第55話 王都の錬金術ギルド
その後、ダナイ達はこれまでの出来事を代わる代わる話した。
冒険者の話を聞くのは初めてだったのだろう。国王陛下の孫のレオン王子は興味津々とばかりに、身を乗り出さんばかりに熱心に聞きいっていた。
ダナイが鍛冶屋をやっているという話になると「ぜひ自分にも武器を作って欲しい」とレオン王子に頼まれた。国王陛下に頼めば、きっと今のダナイが作った物よりも、もっと良い武器を手にいれることができるだろう。
だが、レオン王子は命の恩人であるダナイが作った武器が欲しいようであった。これは困ったな、と頭を掻くダナイに、国王陛下から直々に「ぜひ、孫のために武器を作ってくれ」と頼まれた。
国王陛下からの頼みは言わば勅命である。それを断ることにはできないと、ダナイはその依頼を引き受けることになった。しばらく時間をいただくことになるが、必ず持って参ります、と約束した。
そのときのレオン王子の様子は、溢れんばかりの笑顔だった。目もキラキラと輝いている。それを見たダナイは、これは早急に作って持って来ないといけないな、と苦笑しながらも、大変名誉な思いを抱いていた。
こうしてダナイと国王陛下の邂逅は終わった。国王陛下はほんのお礼だ、と言ってそれなりのお金をダナイ達に手渡した。断るわけにもいかず、恐縮してそれを受け取ったのだった。
王城からの帰り道。馬車の中でようやく安堵のため息を吐いた。
「これでようやく肩の荷が下りたな」
「そうね、取りあえず大きな山場は越えたと言っても良いのかしらね」
リリアも安堵のため息を吐いた。その言い方だとまだ何かあるような言い方である。ダナイが「まだ何かあるのか?」と言う顔をした。
「ダナイ、あなた、王都の錬金術ギルドにも寄るのでしょう? きっと「天才錬金術師ダナイ」として奉られるわよ」
それを聞いたダナイは絶句した。ありえる。アベルとマリアが噂を流した影響は、先ほど国王陛下が「天才錬金術師ダナイ」と呼んだことで、王都にまで浸透していることは明らかだった。たとえその噂の出所が本人の口からであっても。
当のアベルとマリアは目の前でそろって寝たふりをしていた。どうしてやろうかと思ったが、最初に口走ったのは自分だし、ここまで広まってしまってはいまさらどうしようもないかと観念することにした。
そのとき、国王陛下からもらった袋を覗いていたリリアが悲鳴を上げた。
「ちょっと! もの凄い大金が入ってるわよ、これ!」
冒険者ギルドの依頼の報酬や、魔石の売却、魔道具関連の売り上げによって、ダナイ達はすでにそれなりの金額を持っていた。それに追加の大金である。国の危機を救った英雄の報酬が安いはずはなかった。
「どうするんだ、これ……」
「困ったわね……」
初めて手にする想像を超えたお金は、すでにダナイ達の金銭感覚を麻痺させていた。
ダナイ達はライザーク辺境伯のタウンハウスに戻ると、すぐに着替えた。どうにもあの衣装は肩が凝る。四人の一致した答えだった。
そのまま大金を部屋に置くと、錬金術ギルドに行くべく馬車を借りた。国王陛下との面会の中で「ぜひ王都の錬金術ギルドを訪れて欲しい」と言われたのだ。おそらく話が行っているのだろう。
錬金術ギルドには薬の調合や、レシピの伝達など大変お世話になった。ダナイもお礼に行こうと思っていたのでちょうど良かった。
乗り込んだ馬車は王都の大通りを進んで行く。道を行く人の数もイーゴリの街とは比べものにもならないほど多く、馬車専用レーンがなければ「歩いた方がマシ」だったことだろう。
目指す錬金術ギルドは大通り沿いにあった。見るからに立派な建物は、レンガを積み上げて作られた五階建ての建物だった。周囲の建物を威圧するかのような迫力で建っており、その周辺には多くの錬金術の商品や素材を売る店が軒を連ねていた。
それらの店を訪れたい衝動に駆られながらも、当初の目標である錬金術ギルドの中へと入った。
入り口は大きなアーチを幾つも連ねた形になっており、特に扉はなかった。一階は全て受付になっているようであり、多くの人が順番待ちをしているようであった。
王都の錬金術ギルドはオリヴェタン王国にある錬金術ギルドの総本山である。そのため、各地から錬金術ギルドの職員が訪れては活発な情報交換が行われているのだろう。
ギルド職員と思われる人達も多く受付カウンターに並んでいた。
ダナイ達がどうしようかとウロウロしていると、ライザーク辺境伯が付けてくれた従者が自分についてくるようにと声をかけてくれた。彼に従って進むと、一人の目つきの鋭い女性ギルド職員の元へとたどり着いた。
「この手紙をギルドマスターに届けていただけませんか?」
