第110話 印籠型の魔道具

 せっかくのすき焼きだったが、空気は終始微妙なままだった。主に俺とリリアが魔導船のことを話せないだけなのであったが、アベルとマリアは色々と違う方面に理解したようであった。


 その証拠に、食事が終わるとすぐに風呂に入るように俺たちを催促した。布団も用意しておくからね! とマリアから意味深な発言をされ俺たちは一緒に風呂へと入った。

 そして今、俺の目の前には二つの浮き袋が浮かんでいる。


「どうするの?」


 多分この「どうするの」はベッドインのことではなく、魔導船のことだろう。俺は紳士。目の前のお餅が気になったりはしないのだ。


「魔導船を入手しに行こうと思う。それがあれば世界樹の探索だけでなく、この国を移動するのにも役に立ちそうだからな」

「きっと目立つわよ」


 どうやらビンゴだったようだ。良かった、変なことを口走らなくて。


「ドラゴンよりはマシだろう?」

「そうだけど……」


 リリアが困ったように眉をひそめた。分かっているけど、できれば何とかならないか、ということなのだろう。もちろん俺もそう思う。

 しかし、何とかなるのか? 特殊迷彩みたいな機能があって、外から見えにくくなったら良かったのに。


 そういえば魔導船ってどんな形をしているのだろうか。その前に俺が動かすことはできるのか?

 だがその心配はいらないようであった。ちゃんと『ワールドマニュアル(門外不出)』に魔導船の取り扱い説明書がついていた。

 それによると、ありがたいことに光学迷彩なるものが魔導船に備わっているらしい。古代エルフの科学力ってスゲー!


「心配はいらないぞ。どうやら外からは見えにくくする機能がついているらしい」

「良く知っているわね。そんなことまで書いてあるの?」


 俺の特殊な能力のことは知っているが、詳細までは知らないリリア。驚くのも無理はないか。


「ああ。魔導船の操縦の仕方、修理の仕方までバッチリだ」


 俺はリリアを安心させようとサムズアップを笑顔でキメた。リリアは半笑いになったが、理解はしてくれたようである。その後は魔導船を入手することに反対することはなかった。



「それじゃ、また大森林に行くということで良いかしら?」

「ああ、そうするとしよう。ありがたいことに、俺たちはエルフのお友達だからな。「ちょっと大森林に素材集めに来ています」と言えば、ダメとは言わないだろう」


 それもそうね、とリリアが振り返りながら言った。先ほどとは体勢が変わっており、今リリアは俺に後ろから抱きかかえられた状態になっている。

 目のやり場に困った末の苦肉の策なのだが、身長差ゆえに前は見えない。見えるのはリリアの美しい、白い背中だけである。


「見つけた魔導船はマジックバッグに収納して持ち帰る。マジックバッグが作れるようになっていて、良かったわ」

「そうだな。でなけりゃこの手は使えなかったな。これは早いところ俺たち用の印籠型のマジックバッグも作らないとな。あとはリンクコンテナも追加で作っておかないといけないな」


 リンクコンテナはいわゆるトランシーバーである。あれからリリアと二人でコッソリと性能確認と改良を行っており、これなら大丈夫、という魔道具に仕上げておいたのだ。


「お風呂から上がったら、また工房に籠もるの?」


 ちょっとばかりくぐもった声が前から聞こえた。リリアは優しいからな。俺のやりたいことをいつも優先してくれる。だが、それに甘えてばかりではいかん。妻の欲求を満たすのも夫の役目だ。というのは建前で、本当は俺がそうしたいだけだった。


「いや、明日からにするよ。まあ何だ、あせるものでもないしな?」


 体ごと振り向いたリリアがうれしそうに、ギュッ、としがみついてきた。



 翌朝、俺たちが起きたときにはすでにアベルとマリアの姿はなかった。どうやら二人だけで受けることができる依頼を受けに行ったようである。

 今回の騒動ではランクは上がらなかった。それもそのはず。魔族のことについては現在国が調査中なのだ。存在を明らかにするわけにもいかないし、結果が出るまでは保留となっている。


