上品な見た目に反してべらんめえ調で二人に駆け寄るとその頭をガシガシ撫でまわした。

 エルメアさんは嬉しそうにしているがシャイガさんはマジで嫌がっている。


「なに言ってんの、おばあちゃん住所不定無職じゃない。どうやって連絡とるのよ」


「ありゃ、ジジイにはあたしがこの町のギルドマスターになったと連絡は入れたんだがねえ…」

「私は聞いてないわよ」


 ・・・・・・


「ふむ、まったくあのジジイは何も考えてないね、多分手紙を読んで一人で納得して終わりだったね。それであのジジイはどうしてるんだい?」


「お父さん? うーん山にこもってる。たぶん。ルトナが生れたときに顔を見に来たけど…こんなに小さいと修行もできんなあとか言って帰ってったわね」


「「・・・バカだな」」


 断言された! どうも俺たちの爺さんは『バカ』らしい。

 その後俺たちはギルドマスターの部屋というやつに通されて話を聞くことになった。


 ◆・◆・◆


「事の起こりはそもそもあんたたちの修業に端を発するのさ…」


 そうギルドマスターは言う。

 ちなみにまだ名前は聞いていない。みんな顔見知りだと自己紹介とかはしなくても済んでしまう。ただ俺とルトナの名前がこのおばあちゃんに告げられ、やたら撫でまわされて終わりだった。

 いつか分かる時が来るのだろうか? まあそれほどの話でもないか。


 で、話は戻るが二人がここで修行していたころの話だ。当然相手はアンデットもいた。

 アンデットというのは普通の方法ではなかなか倒せない。

 まあもう死んでいるし、あるいは死に損なっているし、死体が動いているわけだから殺すのは無理なわけだ。物理攻撃が効かないから。

 なので倒すには『魔力を帯びた武器』『魔力を帯びた攻撃』『魔法』『浄化』と手段が限られる。

 

 そのゾンビ相手にシャイガさんやエルメアさんは戦闘を繰り広げ、ついに見事に魔力撃を会得した。その後もアンデットを倒しまくり魔力撃にかなり習熟した。

 それは一つの実績であった。


「いやー、魔力撃ができるようになって面白くてねえ」


 というのはシャイガさんの言、二人して一気に熟練するまで打ちまくったらしい。


 それまでアンデットというのはとにかくいやらしい敵という認識でみんな避けていたのだが、 このことから『魔力系の攻撃の練習にはちょうどいい相手である』という認識が生れたらしいのだ。


 武器も『魔力を帯びた武器』であればアンデットに対して有効にダメージを与えられる。

 ということはアンデットを切れる武器は魔法の武器として認定して問題がない。アンデットキラーとか、一つのブランドだ。


 魔法も効率の良い使い方ができた方がアンデットに効率よくダメージを与えられる。と分かったのでアンデットを殲滅できる魔法使いはある程度の戦闘力が保障されるわけだ。たしか『コンバットプローブン』というやつだね。


 もちろんアンデットを浄化する魔法の練習にはもってこい。


「そこでな、ここの領主のキハール伯爵がそれを利用してキハール魔法戦術学園を立ち上げたわけさ」


 もともとあったキハール騎士学園が前身だそうだ。この戦闘技術を教えるための学園のカリキュラムを魔法や魔力を利用した攻撃中心に据えたものに切り替えたらしい。

 キハール伯爵自身もかなり有名な魔法使いであるとのこと。


 それに合わせて魔法の武器を作る鍛冶師やドワーフを招聘し、各地の神殿に協力して神官の修業の場もととのえたりと、八面六臂の大活躍をした。


 数年で効果が目に見えてきて、修行のために人が集まるようになった。キハール魔法戦術学園はこの国の一流の訓練校としての地位を確立したのだ。

 町の景気も良くなり、学生が増加して迷宮での戦闘が活発化するにつれてギルドの採算が向上し、ギルドも新しく大きくなったということだった。


「冒険者で稼ごうとするとこの迷宮は効率が良くないが、だが修行にはもってこいだし、修行するついでの小遣い稼ぎができると考えればこれほどよいものもないだろ」


 そう言ってギルマスのばあちゃんは呵々と笑った。


「すごいわねえ~、そのキハール伯爵って方、やり手ね」

「ああ、私も名前は聞いたことがあるよ、現代の大魔法使いと称される偉大な魔法使いだろ?」


 俺は『へー』と感心した。ルトナは眠そうだった。あまり魔法使いには興味がないらしい。


「なに寝ぼけたこと言ってんだい。あんたたちだってあったことあるだろ?」


「「え゛」」


「あたしやあんたんとこのジジイとはパーティーこそ違ったけど、何度か協力したことも合ったさね、そもそもあんたたちの修業だってキハールの奴が環境を整えてくれたからここになったんだよ。

 まああのころには忙しくしていたからめったに来なかったけど、何度かはあんたたちの修業にもつきあってるはずさ…」


「「・・・全然覚えてない」」


「まああのころは私やジジイの知り合いが入れ代わり立ち代わりしていたからねえ、しかたがないのかもしれないね。

 まあそんなわけでこの町はいま結構景気がいいのさ、

 で、糸がほしいんだって?」

「そうなんですよ」

「うむ、はっきり言って無理だね」


 ばあちゃん断言。なんでそうなるの?

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