迷宮都市へいこう

3-01 難所よりも有象無象の方がうざいのだ

3-01 難所よりも有象無象の方がうざいのだ



「ふむ、やっと落ち着いたな」

「ほんとね、うっとおしいったらありゃしない」


 時は夕方。たき火であぶられるお肉が良い匂いを漂わせている。この世界は香辛料なども充実しているからありがたい。

 でも味噌と醤油はまだ見つかってないんだよね。


 さて、場所はエルフの里から南にあるミシの町…のさらに南にある山の麓付近。山に入って少し行った所にある小さな泉のそばだ。


 宴会の翌日、エルフたちの盛大な見送りを受けて旅立った俺たちはミシの町から本来のルートであるアデルカに迂回するルートを取らず。そのまま南下して山に踏み入った。


 この山は『果てなき迷いの森』の南側に横たわる山岳地帯で、そのまま東のアデルカの方にまで伸びている。

 そして前述したがこの世界、森だの荒野だの山だのと言う自然がちの場所はすべからく魔物の生息域である。

 つまりこの山には人間の町などはないのだ。


 そして地理的に迷いの森から吹く風がぶつかるこの山は、人の方向感覚を狂わせる非常に厳しい難所になっている。

 まあ迷宮のように空間がすっ飛ばされることはないのだが、良く霧が発生し、この霧に包まれるとほぼ間違いなく道に迷うのだそうだ。


 この所為で東に離れたアデルカがアリオンゼール北側の物資すべての集積所のような役割を持つようになってしまったらしい。

 まあアデルカには国中に物資を運ぶ流通網の起点が出来たので一概に不便とは言えない。


 しかしではなぜ俺たちがこの山にいるかというとエスティアーゼさんの勧めがあったからだ。

 天樹の小枝を一本くれでこれがあれば霧に迷わされることはないからここを行ったがいいと進めてくれたのだ。

 アデルカに迂回すると行きで十五日前後。山岳地帯の下側に回ってさらに二十日前後。とんでもなく日にちがかかる。

 ここを越えればわずか数日で『迷宮都市アウシール』に行けるのだから迷わない保証があればここを行った方がずっといいのだ。

 というわけで俺たちは山でキャンプを張っている。


 そこで話題になるのは俺達が旅立った時のこと。


 俺達はエスティアーゼさんたちから実にいろいろなものを貰って旅立った。

 それだけ彼らが感謝してくれたということで実に良かったと思う。

 まず約束の反物。これは予定通り、後はエルフが作ったお酒類。

 エルフはお酒造りが得意な種族だった。


 まあ、果物や穀物だって植物で、エルフは植物の扱いでは右に出る者はいないという種族だ。考えてみればお酒造りだって得意に決まっているのだ。

 薬品作りだってその一部みたいなものだしね。

 逆じゃないよ、お酒造りがメインだからね。


 そしてエルフの作る果実や穀物を発酵させたお酒はものすごくおいしいと評判で、全国の愛好家の垂涎の的だったりするらしい。

 シャイガさんたちも宴会の時にいっぱい飲んでた。

 俺とルトナもアルコール分のとても少ないお酒というかジュースみたいなものをごちそうになった。おいしかったよすごく。


 そのお酒が一抱えもある樽で三つ。これは純粋にお土産だ。

 一樽をクラリス様に上げようということになっている。


 あと天樹の葉っぱ。

 これは道に迷わないようにともらった枝にくっついているものだ。使い方としては神主さんのお榊みたいなものかな?

 先頭にいる人がばっさばっさと振ったりするのだけれど、この葉っぱ。実は魔法薬の材料としてものすごい値段がつくんだってさ。

 それが箒扱い。

 まあそう言うこともある。


 他にも件のタオルのような生地とかのエルフ特有の織り物とか、木工細工とか、よくわからない民芸品とか、そう言うものをいっぱいもらって俺たちはあの里を旅立った。


 ◆・◆・◆


 行きは迷宮を越えたわけだが帰りは直通。天樹の下にあったトンネルをくぐるとそこは天樹の裏…ではなく木のトンネルで、そこを進むと迷宮の入り口、その奥にあったエルフとの取引のための広場に出てしまった。


