第106話 晩餐会
エンシェント・エルフを引き連れた俺たちは、先日作っていた地下拠点へと戻った。
こちら側にはほとんど被害はなかった。しかし、しっかりと休息を取ってから出発しようということになったのだった。
足りていない分の部屋をサクッと土魔法で作った。俺が準備した地下室を見て、エンシェント・エルフたちは恐縮していた。精霊王に部屋を用意してもらえるなどとは思わなかったと。
「あなたも随分と有名になったわね」
「勘弁してくれ。精霊王うんぬんの話はここだけの秘密にしてもらいたいな」
「確かにそうね」
ダイニングルームのテーブルに座り、リリアとコソコソと話をしていると、ベンジャミンが口を開いた。
「みんな、今回は良くやってくれた。お陰で病原体の出所も分かったし、今後は同じ災害を出さなくてすむだろう」
ベンジャミンの話によると、洞穴に残されたものの中には、古い時代に作られた貴重な薬があったが、それらの薬を作る技術はすでに失われてしまったようである。
長老を乗っ取った魔族が作った病原体は、エンシェント・エルフが残した遺構で作られたらしい。そしてその遺構もどこにあるのか、見当がついているそうだった。
今後はその遺構の調査を行って適切に処理してくれるそうである。そのためには、エンシェント・エルフの知識が必要らしいとのこと。
一通りの話が終わると、夕飯までひとまず解散になった。
思わぬ形で魔族と遭遇したことで、それなりに疲れはあった。食事はエリザたちが用意してくれるそうなので、俺たちは遠慮なく自分たちの部屋へと戻った。
「体は全然疲れてないが、精神的にはさすがに疲れたな」
「そうね。まさか魔族に遭遇するとは思わなかったし、魔族を倒せるとは思わなかったわ」「そうなのか?」
リリアは神妙にうなずいた。じつは結構ヤバい状況だったのかも知れない。これも俺が魔族が何たるかを知らなかったせいである。無知は本当に恐ろしいな。
「それで、もらった緑の宝玉は何か不思議な力でも持っているの?」
あのときの俺のおかしな様子に気がついていたらしい。さすが、というべきか。
「ああ、どうやら聖剣を作るのに必要な材料らしい」
「まあ! それじゃ、アベルの持っている剣は聖剣じゃないのね?」
リリアは両手を口元に当てた。どうやらリリアは本気であれが本物の聖剣だと思っていたようである。
「そうだ。あれはただのミスリルの剣だよ」
「ただのミスリルの剣にしてはちょっとすごい性能を持っているような」
うんうんとうなりだした。リリア、考えてもムダだと思う。
「何せ、俺が作った代物だからな。普通なはずがないさ!」
とイイ笑顔で冗談のつもりで言ったら、「それもそうね」とすごく納得していた。何だか解せない気持ちになった。
「それじゃ、本物の聖剣はこれから作らなきゃいけないのね」
「そうなるな。他に材料は……おおっと、「竜の逆鱗」もいるらしい。ゲットしといて良かったぜ」
運命のイタズラか、それとも神様の導きか、持ってて良かった竜の逆鱗。
そんな感じで一人ラッキーと思っていると、深刻な表情でリリアが俺を抱きしめてきた。おいおい、どうしたんだ、と思っていると、その豊満な胸の谷間に顔が埋まる。
い、息が……!