従者がおもむろに手紙を差し出すと、最初は不審そうにこちらを見ていたが、手紙の差出人を確認すると、ハッと目を見開き奥の部屋へと案内してくれた。
案内された部屋でお茶が運ばれて来たのとほぼ同時に、身長の低い、小奇麗な身なりをした女性が息を切らせながらやって来た。
バアン! と扉を蹴飛ばしたかのように登場したその人物を呆気にとられて見つめた。その女性もこちらを見て呆気にとられていた。
「まさか、まさか、私よりもきれいにしているドワーフがいるとは思わなかったよ!」
開口一番、そのドワーフの女性と思われる人物は叫んだ。その様子を先ほどの目つきの鋭い女性が頭を抱えて見ていた。
「初めまして。私がここのギルドマスターのカローラ・カレンだよ。こっちは副ギルドマスターのレイチェル・アンダースン。レイチェル共々よろしくね、「天才錬金術師ダナイ」の旦那」
その言葉に「え」となるレイチェル。目の前にいるのが噂の天才錬金術師ダナイだとは思わなかったらしい。
カレンの先制パンチに「良いパンチだ」と思いながらもそれぞれ自己紹介をした。リリアはその間、カレンとダナイの髪をしきりに見比べていた。
それからは当然のことながら、ダナイの武勇伝で大いに盛り上がった。もちろん盛り上げたのはギルドマスターのカレンであったが。レイチェルもその話を真剣に聞いており、ダナイがちょいちょいと補足を加えて、噂をより現実に近い話に変えて行くのを、尊敬の眼差しで見ていた。
「しかし、みんながみんな「これは一筋縄では薬が作れない」と思って絶望していたときに、よくぞ魔法薬を作り上げてくれたね。魔法薬だったお陰で、重症者達も救うことができたよ」
「たまたまさ。俺は身内を助けたい一心だっただけだよ」
「それにしても魔力の有無に気がつくとはね~。通りで人族みたいな魔力を持たない人達に多く患者がいると思ったんだよ」
王都には元々人族以外の種族もそれなりに住んでいたようである。カレンは母体数における患者の割合が、人族では顕著に多いことに気がついてはいたらしい。しかし、ドワーフにも感染者がいたようで、魔力の有無が原因であったとは気がつかなかったそうだ。
「ドワーフ族でもはみんながみんな魔力を持っているわけじゃないからね。まぁ、人族よりかは明らかに多いけどね。そう言われてみれば、全員が魔力持ちのエルフ族では感染者がいなかったね」
カレンは自分が言った言葉に腕を組むと、急に唸りだした。何事か、とカレンに視線が集まる。
「ねえ、前から思っていたんだけど、何かおかしくない? 魔力のない人にだけ感染する病があるなんてさ。それも情報を集めてみると、別の場所でもほぼ同時に流行病が流行し始めたみたいなんだよね」
「俺も同感だな。広がり方を見ると、人同士の接触で起こっている。まずは人との接触が多い食べ物を売っている店。その次は感染者の身内や職場。だとすれば、隣の町に流行病が蔓延するまでにはもっと時間がかかるはすだ。隣町までは馬車で何日もかかるからな。感染者の一人や二人が来たところで、そこまで急激に広がらないだろう」
なるほど、とアベルとマリアが頷く。カレンは続けた。
「ダナイの旦那の言う通りだね。私は何だか人為的なものを感じてしまうよ」
「人為的……つまり、魔力を持たない人達を狙った、と言うことでしょうか?」
レイチェルが顔色を悪くして尋ねた。無言で頷くカレン。この病は誰かがまき散らしたものだと考えているようだった。
「まさか。病原を作り出すことができる人物がいるっていうのか?」
ダナイは驚いた。今のこの時代の技術ではウイルスを作成することはできないだろう。ウイルスをどこかに保管して置くことも難しい。そんなことはありえないと思った。
「そんな人物はいないと思いたいね。いずれにしても、この流行病は人族を狙ったものではないかと私は考えているよ」
カレンはそう言い切った。カレンの考えはありえる話だった。錬金術ギルドでは今後も病の出所を探るべく、動いていくとのことだった。
「そうそう、うっかり忘れるところだったけど、ダナイの旦那の錬金術師のランクを上げておいたよ」
はい、と渡された錬金術ギルドの証明書には「Aランク錬金術師」と記してあった。
これでダナイは、Cランク冒険者、Cランク鍛冶屋、Aランク魔道具師、Aランク錬金術師という肩書きを持つことになった。それを聞いたカレンとレイチェルは「ありえない」と口をそろえて言っていたが
「私の旦那様なのだから当然よ」
と胸を張って言ったリリアの言葉に、カレンは目が飛び出さん限りに驚いた。それもそのはず。エルフとドワーフのカップルなど、前代未聞だったのだから。
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