第39話 トーナメント決勝戦(4)

 俺の気が遠くなりかけているのとは対称的に会場を埋め尽くさんばかりの歓声が沸き起こった。


「ダウン!」


 この試合で堤見選手と合わせて四回目のダウンの宣告をレフェリーが行った。


 クソ……やっぱり俺は苛められていた頃のあだ名通り、サンドバッグなのか?


「ワン!」


 無情にもカウントが進んでいく。


 立ったところで俺が勝てる相手ではない。


 そもそもキック経験半年の俺にとってインターハイ出場選手なんて相手が悪すぎる。


 何でこんな凄い選手がCクラスなのか分からない。


「ツー」


 このまま寝ちまうか?


 その方がずっと楽だ。


 そんな事を考えながらセコンドの方を観ると、タオルを投げようとしている勝子の腕を麗衣が掴んで珍しく二人が言い争っている。


 止めろ!


 お前らが喧嘩するな!


「スリ……」


「やれますっ!」


 俺は先程の堤見選手と同じ様に大声でカウントを遮りながら立ち上がった。


「大丈夫かね?」


「やれます! 大丈夫です!」


 止めたら殺す。


 そんな殺気を込めてレフェリーを睨みつけた。


「勝子! 俺を信じろ!」


 俺の声で麗衣に逆らってまでタオルを投げようとしていた勝子の手が止まった。


 ありがとう麗衣。


 麗衣がセコンドに居なければ勝子のタオル投入で確実に負けていた。


 麗衣は俺を信じていてくれているから勝子がタオルを投げるのを止めたのだ。


 その気持ちに応えてやらないと!


「ファイト!」


 レフェリーは一瞬気圧された様な表情を浮かべ、試合を再開した。


 試合が終了した気分であったのだろう、堤見選手は驚きを隠せない表情をしていたが、勝機と見たのか、すぐに突っ込んできた。


 堤見選手……いや、堤見は接近すると俺に止めを刺すべくパンチを振り回してきた。


 馬鹿野郎!


 俺を舐めるな!


 KO狙いで大降りになったパンチを掻い潜り、鋭く沈み込む様に踏み込む。


 踏み込んだ前の足に体重を移動しながら股関節に貯めたパワーを股関節の伸展と体軸の回転で解き放ち、軸の回転に肩甲骨を連動させ、拳を寝かせた形から背中から回り込ませるようにしてお返しの左リバーブローを打ち込んだ。


「ぐふっ!」


 俺が元ボクサーの堤見相手にリバーブローを打つ事を想定していなかったのだろうか?


 頭上で堤見の息が詰まった事を感じた。


 見てろ勝子!


 これがお前が負けると思い込んだ弟子の必殺だ!


 俺は右拳をフックの様に肩に拳を掲げ、右ストレートと同じ体重移動で山なりにパンチを振り下ろした。


 胴へのダメージで下に意識が向いた堤見のこめかみにヒットするとグローブの重みも加わり首の骨が折れんばかりに傾き、勢いをそのままに薙ぎ倒し、マットに叩きつけた。


「おっ……オーバーハンドライト!」


 倒れた堤見の近くのコーナー越しのセコンドに目をやると、大きく目を見開いた勝子がはらりと手元にタオルを落としてながら呟いていた。


 かつて、元WBC世界スーパーフライ級王者・川嶋勝重氏が初回KOで世界王者になった試合を含め、対戦相手から数多くのダウンを奪ったリバーブローからオーバーハンドライトの必殺コンビネーションであり、そして勝子の代名詞ともいえる必殺ブローでフィニッシュを決めた。


 2ダウンでTKOなので確認するまでもないが、レフェリーはマット上でピクリとも動かない堤見を見て両手を振った。


 2ラウンド1分29秒。


 俺はインターハイ出場の元ボクサー相手に殴り勝ったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る