 来るときはここを通らずに回り込んだので初めての場所だ。


 かなり大きな広場であちらこちら建物があり、そこで人間とエルフが話をしたり、荷物を物置に運び込んだり運び出したりしていた。

 卸売市場みたいな感じだ。


 この広場は両側に木のゲートがあり、表は人間がはいってくるゲート、奥は閉ざされたゲートで、見た目はただの木の壁にみえる。

 その壁がわしゃわしゃっと開き、奥から俺たちの獣車が出てきたからさあ大変。


 そこにいたエルフ以外の人たちは皆一様に息をのんだ。


 エルフとの取引というのはずっと続いているものではあっても、エルフの居住地は迷宮の中であり、そこに行こうとしても迷い、たどり着けないというのが今までの常識だった。

 かつて迷宮を抜けて無事にたどり着いたという伝説はあっても、それはあくまでも大昔の話で、それを頼りに進んでも成功したものは誰もいなかったのだ。


「あっ、あいつら、あの鎧牛覚えてるぜ」

「ほんとだ、何日か前に迷宮に進んで言ったやつだ」


「そんな、まさか…たどり着いたのか…」

「ありえねえ…あんなのただの伝説だろ」

「すげえ、獣車に荷物が…」

「成功したのか…エルフと…」


 最後の最後に馬車に詰め込まれたエルフたちの心づくしが人目を引いた。


「なんだ…あのキャノンオウルは…」


 ちなみに砲弾梟は獣車の屋根にとまっていて、こいつもとても人目を引いた。

 名前はルトナ命名で『フェルト』に決まった。なんかあったかそうだったからだそうだ。


 まあそんなこんなで広場は半ばパニック状態になった。

 一番面白かったのは先日の禿デブの呆然とした顔。顎が下がって鼻水まで垂れてたのが印象的だった。よほど驚いたんだろうね。


 彼らを尻目に大急ぎで町を離れ街道を南に進む。とても急いでいるように見えたのだがその理由はすぐにわかった。

 あの場にいた者のうち何割かが追いかけてきたのだ。


 善良な者は『話を聞かせてほしい』という者から、たちの悪い者はあわよくば俺たちが手に入れた品物を横取りしようという者までかなりの数だった。


 話を聞きたいという者に対しては『迷宮の中を彷徨っていたらたまたまたどり着いた。コースは分からない』で通し、それで引いてくれればよし、それでもしつこく進路を妨害したり、無遠慮に獣車に乗り込んで来ようとした者は実力行使で転がされた。ある程度の怪我をお土産につけられて。こちとら武闘派集団なのだ。


 しかしバカと言うのは際限のないもので、最後には『暴行を受けた助けてくれ』と官憲に訴え出る者まで出る始末。マジ呆れた。

 そのバカにつれられて役人がやってきたのだがそこで役に立ったのが『三位爵』の身分証。

 そう言えば俺たちは貴族だったのだ。貴族というのは士族の上で、ここにやってきた騎士たちよりも身分が上だったりする。


 馬車を止めさせて偉そうに身分証を出せと宣った騎士が、三位爵の身分証を見て真っ青になるのはなかなか見ものだった。

 人間って本当に青くなるんだね。


 その騎士は失地回復のために訴えてきた連中をぶちのめして捕まえた。

 まあ俺たちが貴族だと分かった段階で逃げようとしていたからどちらに非があるかは明白だしね。たぶんその騎士さんの名誉のために…


 それ以降はさすがにおいかけてくる者もへった。そして難所で有名な山に踏み込んだ頃、さすがについてくる者はいなくなったのだ。

 できればミシの町で少し休みたかったけど、残念ながらそれはならなかった。

 

 ◆・◆・◆


「それじゃ色々終わったからお風呂にしようか~」

「えっ、おふろ?」

「そうお風呂」


 俺はおもむろにそう提案した。

 うちのメンバーはみんなお風呂好きだ。

 もともとこのアリオンゼール王国が結構北にあるために冬は寒いぐらいでこの国の人は大概お風呂が好きだったりする。

 エルフの里でも大浴場があったしね。


「お風呂なんてどうしたの?」

「樽でも使うのか?」


 親御さん二人の懸念はもっとも。でも大丈夫なのだ。


「実は俺の方でもエスティアーゼさんにいろいろ貰って来ててね、その内のひとつにお風呂があるのさ~」


 ドンッ! 

 俺は風呂桶を異空間収納から出した。


 丸太を利用した大きなお風呂。形は丸くてちょっと深め。大きな丸太から削り出したような風呂桶だ。

 木工細工よろしくきれいな彫刻がほどこされていて、外周の一部が一段低く洗い場になっている。

 ここで注目するべきは大きさ、なんといってもあの里の丸太なので五mぐらいあるのだ。


 そして次はお湯。

 これもエルフの里でお風呂から分けてもらってきました。

 とはいってもこれはあまり大した量じゃないので、普通の水に対して二割ほど混ぜる感じで。お湯が滑らかになるでしょう。たぶん。


「というわけでセット完了」


「わーい。やったなのー」

「よかったわー、旅の間はお風呂が不自由でねえ、それだけが不満なのよねえ」


 それは同感ですね。


「ではみんなで入りましょう~」

「「「はーい」」」


 楽しいお風呂タイムの始まりだった。


 でもちょっとこの近くにいやな気配があるんだよねえ…シャイガさんたちは気が付いていないみたいだけど…なんだろ…


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