第117話 トレントの森

 俺たちは世界樹ちゃんを連れて、魔導船まで戻っていた。さすがに船内まではのぞくことができなかったようであり、中に入るとはしゃぎ回っていた。マリアと同じだな。

 世界樹ちゃんは色々と知っていそうで、実際はマリア程度なのかも知れない。それはそれで頭が痛い問題ではあるのだが。

 それよりも、今はもう一つの問題を解決しないといけな。


「世界樹ちゃん、名前はないのか?」

「世界樹ちゃん?」


 リリアの膝の上に座る幼女の世界樹ちゃんが首をかしげて言った。いや、その呼び名は俺たちが勝手につけたものであって、本来の名前とは違うのだよ。

 リリアに散々叱られたあと、どうやらリリアと世界樹ちゃんとの間で上下関係が構築されたようである。リリアが上、世界樹ちゃんが下。完全服従のようである。これはこれで良かった。これならリリアが制御してくれるだろう。

 リリアの許可がなければ俺に迫ってくることはできない。ありがとうリリアちゃん。


「これは私たちが名前を決めてあげないといけないわね。何か良い案はないかしら?」

「そうだなぁ」


 いきなりそんなことを言われてもな。ペットというわけにはいかないし、それなりに真面目な名前をつけないとまずいだろう。


「ダーリンに名前をつけて欲しいの!」


 ハイハイ、と手を上げながら言った。仕草がいちいち可愛いのだが、どう見てもただの幼女なんだよな。ダーリン呼びはさすがにやめていただきたい。


「分かった。俺のことはダナイと呼ぶように。ダーリン呼びは無しだ」

「何で?」

「何ででも。でなければ名前はつけてあげない」


 この一言が聞いたようである。しょんぼりとなったが、受け入れてくれたようである。さて、どんな名前にしようか。世界樹、ねぇ。


「よし、ジュラにしよう。今からジュラちゃんだ。OK?」

「OKなの!」


 どうやら喜んでもらえたようである。納得するとリリアの膝の上でジュースを飲み始めた。ジュラは普通に食べるし、普通に飲む。排せつをするのかどうかは用観察だな。


「それじゃ、イーゴリの街に戻るとしよう。ギルドマスターたちもそろそろ心配しているかも知れないしな」


 よっこらせ、と立ち上がるとジュラが寄って来た。


「どこに行くの?」

「操縦席だよ」

「私も行く!」

「ああ、ええっと……」


 子供には操縦席は面白くないんじゃないのかな。それに座席はあるが機能性重視であり、この部屋にあるような、居心地の良いソファーではない。どうやって断ろうか。


「いいじゃない。一緒に行きましょう。私も行くわ」


 こうして操縦席には俺たち三人が行くことになった。アベルとマリアはここでお留守番だ。二人に片付けを頼むと、操縦席に向かった。


「すごいすごい! 本当に海の向こうに他にも島があったんだ」


 ジュラは大はしゃぎであった。何でもその昔は世界樹がある場所は陸地であったそうである。しかし、度重なる地殻変動により、今では世界樹だけを残して他の場所は海の底に沈んでしまったらしい。


 何で世界樹がある場所だけが残ったのかと聞いたら、どうやらあそこは特別な場所であり、地下を移動する魔力があふれ出る地点だったらしい。世界樹があれだけ大きくなれたのはそのお陰でもあったそうである。


 様々な幸運が重なってこれまで生きながらえてきたが、さすがに限界がきていたらしい。それで新天地を求めたというわけだ。


「見えてきたな。あそこの広場に降り立つぞ。少し怖いかも知れないが我慢しろよ」

「ひゃっ!」


 いつもよりか緩やかに降下したつもりだったのだが、フワリとした浮遊感があった。初めての体験にジュラは驚いたようで、リリアにしがみついていた。さすがにリリアは慣れたようで、そんなジュラを優しく抱きかかえていた。

