第116話 世界樹の野望
困惑した状態で始まったお茶会は思った以上に好評だったようである。世界樹の幼女は俺たちが持ってきたお菓子や飲み物に夢中になっていた。見ている限りはどう見てもただの幼女だ。着ているワンピースからチラチラと生足が見えているが、もちろん穿いているよな?
「世界樹ちゃんはどうしてここにいるの?」
「子供が欲しいからなの」
リリアの質問にさも当たり前とでも言わんかのごとく返した。リリアはそれに対してどう答えたら良いのか分からないらしく、眉を寄せている。口元は引きつっていた。
「世界樹ちゃんはどうやったら子供ができるか知っているの?」
「うん。雄しべと雌しべをくっつけると子供ができるの」
返ってきた答えに困惑の表情を浮かべるマリア。この世界で植物の交配についての研究が進んでいるのかどうかは分からない。しかし、植物としての生殖方法と隠語としての両方の意味を持つこの回答に、世界樹が見た目以上に大人であることを確信した。
マリアはまだ、「雄しべ? 雌しべ?」とつぶやいている。隣のアベルに尋ねたようだが、世界樹ちゃんが言った意味を理解したのか顔を真っ赤にしてノーコメントを貫いていた。思春期か。
「何で子供が欲しいんだ?」
「私たちの子供をたくさん増やしたいからなのよ、ダーリン」
それもそうかと納得しかけたが、ダーリンって……。一体どこからそんな言葉を覚えてくるんだ? だが子供を増やしたいか。もしかすると、世界樹は絶滅寸前なのかも知れないな。それで人型になって子供を、ってそんなことあるのかよ。
「世界樹は種とか挿し木とかで増やしたりはできないのか?」
「種を植えても多分芽は出ないの。運良く芽が出たとしても、すぐに枯れてしまうか食べられるだけなの。今までがずっとそうだったから。だからね、ダーリンが言うような挿し木で増やそうと思ったの」
挿し木、ってそう言うことなのか!? まさか人族との間にできる子供が、挿し木になるわけじゃないよな? 世にも奇妙な想像に震えながらリリアを見ると、青い顔をしたリリアと目が合った。どうやら同じ結論に至ったらしい。ということは。
「世界樹ちゃんは世界樹が人の形になったものなのかな?」
「そうなの。この姿でないと、子供が作れないでしょ?」
クリンと可愛らしく、「お前は何を言っているんだ」と言わんばかりに首をかしげているが、その言葉をそっくりそのままのしをつけて返したかった。お前は何を言っているんだ。
つまり、この子は世界樹が人化したものであり、二人の間には子供を作ることができ、かつ、その子供はもれなく世界樹ということになる。ファンタジー、ここに極まり、だな。そんな増やし方ってありなの? それを挿し木って言うの? 言うんだろうなぁ。世界樹本人がそう言っているもんな。
「それじゃ、この世界樹はどうなっているんだ?」
俺はポンポンと床をたたいた。これも世界樹だよね、多分。まさか、もう死んでるとか?
「この子も世界樹だけど、私も世界樹なの。株分けしたの」
「なるほど。それならその株分けで増えたら良いんじゃないかな?」
株分けで増えることができるなら、わざわざ子作りなどする必要はないのではなかろうか。それならばもっと簡単に仲間を増やせるはずである。そっちの方がお手軽なのではなかろうか。
「……もしかして、私のこと、嫌い?」
ジワリと涙を浮かべる世界樹ちゃん。これはまずい。狭い路地の行き止まりに追い詰められたような感じだ。もう後がない。これが崖っぷち。助けて、リリアちゃん!
