第90話 効果のほどはいかに?

 翌朝、みんなで朝食を食べ終わると、アベルだけを庭に連れ出した。リリアはマリアがこちらに来ないように相手をしてもらっている。もちろん、実験しているのをマリアに見られないようにするためである。


「アベル、お前にマリアに内緒の頼み事がある」

「マリアに内緒……? 一体何?」


 マリアに秘密ということがかなり引っかかった様子である。だが、仕方がないんだ。


「このポーションを試してもらえないか? 前の魔力増加ポーションの強化版だ」

「ああ、なるほど。……でもこれ、色が――大丈夫だよね?」

「大丈夫だ、問題ない」


 なぜか混じり合わない黄色と青色。見た目が非常によくないことは俺も認める。でも、飲んでも大丈夫だ。試しに昨日一口飲んだからな。元の魔力が多すぎて、効果のほどが分からなかったが。


 恐る恐るアベルがポーションを飲む。味は悪くはないはずだ。リンゴと蜂蜜を入れてある。


「どうだ、アベル」

「うん。今のところ、効果は分からないね。ちょっと試してみるよ」


 そう言うと、相棒の剣を引き抜き、魔力を込めた。魔鉱の剣が淡い光を放つ。その状態で何度も何度も剣を振るアベル。最後には身体強化魔法も同時に発動させて、ものすごい速さで庭先を飛び回った。

 その顔はめちゃくちゃうれしそうである。


「すごいよ、すごい! ダナイ、このポーションすごいよ! もっと欲しい!」


 興奮冷めやらぬアベルがちょうだいのポーズをしてきた。何もそんなところまでマリアに似なくても良いのに。

 アベルの騒ぐ声が家の中まで聞こえたのだろう。マリアが何事かと飛び出してきた。その後ろには慌てた様子でリリアが追いかけてきている。


「なになに? 何かあったの?」


 アベルはしまった、という表情を隠しながらマリアの方を向いた。こりゃ何かあったとバレるな。


「な、ナンデモナイヨー」

「嘘つき」

「うっ」


 これはダメだな。何とか別の方向に話を持っていかなければならない。こんなこともあろうかと、奥の手をとっておいて良かったぜ。


「いや何、アベルにミスリルの剣を作ってやるって話をしてたんだよ」

「ほんと!?」


 アベルのうれしそうな声が響いた。その声にうなずきを返したが、視線では「アワセロヨ」と威圧しておいた。

 それに気がついたアベルは喜びを……押し殺せなさそうだな。


「そうなんだよ~、ダナイがミスリルの剣を作ってくれるって言ってくれてさ。いや、今のこの剣も問題ないんだよ。ただやっぱり、最初の頃に比べると、ちょっと違和感があってね。予備としては十分に使えるから、剣が二本あっても問題ないと思うんだよね」


 いつもよりもやたらとおしゃべりである。マリアもそれに気がついたのか、あきれた表情を見せた。


「何だ。そう言うことだったのね。ほんとアベルは剣が好きだよね」

「男の子は本当にそう言うのが大好きよね」


 リリアも残念な人を見るような目で俺たちを見ていた。何で俺まで一緒にされるんだ……。まぁ良いけどな。


「そんなわけだから、俺はこれからしばらくの間、ミスリルの剣を作ることに専念することになる。すまないが、冒険者家業の方は任せだぞ」


 俺の言葉にアベルとマリアは大きくうなずきを返してきた。


「任せてよ。あのBランク冒険者たちはまったく仕事しないな、って言われないようにしておくから、大船に乗ったつもりでいてちょうだい!」


 マリアが胸を張って答えたが、何でだろう。不安になるな。まぁ、リリアもアベルもいるから大丈夫だとは思うけどね。


「リリアも頼んだぞ」


 なかなか返事をしないリリアの方を向くと、何だか複雑そうな表情で考え込んでいた。


「リリア?」


 二度目の声かけでようやくこちらに目を向けた。


「それなんだけど、私はしばらくの間、ダナイについていたいと思うんだけど、どうかしら?」

「そうするか? 別に俺は構わんよ」


 どう言う風の吹き回しかは分からないが、リリアがそうしたいのなら、それを否定するつもりはまったくない。きっと何か考えがあるのだろう。俺のことが信用できないというわけではあるまい。


「ふ~ん。どうしたのリリア。もしかしてダナイに不倫疑惑があったりするの?」

「そんなわけあるか!」


 俺は即座に否定した。心外である。小奇麗だとは言え、こんなむさ苦しいドワーフに恋愛感情を持つ人など、極めて稀であろう。おそらくリリアは例外中の例外だ。何せ、出会いが劇的だったからな。


