第105話 緑の宝玉
無事に魔族を倒したことで、周囲はあんどの空気に包まれた。しかし、まだ終わっていない。エンシェント・エルフたちの処遇が残っている。
「アベル、よくやってくれた。さすがは勇者だ」
ベンジャミンがうんうんとうなずいている。
……すごく、悪い予感がしてきた。ダナイや、ウソはいけないよ。ダメ、絶対。そしてアベル、なぜお前は否定しないんだ。と言うか、なぜ俺のパーティーは誰も否定しないんだ?
「ダナイちゃん、あなたが使ったあの魔族の動きを封じ込めた魔法。あれ、植物のツルよね?」
「え? ええ、そうですよ。あれは木遁の一種ですが何か?」
沈黙。しかも何だか気まずい沈黙。俺、もしかして、また何かやっちゃいました系?
「ダナイ、他にどんな木遁があるの?」
リリアも聞いてきた。何だ何だ、興味があるのか?
「他にはそうだなぁ、ダナイ忍法、木遁、二世帯住宅の術!」
ドドン、と岩山の隣に立派な木造の二世帯住宅が出現した。家具を備え付ければすぐにでも住めそうだ。
おおお、とどよめきがあがった。何か、気まずい反応だ。
「ダナイ、簡単に家を作れるじゃない。それなら毎回家を建ててくれれば良かったのに。そしたらみんなゆっくりと休めたのに」
マリアがプンスカと口をとがらせた。どれだけ家が好きなんだよ。実家にいたころは、家に入れてもらえなかったのかな? 怖くて聞けそうにないが。
「まぁまぁ、ダナイにも事情があったんだよ。でも、木の家は目立つから無理なら、土の家でもありだったよね」
「でしょでしょ?」
何やら二人が盛り上がっているが、こちらは相変わらず嫌な空気が流れている。
「精霊王……」
エンシェント・エルフの誰かが言った。その言葉は、周囲から音を消し去った。
「せ、精霊王?」
精霊王、それはこの世界の自然界と精霊を統べる王。自然の恵みである木々を自在に操ることができる存在。マ・ダナイのこと。
以上、『ワールドマニュアル(門外不出)』より抜粋。久しぶりに自分の付けたフルネームを見た気がする。
ちょ、まてよ!
なんでなん? いつの間に俺、精霊王とかになってるん? 聞いてないよ!
慌ててリリアの方を見た。しかしその目には、「私の目に狂いはなかった」と雄弁に語っていた。
いや、リリアさん、ついさっきまでそんなこと、みじんも思ってませんでしたよね? 何だったら、俺の毛並み狙いでしたよね?
「精霊王!」
「精霊王!」
エンシェント・エルフの言葉につられて、こちらサイドも騒ぎ出した。今ではさっきまでの沈黙がウソのように熱気を帯び出している。
これはヤバい。マジでヤバい。何がヤバいって、それが本当であることが一番ヤバい。
「勇者の一行に精霊王がいるくらい、当然よね」
何でか分からんが、マリアが得意気に胸を張って言った。ダメだアイツ、早く何とかしないと……。
「い、いや、そんなことよりもベンジャミン、エンシェント・エルフたちを何とかしないと。流行病の原因はコイツらなんだろう?」
「確かにその通りですね、精霊王よ。いかがなさいます?」
いや待って、ベンジャミン。色々と待って。手のひらをクルリと返すのはやめてくれ。色々と心臓に悪いからさ。
「ベンジャミン、任せた」
丸投げである。俺は悪くない。俺はただのその辺に腐るほどいる、一般人の中の一人だ。政治的な判断などできるはずがない。
「そうですね、放って置くわけにはいかないでしょう。数百年もすれば勝手に滅びるでしょうが、それまでに何か問題を起こさないとは限らないですからね」
「そうね。それじゃ、どこかの里に連行して監視するしかないわね。もしくは、今ここで処分するか……」
おおう。エリザは中々過激な発想をしているな。そして命令とあればやりますよ的な目でこちらを見るのはやめて欲しい。そんな命令を下す度胸はない。
「里に連れ帰って知識を得た方が、役に立つのではないですかね?」