俺は助けを求めるかのようにリリアを見た。今の俺の顔は、段ボールに入れられて橋の下に捨てられた子犬のようになっているはずである。
リリアはハァと一つため息をついた。え、何その反応。思ってたのと違う……。
「あのね、世界樹ちゃん。ダナイはあなたのことが嫌いなわけじゃないのよ。ただね、どうしてダナイと結婚したいのかを知りたいだけなのよ。何か深い意味があるの?」
世界樹ちゃんはうつむいて押し黙った。う、何かかわいそうなことになってしまった。アベルとマリアも心配そうな表情で見つめている。
「このままじゃ、世界樹がこの世界からいなくなっちゃうの。これからもこの世界にあり続けるためには、多様性が必要なの」
おいおい、やけに現実的な種の保存に基づいた答えだな。世界樹に知能があるのもビックリだが、そこまで考えていることについてはもっとビックリだ。
なるほど、それならば別の種族と交わりたいのもうなずける。でも、何でいきなり動物なんだ? まずは植物同士でも良かったのではなかろうか。
「ダナイ、どういう意味だか分かる?」
「え? ああ、そうだな、血が濃くなり過ぎた、ってことだよ。エンシェント・エルフが滅びかけているのと一緒だな。ときには別の種類の血が混じらないことには、いつかは絶滅するってことだよ。つまり、今世界樹は絶滅寸前ということだ」
「そうなの! さすがはダーリンなの!」
うれしそうにパチパチと手をたたいた。納得したのか、リリアが真剣な表情でうなずいた。
「理由は分かったわ。でも何でダナイなの? 他の人じゃダメなの?」
確かにそうだよな。この場には俺の他にアベルもいる。別にアベルを選んでも不思議ではない。だが世界樹ちゃんは最初から俺をターゲットにしているようである。もしかして、俺が異世界からの転生者であることを知っている? もしかして、神様と何かつながりがあるのか?
「他の人じゃダメなの。精力が強いからダーリンがいいの」
「……」
それほど広くない室内に重苦しい沈黙が流れた。なるほど、そうきたか。確かに異種交配ともなれば、子供ができる確率は低いだろう。その可能性を高めるためにはかなりの精力が必要となることは想像に難くない。それで俺と言うわけか。でも何でそのことを知ってるんだ? まさか……。
「ねえ、世界樹ちゃん。どうしてそのことを知ってるの?」
好奇心を抑えきれなかったのか、マリアが尋ねた。慌ててアベルが口を押さえたが、後の祭りである。ムグっと声がくぐもったが、すでに声は発せられていた。
「見たの。ダーリンとリリアが外で……」
「ストーップ!」
俺は急いで世界樹ちゃんの口を塞いだ。こいつ、見ていたな。ここが世界樹のテリトリーであることをすっかりと忘れていた。手の中でモゴモゴと口を動かしていたが、俺が手を離さないことに諦めた言うのをやめたようである。
「二人とも、外で何をやっているのよ」
さすがのマリアもあきれていた。想像したのか、アベルは顔を真っ赤にしてモゴモゴと口元を動かしていた。まさかの思わぬところでの暴露。こんなことになるなんて思いもしなかった。
「ダーリンとの子供が欲しいの」
どうやらマジのようである。自分の種の存続がかかっているのだ。必死になるのもしょうがないのかも知れない。これを逃したら、いつこの場所に人が来るかは分からない。必死なのだろう。だがしかし、俺にはリリアがいるしなぁ。それに幼女だし。手を出したらおまわりさんに連れていかれるだろう。
「ダナイ、受け入れてあげたら?」
俺の腕に絡みつくと、リリアが優しく言ってきた。驚いてリリアの方を見た。
「別に私は構わないわよ。一人の夫に複数の女性がいるだなんて普通だし。それに強い男ならなおさらそうね。みんな強い子孫を残したいのよ」
ね? と世界樹ちゃんにリリアが問いかけると、大きくうなずいた。そうなのか。だが体格差だけは譲れないな。
「分かった。受け入れよう。だが、もう少し大きくなるまで子作りはお預けだぞ」
「何で!? 今からでもいいのに」
世界樹ちゃんはワンピースをたくし上げた。穿いてなかった。
その後世界樹ちゃんは鬼のような顔のリリアに怒られていた。あまりの恐ろしさにポロポロと涙をこぼしていたが、これはチャンスだと思って瓶に涙を集めておいた。
おそらくこれが「世界樹の涙」なのだろう。どのくらいいるのか分からないので、すきを見つけては集めておこうと思う。
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