 ギルドマスターのアランによると、正式に認められれば、Aランクに上がる可能性はあるだろうと言われている。それを確実にするためにも、二人は依頼を受けに行ったのだろう。


 無理するな、と二人にはいつも口を酸っぱくして言っているので多分大丈夫だろう。危険な仕事は引き受けないと信じている。

 俺はその間に次の準備をしておこう。ちょっと遅めの朝食をリリアと一緒に食べると工房へと向かった。


 印籠型のマジックバッグ二つ、追加のリンクコンテナ二つ。すでに設計図はあるので夕食の前までには出来上がった。夕飯の準備をしているリリアの手伝いをしていると、二人が帰ってきた。


「ただいま~!」

「ただいま」

「お帰り。首尾はどうだった?」


 見たところ、特に怪我などはしていないようである。特に汚れてもいないようである。さすがはBランク冒険者。ずいぶんとレベルも上がっているようである。


「近くの村にゴブリンが集落を作っているって話だったから潰してきたよ。ゴブリンキングがいたけど、想定内だったんで軽く倒してきたよ」


 アベルはこともなげに言っているが、ゴブリンキングはそれなりに強かったはずだ。いつの間にこんなに強くなっちゃってるの? この間の対魔族戦で一皮むけちゃったの?

 マリアも特に自慢するわけでもなく、準備中の晩ご飯を見てよだれを垂らす寸前までいっていた。腹ペコキャラかよ。


「二人とも手を洗ってこい。風呂も沸かしてあるから、先に二人で入ってこい」

「そうだね。そうする~」


 うれしそうにマリアが言った。女の子は本当にお風呂が好きだな。そういえばマリアの秘密基地の設備も整えないといけなかったな。みんなで入れる風呂をマリアが所望していたけど、大丈夫か? マリアの裸、見てもいいのかな? おまわりさんを呼ばれそうで怖いんですけど。


 風呂から上がってきた二人の前に先ほど作った魔道具を置いた。夕食の準備はできているが、食べる前に話をしておくことにした。夕飯の前ならこの話もスパッと切れるだろう。


「これがリンクコンテナで、こっちがアベル専用のマジックバッグだ」

「ダナイは本当にこの形が好きだよね」


 印籠型の魔道具を見たアベルが苦笑しながら言った。確かに好きなのもあるが、他の形が思い浮かばないのだ。スッポリ手に収まるし、ちょうど良いんだよ。

 一方のマリアはその隣でフグのように膨れていた。


「何で私のがないのよ」

「だって、なくすだろ?」

「そんなことないもん!」


 マリアは心外だと怒っているが誰もフォローをしなかった。つまり、そう言うことだ。さすがに魔法銃をなくすことはなかったが、浄化の魔道具は何度かなくしている。

 家の中なので良かったが、これが外だと非常にまずい。


「それでダナイ、このリンクコンテナはどうやって使うの?」


 気を利かせたアベルが話をそらしてくれた。さすがは幼なじみ。マリアの扱いに慣れている。俺たちもその流れに乗ることにした。


「これはな、遠く離れていても話ができる魔道具さ」


 ピンと来なかったのか、俺の顔と魔道具を交互に見た。それもそうかと思い、俺とリリアで実践した。二階にいるはずの俺の声が聞こえたことに、驚きの声が上がっていた。そしてすぐに、自分も自分も、と大騒ぎになっていた。


 しかしそれも、今から夕ご飯だから、というリリアの声によって強制的に中断することになった。何もかもが計画通りである。

 そしてバイブレーション機能は、アベルとマリアにも気持ち悪がられた。音が出るとまずいときもあるだろうからな。こればかりは慣れてもらうしかないな。

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