 この場だけ見ると、完全に親子だな。俺も含めて。


 地上に降り立つとすぐに船外に出て、魔導船をしまった。そして代わりに馬車と松風を出した。馬や馬車はその昔に見たことがあるのだろう。特に驚く様子はなかったが、キラキラした顔で見ていた。


「ほら、乗るぞ。ここからは馬車の旅だ。街道まで二日、そこから街までは一日かかるからな。覚悟しておけよ」

「はーい!」


 初めて乗る馬車がうれしいのだろう。ピョコンと手を上げて返事をした。それを見ていたリリアはクスクスと笑っている。


「まるで親子ね」

「リリアもそう思うか? 俺もだよ」


 二人して笑った。それから数日後、俺たちはイーゴリの街へと戻ってきた。計算してみると、一月ほど南の海を探検していたようである。

 家に着くとすぐに片付けが始まった。留守の間、師匠に見回りを頼んでいたとは言え、室内はさすがにノータッチだ。見られたくないものもあるしな。そんなわけで一月分のホコリを処理する必要がある。


 アベルとマリアは冒険者ギルドに報告に行ってもらった。俺たちがいない間に何か問題はなかったかと、無事に戻ってきたことの報告である。その間に俺たちは掃除と食事の支度を終わらせていた。ジュラには家の設備の案内だ。


 人型モードになったのはこれが初めてだそうである。長い歴史の中でこんな風に人とかかわることになるとは思わなかった、としみじみ語っていたが、同感である。まさか植物に求愛されるとは思ってもみなかった。


 ジュラにとっては魔道具を手にするのは初めてである。遠くから見たことはあるそうだが、そのころは興味がなくてそれほど真剣には観察していなかったらしい。どの魔道具を渡しても「すごい、初めて!」と喜んでいた。


 ちなみに気になったので、ジュラの戦闘能力も聞いてみた。何でも世界樹は植物界の王様みたいなものだそうで、周辺の植物を操ることができるらしい。植物を操ることができるのは世界樹の特権だと言っていたが、俺もそれができることは黙っていた。


 それを言ったら再び子作りをせがまれるかも知れない。もしくは俺も世界樹だと思われるかも知れない。俺はただのきれい好きなドワーフだ。ちょっと変わったところのあるおちゃめなドワーフだ。


 報告を終えたアベルたちが帰ってきたので夕食にした。何でもさすがに一月何の連絡もないことにギルドマスターのアランたちが心配していたそうである。Bランクパーティーの俺たちがいなくなるのはかなりの痛手のようである。気をつけないとな。


 この分だと師匠も心配しているかも知れない。明日は必ず挨拶に行こう。後々のことも考えて、ジュラのことも紹介しておいた方が良いだろう。冒険者ギルドには――そのときで良いか。今から報告して変に勘ぐられると困るからな。


 それに幼女形態とは言え、世界樹だ。世界樹が産出する素材は大変貴重で有用なものが多い。それが欲しいと言われると非常に困ることになるからな。できる限り黙っておいた方がいいだろう。この意見にはみんなが賛成してくれた。


「西の砦がまたきな臭くなってきたそうだよ」

「何だ、またか。魔族でも絡んでいるのか?」


 アベルは首を左右に振った。


「どうやら違うらしいよ。西の国の「常磐の森」って呼ばれている魔境の森で魔物の氾濫があったらしい。そしてその氾濫で森を出てきた魔物の一部が西の砦に流れてきているらしい」


 聞いたところによると、その「常磐の森」と西の魔境は接しているようである。そのため被害が出ているそうだ。


「魔物の氾濫の原因は何なんだ?」

「まだ調査中らしいけど、付近の住民によると「森が動いた」って言っているみたいだよ」

「森が動いた?」


 それってあれか、動く木であるトレントが大量に移動したってことなのか? ということはその中にエルダートレントがいるかも知れない。これはまたとないチャンスなのでは?


 リリアもそれに気がついたらしく、こちらを見てコクコクと首を縦に振っていた。

 次のターゲットはエルダートレントの木炭からの青い炎か。これは休む暇がないな。

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