「ダナイ、精霊王って言うのは本当なの?」
どうやらあのときのリリアは、ノリで俺のことを精霊王と言っていたようである。それもそうか。俺は色々とやらかしているからな。その場の空気を大事にしたのだろう。
だが、今は新鮮な空気が欲しい。窒息する。素早くリリアをタップした。
少し腕の力が弱まったので、リリアの胸の谷間から何とか顔が出せた。このリリアの感じは、俺を放したくないようである。
それは俺も同じ気持ちだ。リリアのそばから離れるなんて、とんでもない。だからこそ、俺はリリアに真実を告げることにした。
「どうやらそうらしい。『ワールドマニュアル(門外不出)』にもしっかりと書いてあった」
ビクッと震えたリリアを優しく抱きしめた。
「俺が精霊王だとしても、リリアはそばにいてくれるんだろう?」
大きく目を見開いたリリアはすぐに優しい表情を浮かべた。
「もちろんよ、あなた」
お互いを安心させるかのように、口づけをかわした。
ドンドン、と扉をたたく音がした。どうやら今回はちゃんとノックをしてくれたようである。
「リリアちゃん、ダナイちゃん、ご飯の準備ができたわよ~」
あれからどのくらいの時間がたったのか。ずっと無言で抱き合っていたので、時間の感覚が分からない。どうやら知らない間に夕飯の時間になったらしい。
俺たちがダイニングルームへ行くと、そこには豪華な夕食が用意されていた。
「これはまた、随分と立派ですね」
「ウフフ、後は帰るだけだからね。出し惜しみはなしよ~」
リリアの母親であるエリザとも随分と仲良くなることができたと思う。最初はどうなるかと思ったが、雨降って地固まるだな。
全員がそろったところで、晩餐会が始まった。初めはどうなることかと思っていたエンシェント・エルフとの騒動もひとまずの決着がついたことで、みんなの顔は明るいものになっている。
エンシェント・エルフたちもようやく隠れて暮らす日々から解放されたようで、どこかスッキリとした表情をしていた。
聞いたところによると、最初に隠れ住むようになったのは例の「緑の宝玉」を守るためだったそうである。
しかしそれが、いつの間にかエンシェント・エルフとしての純血を保つため、という目的にすり替わった。そして血が濃くなり過ぎたエンシェント・エルフは子供を作ることができなくなったそうである。
エンシェント・エルフたちの年齢は見た通りのものであり、すでに全員が子をなすことはできないそうである。すなわち、今いるエンシェント・エルフが死んでしまえば絶滅することになる。
「非常に残念だが、こればかりはどうすることもできそうにないな」
ベンジャミンが苦渋の声をあげた。自分たちエルフ族の祖先の血が途絶えるのは、やはり心苦しいのだろう。
「いいのです。ベンジャミン殿。我々の最後の勤めは、あなた方エルフに少しでも我らの知識を伝承することでしょう。それだけで十分です」
食卓には沈黙が訪れた。
ちょっと暗いタイミングだが、釘を刺しておかなければならないな。
「頼みがあるんだが、俺が精霊王だということは、ここだけの秘密にしてもらいたい」
「な、なぜですか?」
エンシェント・エルフの一人が言った。
「目立っても良いことが何もないからです。俺たちが勇者のパーティーであることも秘密です」
俺はキッパリと言った。前言を撤廃するつもりはない。そんな心積もりである。
そんな俺の様子に気がついたのか、その場にいた全員が了承してくれた。これでこれ以上おおごとにならなくてすむだろう。
俺はただ、平穏に暮らせればそれでいいのだ。有名になりたいわけでも、権力を持ちたいわけでもない。お金は欲しいけどな。お金はあって困るものではない。
その後は和やかな食事会となった。エリザたちが用意してくれた食事は見たことがないものがいくつかあった。何でも、エルフ族に伝わる伝統料理だそうである。
なかなか美味しかったので、作り方を習っておいた。リリアが作れるようになれば、エルフ族の伝統料理を守ることができるからな。
「そう言えば、アベルちゃんが持っている剣はダナイちゃんが作ったって言ってたわよね?」
「そうです。ダナイが俺のために作ってくれたんですよ」
アベルが胸を張って答えた。辺りからは「やはりそうなのか」と声が聞こえる。
「もしかしてだけど、マリアちゃんが持っているあの魔法銃もダナイちゃんが?」
「ええ、そうよ。ダナイが私のために作ってくれたのよ。すごいでしょ!」
マリアも胸を張って答えた。どこか誇らしげである。
「さすがはダナイ様。エンシェント・エルフの英知をしのぐ魔道具を独自に作り出すとは。我々の知識は不要かも知れませんなぁ」
ハッハッハと笑うエンシェント・エルフ。残念ながら俺の知識は付け焼き刃なんだよなぁ。いざと言うときに役に立つのかどうかは完全な未知数だ。
質問には何でも答えられるが、質問がなければ何も答えることができない。無から有は生み出せないのだ。
「そんなことはないさ。エンシェント・エルフの遺跡については何も分からないからな。そこから出土した魔道具や薬品のことなんて、もっと分からないだろう。あなたたちの知識は必要ですよ」
「おおお……」
なぜか感動している様子のエンシェント・エルフたち。自分たちの価値を精霊王が認めたことに感動してるのかも知れない。
言っとくけど、俺はただのオッサンだからな。そこのところは間違えないで欲しい。
食事が終わると、俺たちはそれぞれお風呂に入った。いつもはリリアと一緒に入るのだが、今日はリリアがエリザと入りたいと言ったので譲っておいた。
たまには一人風呂もいいか。べ、別に寂しくねぇし! クスン。
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