おそらくこれが一般的な考え方だろう。さっきも魔族はエンシェント・エルフは知識だけはある、と言っていたからな。
「おおお、さすがは精霊王。我らを救って下さるのか……」
なぜか感動し、涙を流すエンシェント・エルフたち。拝まれてる。もう好きにしてくれ。
「分かりました。そうするとしましょう。ところで、この家はどうするのですか? 精霊王の社としてまつる……」
「すぐに片付けます。ダナイ忍法、木遁、解体作業の術!」
これ以上騒ぎなってはたまらない。サッサとなかったことにした。これで精霊王の話もなかったことになってくれると良いのだが……そうはいかなそうである。
自在に木々を操るその姿は、正に精霊王なのだろう。尊敬のまなざしが痛い。
片付けも終わり、エンシェント・エルフが住み家にしていた洞穴の調査が始まった。それに抵抗する者は皆無だった。そしていつの間にか魔法が使えるようになっていたようである。
おそらく、魔法封じを行っていたのはあの魔族だったのだろう。万が一自分の正体がバレても、すぐに攻撃されないようにしていたのだろう。
と言うことは、その昔、魔族を倒すことができるような魔法を使うことができたのだろう。今ではもう無理そうではあるが。
エンシェント・エルフの知識を解析すれば、ひょっとしたら何か分かるかも知れない。魔族に対する手立てはあった方が良いだろう。この先、何があるか分からないからな。
俺たちのパーティーは外の警戒組である。洞穴の中には、きっとエンシェント・エルフたちにとっての、過去の栄光の産物があることだろう。
ちょっと興味があったが、そう簡単に見せられないものもあることだろう。俺だって、付与の付け方とか、教えるつもりはないからな。
そうこうしているうちに、内部調査は終わったようである。ベンジャミンたちが洞穴の中から出てきた。
一緒に出てきたエンシェント・エルフの一人が、こちらに向かって近づいてきた。手には何やら緑色の石が見える。
「精霊王、これは我らエンシェント・エルフが代々受け継いできた「緑の宝玉」と呼ばれるものです。どうかこれを、お納めいただけませんか?」
おずおずと緑色の石を両手に載せて差し出してきた。その石は色あせた鈍い光を放っていた。随分と年代物のようである。
「これをもらっても?」
「はい。これは長老が大事に所有していたものです。精霊王が現れたときに渡すことになっている、とその昔に言っていました」
その話が本当かどうかは分からないが、せっかくくれると言うのだ。何かの役に立つだろう。
「ありがたく受け取っておくよ」
そう言って受け取ると、涙を流して喜んでいた。これでやっと務めが果たせた、と。ちょっと大げさ過ぎるんじゃないですかね?
緑の宝玉を見ながら『ワールドマニュアル(門外不出)』でその石の正体を調べた。この石が一体何者であるかを調べなければ、使いようがないからな。
うんうん、なるほどなるほど、聖剣を作るのに必要なアイテムの一つなのね。って、めちゃくちゃ重要なアイテムじゃねーか! ありがたいってレベルじゃねーぞ!
「ダナイ、どうしたの、そんなに大きな目をして石を見ちゃって。もしかして、そんな感じの石が好きだったりするの?」
「あ、ああ、そうだな。後でな、リリア」
ハッとした表情をするリリア。どうやら察してくれたようである。さすがは俺の妻。賢い上に空気も読めるときたもんだ。
「エンシェント・エルフたちの調査は終わった。ひとまずは拠点に帰るとしよう。細かい話はそれからだ。一応聞くが、君たちに抵抗の意志はないな?」
「もちろんありません。精霊王に刃向かう者など、この中にはいません」
他のエンシェント・エルフたちも真剣な表情でうなずいた。ベンジャミンたちも、それは分かったようである。
こうして俺たちはエンシェント・エルフをめぐる騒動に、終止符を打った。
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