 なおもニヤニヤ疑いのまなざしを向けるマリア。いやらしい。しかし、肝心のリリアはまったく気にしていない様子である。うーんでも、逆のパターンはあるのかも知れないな。リリアが不倫している件。

 

 ないな、ない。リリアがそんなことをするはずがないことは俺が一番分かっているはずだ。何せ、リリアは俺のモフモフの虜だからな。俺の全身の体毛が無くなったら、ダメかも分からんが。



 そんなこんながありながらも、俺とリリアはアベルとマリアと別れ、鍛冶屋ゴードンへと向かった。もちろん手にはミスリルを入れた袋を持っている。そして、例のポーションも持って来ている。


「おはようございます、師匠」

「おお、来たか、ダナイ。もしかして、手に持っている物が?」

「はい。これがミスリルです」


 店の中に入ると、早速袋の中からミスリルを取り出した。

 青く鈍く輝く金属を師匠の目の前に置く。おそらく金属塊で見るのは初めてだったのだろう。師匠は少年のように目を輝かせていた。


「さすが師匠様ね。あなたと同じ顔をしているわ」


 隣でリリアがクスクスと笑った。俺もあんな顔をしていたのか。そんなところまで師匠譲りとはうれしい限りだな。


 師匠がしっかりとミスリルを堪能したことを確認すると、早速武器作りを始めた。

 やり方は魔鉱で作ったときとほとんど同じである、唯一違う点があると言えば、鍛錬中に魔力を常にミスリルに注ぎ続ける必要があると言うことだ。


「やってみるしかないな」


 十分に高温になった火床に、やっとこでつかんだミスリルをその中に入れる。そしてやっとこを介して、色が変わったミスリルに魔力を流し込んでゆく。

 

 やっとこには魔力が流れやすいように、一部を金でコーティングしてある。この金のコーティングがあるお陰で、何とか魔力を流し込むことができている。

 

 だが、あまり効率は良くなさそうである。ミスリルのやっとこがあれば……。もしそんなものがあれば、かなりの高級品になるだろうがね。


 しばらく魔力をミスリルに流し込んでいると、柔らかくなっている感触がやっとこを介して伝わってきた。すぐに取り出すと、ハンマーでたたいて伸ばしてゆく。


 折り曲げては伸ばし、を何度も繰り返して、ミルフィーユ状の金属の層を作り出した。この層が細かければ細かいほど、質の良いミスリル板になるようだ。


 後ろでは、師匠が真剣なまなざしで俺がミスリルを打つ様子を見ていた。


「師匠もやってみませんか?」

「いや、しかしな……」


 その顔には明らかにやりたいと書いてあった。それを確信した俺は、魔力増加ポーションを懐から出した。


「師匠、これは魔力増加ポーションの強化版です。一時的になら、それなりの魔力を保有することができます。見た目は悪いですがね」


 俺の見せた黄色と青色がまだらになったポーションを師匠がジッと見つめている。


「大丈夫ですよ。うちのアベルで実験済みですから。随分と魔力が増えたみたいで、追加で欲しいと言うくらいですからね」


 俺たちの会話が聞こえていたのか、リリアがやって来た。リリアもミスリル製の武器が気になる様子である。エルフ族とは言え、ミスリル製の武器を持てるのは、ほんの一部の戦士たちだけのようである。


「そうだな。せっかくだから、試してみるとするかな」


 ミスリルを打ってみたい、という願望には敵わなかったようである。師匠は意を決して、魔力増加ポーションを飲み干した。


「これでしばらくは魔力を流し込むことができるはずです。さあ、やってみて下さい。ミスリルに意識を集中すれば、師匠ならすぐにコツをつかめるはずですよ」


 場所を師匠に譲り、その後ろから作業を見守った。最初の頃こそ、魔力の流れは悪かったが、すぐに魔力を流すコツをつかんだようである。一気に魔力が流れ込みだした。


「良いですよ、師匠。さすがですね」

「なるほど、なるほど。これが魔力を流すという感じなのか。おや、手応えが変わってきたぞ?」

「師匠、ミスリルが柔らかくなっているはずです」


 俺の声に、師匠は火床からミスリルを引き出すと、ハンマーでたたき始めた。一打ちごとにミスリルが平たくなってゆく。


「おおお! ついに、ついに、私はミスリルを打つことができたぞ!」


 長年の夢が叶った師匠は涙を流していた。鍛冶を極めている師匠にとっては、ミスリルの性質からして、魔力のない自分では無理だと結論づけていたのだろう。

 不可能が可能になった。その喜びはどれほどのものだったか。

 俺も何とか師匠孝行の一つができたみたいだな。

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