第33話 魔鉱の槍

 鍛冶屋ゴードンでいつものように作業をしていると、身なりの良い人物がゴードンを訪ねてやってきた。高貴な身分のところに勤めているのだろう。ゴードンの妻のイザベラが緊張した面持ちでお茶とお菓子を運んでいた。


 しばらくすると話は終わったようで、その男は帰っていった。師匠のゴードンは何か思うところがあったのか、その後もしばらくの間、腕を組んで考え込んでいた。


 その後、ダナイが作業している工房へとやって来たゴードン。食い入るようにダナイが剣を打っている様子を見ると、意を決したかのようにダナイに話かけた。


「ダナイ、話がある」

「何でしょうか」


 真剣な面持ちのゴードンにダナイはゴクリと唾を飲み込んだ。


「実はな、この辺りを治めている辺境伯様のご子息からの依頼がきてな、槍を作ってもらいたいそうなんだ」

「なるほど、先ほどの身なりの良い人は、その話をしに来たのですね」


 分からない話でもなかった。最近では魔鉱製の武器が有名になりつつあり、それに伴って鍛冶屋ゴードンの名前もさらに有名になっているのだから。


「それでその槍をな。ダナイ、お前さんに作ってもらおうと思う」

「俺ですか!?」


 ゴードンの元で日々真面目に研鑽を積んでいる自信はあった。実力もついてきたとも思っている。しかし、大きな依頼を受けるほどの実績はまだない。一人前の鍛冶屋になるまでの壁をいくつも飛ばしたかのようなこの提案に足がすくんだ。


「ダナイ、そろそろお前さんも一人前になってもらわなければ困る」


 ダナイは師匠のゴードンが自分の腕前をすでに認めてくれていることを、このとき初めて知った。目頭に熱い物が集まってきた。師匠の信頼を裏切るわけにはいかない。


「分かりました。この不肖のダナイ、全力でやらせていただきます」


 こうして魔鉱の槍と向かい合う日々が始まった。

 どのような槍にするかはすぐに決まった。穂先は魔鉱製、柄の部分はトレント材と呼ばれる魔物の素材にする。トレント材は魔法の杖の素材として良く使われており、魔力を通しやすいという性質を持っている。

 今回ダナイはリリアのタクトと同様に槍に付与をつけようと思っていた。


「まずは穂先からだな」


 魔鉱板をやっとこで挟むと、準備していた火床に突っ込んだ。そのまま色が変化するのを待ち、何度も何度も魔力を込めて鍛錬を行う。魔鉱が魔力に馴染み、だんだんとしなやかになっていくのが打つ手に伝わってくる。それを何日も行った。


 毎日ヘトヘトになって帰って来るダナイ。それをリリアは心配している様子だった。夕飯の席で探りを入れてきた。


「ダナイ、最近はやけに頑張ってるわね。無理をしてないかしら?」

「無理はしてないよ。それよりも、かまってやれなくて済まないな」

「べ、別にかまってもらわなくても大丈夫よ!」


 リリアは顔を赤くしてそっぽを向いた。その横顔を見ながら心の底から申し訳なく思ったダナイ。この仕事が終わったら、詫びも兼ねて、リリアに何かアクセサリーをプレゼントしようと決意した。そのためにも、目の前の仕事を納得のいく形で終わらせなければならない。


「ダナイが引き受けている仕事がどれだけ重要なのかは理解しているつもりよ。だから邪魔をするつもりはないわ。だけど……それが片付いたら、少しはかまってよね」

「もちろんだ。約束するよ」


 お互いに照れ笑いしながら夕食を食べた。



 翌日、ようやく穂先の形成に入った。十分に魔力を通した魔鉱は打ちつけるハンマーに応えるかのように思い通りに変化していった。理想の形になったところで付与を施すことにした。


 これは一つの実験であった。部品の段階で個々に付与をつけたらどうなるのか。もしこれが可能ならば、一つの武器に多くの付与をつけることができる。いざ聖剣を作るという段階になったときに、必ず役に立つはずだ。


 ダナイは慎重に文字を彫り始めた。彫金で鍛え上げた腕をふんだんに使い、穂先の強度が落ちないように慎重に彫り進めた。そして「耐久力向上」と「防汚」の二つの付与をつけた。


 耐久力向上があれば、少々無理な使い方をしても壊れることはなく、最後まで身を守ってくれるはずだ。そして防汚は血糊などを防ぎ、多少メンテナンスが悪くても長く使ってもらえるはずだ。


 無事に付与を終えると、今度は数日かけて研ぎの作業を行った。だが研ぎの作業の間に、ダナイはリリアにプレゼントするためのアクセサリーも作っていた。それは銀製の指輪であり、装飾品の宝石は以前リリアがボソッと呟いたアンバーにしてあった。


「コイツに守りの付与をつけておこう。銀製のアクセサリーは手軽に作れるし、一つ付与をつけられるし、これは何かと便利そうだな」


 完成品を思い浮かべてニヤニヤすると、指輪作りを中断し、穂先の研ぎの作業を再開した。

 穂先が完成すると、今度は柄の部分の装飾に入った。持ち手の部分には滑りにくいように凹凸の模様をつけた魔鉱の薄板で覆い、同じく魔鉱で作った先の尖った石突きを取り付けた。


「あとは柄の部分に付与を施すだけだな。ええと、トレント材は……なんだよ、一つしか付与をつけられないのかよ。もしかして二つ付与をつけられる魔鉱はかなり優秀な素材なんじゃないのか? まあ、いまさら言ってもしょうがないか」


 ブツブツ言いながらも付与を施した。つけた効果は「危険察知」であり、これがあれば持ち主を危険から遠ざけることができるだろうと予想していた。


 穂先と柄の部分を連結させる。このときばかりは息を止めて作業をした。計算通りに上手く仕上がったのを確認すると、安堵のため息を吐いた。


「これで完成だ。付与の効果があるかどうかは神のみぞ知るだな」


 穂先の付与の効果があることは確認できたが、柄に付与した「危険察知」については未知数だった。一つの槍に仕上げても穂先の付与が有効だったことから、おそらく柄の付与の効果も有効だろうと思っていた。


 ダナイは完成した魔鉱の槍を師匠のゴードンに披露した。輝く穂先、柄の部分にはダナイ渾身の装飾が施されている。今のダナイの持つ技術を全てつぎ込んだ一品である。


「完成したのか、ダナイ。おお、これは……! これなら私も胸を張って渡すことができるよ」


 そう言うとゴードンはしきりに槍を観察した。そのたびに何度もウンウンと唸っていた。

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